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好きを届けたい!

 インターネットをしていると、この人素敵だなってふと思う時がある。
 それは昨今流行りの「推し」とは近いようでいてちょっと違う気もする。尊敬とか、憧れとか、そんな感情に近い。自分には遠い空に浮かぶ雲のような存在の人だ。だからただ、その人の日常が幸せで溢れていることを願っている。それだけだ。

 今は昔、インターネットの個人サイトには「web拍手」というものがあった。正確には今もなお存続しているが、あまり日の目を見ない。

 web拍手とは個人のサイトに設置されているボタンで、それを押すことで、相手の作品を気に入ったという気持ちを匿名で伝えることが出来る。メッセージフォームもついており、ノーコメントでも構わないし、一言メッセージを添えることも出来る。今でいう、「いいね」や、「マシュマロ」の先駆けのようなものである。

 当時中学生だった私は、好きな絵描きさんの個人サイトに足しげく通ってきた。その人の描くキャラクターは非常に可愛らしく、かつ生き生きとしていて魅力的だった。そういうわけで、私も時々拍手を送ることがあった。拍手をするとランダムでイラストが見れるという、嬉しいおまけもついていて、ついつい押してしまった。しかしメッセージをつけることはほとんどなかった。感想を言うのは得意ではないし、誰かに自分から話しかけるのも苦手だった。

 しかしある日、ふとコメントを残してみようと思い立ち、勇気を出して、その人の描く作品が素敵だということを書いた。何度も推敲して、送るか送らないか悩みながらも、覚悟を決めて送った。今思えば、若干イタい文章だったように思うが、それでも私の精一杯だった。

 翌日、その絵描きさんのブログが更新され、幸運にも拍手に対して返事が貰えた。子供が書いたことがバレバレであろう拙いコメントに対して、嬉しい、ありがとうと、可愛らしい顔文字をつけて、ものすごく丁寧に返してくれた。ありがとうを言いたいのはこちらの方だ。そんな人柄も素敵だと思った。インターネットは不思議だ。遠い空に浮かぶ雲のような人にも私の声を届けてしまう。

 時は流れ、時代は令和。電車に乗って周りを見渡せば、大人も子供も小さく四角い画面に夢中である。SNSを開くとポジティブな話題も、ネガティブな話題も、一分一秒と更新され続け、一瞬で情報の渦に飲まれる。

 そんな中、とあるアカウントが明らかに誰のことを言っているか分かる悪口を言っていた。悪口は受け取らなければ相手の元に戻る、というお釈迦様の言葉は有名だ。世間ではこういう言葉は無視をするのがいいとされる。しかし、これに気づいた本人が直接リプライで言い返した。

 何が正しいかはさておき、私は悪口を言われた側の肩を持ちたい。自分から直接本人の目に届くところに悪口を飛ばしておきながら、いざ反応があると「まさか本人に届くとは思わなかった」だとか「あなたのことを言ってるんじゃない」とすっとぼけるアンチのその根性は気に食わない。それは有名だとか、無名だとかは関係ない。とはいえ二人が感情的になって言い争っている様を見ていると部外者の私も胃がきりきりと痛い。

 好きも嫌いも同じたった二文字だ。でも嫌いって言われるより好きって言われた方が、当たり前に嬉しい。140字で誰かに愛を伝えることも出来れば、140字で誰かを傷つけることも出来る。だったら嫌いな人に嫌いってわざわざ言うより、好きな人に好きって言った方が良くない?その方がwin-winじゃん!と単細胞な私は思う。けれど、どうも世の中そう単純にはいかないらしい。

 言論の自由があるのは日本の良さだ。美味しくない食べ物を美味しくない、つまらない映画をつまらないと言えない世界は息苦しい。何もかも全肯定だと、間違っていることを間違っていると言えなくなり、かえって悪い方向にいくのは目に見えている。もちろん死ねや殺すなどの誹謗中傷は批判とは言わない。そんなものは論ずるに値しない。すぐにでも消えて無くなるべきだ。批判と誹謗中傷の線引きは難しいが、結局のところ本人を傷つけないことが一番大切な気がする。

 好きも嫌いも届いてしまう、いや届きすぎてしまう時代だ。今日もインターネットでは産地直送で新鮮な言葉が次々と出荷されている。それは人一人では到底受け取りきれない量だ。ゴシップ、アンチ、学級会、お気持ち表明……気が付いたらネガティブな波に飲まれて、何か大切なことを忘れている気がする。

 初めて拍手を送ったあの日の気持ちだ。あの日、あの瞬間。電子の海を伝って、届けたかった言葉が確かにそこにあった。

 好きも、嫌いも、喜びも、悲しみも、怒りも、感謝も、祝福も、嫉妬も、憎しみも。どうせ、この送信ボタンを押せば届いてしまうんだ。

 だったらたまには、素敵なあの人に好きを伝えてみるのも悪くないかな、なんて。柄にもなくそんなことを思ってしまうのでした。

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