温故知新(詰パラ272号)
今日は詰パラ272号(昭和53年10月号)を読んでみよう。まずは吉田健氏の「詰らない話」から。一寸いい話が書いてあるので、それを引用しておこう。
岡田氏のお宅にうかがうと、いつも節子夫人がにこやかに迎えて下さる。詰将棋はご存知ない筈だが、時には余り機微に触れた反応があるので、知らない人はついびっくりする。「奥さんもかなりなさるんですね」 私に分かっているのは、節子夫人の通暁するところは、どうやら夫君の作品に限るらしいということである。
パラの「同人作家」に加えて、岡田氏は今年の七月「近代将棋」誌でも栄ある「無鑑査」作家の仲間入りを果たされた。入選が百回に達したのである。詰将棋だけに没頭できる身体ならいざしらず、会社勤めの部長職という激務のかたわらであることを思えば、これはやはり偉業と云うにふさわしい。
私はふと節子夫人の笑顔を思い浮かべた。奥さんの健康がすぐれなかった頃、何故か岡田氏の詰将棋が振るわなかったことを、意味もなく思い出していた。
私も何度か斑鳩の岡田宅にお邪魔したことがあるが、何時伺っても節子夫人は笑顔で出迎えて下さった。岡田氏が趣味に仕事にと大活躍できたのも、やはり夫人による内助の功があったからなのだろう。
続いて読者サロンを読むと、ある読者からの「長編名作選は作らないのか」という投稿に対する主幹の返答が目を引く。
☆長編名作選を出す前に「中篇第三集」を出す必要があり、第二集の引き続きとして「岡田敏氏」を中心に着々準備は進んでおります。
次は長編ですが、これは詰パラ三百号記念事業の一つとして実施することを考えております。その実施計画、進め方についての具体的なプランを求めます。大いに良い知恵をお貸し下さい。
「中編第三集」とは、恐らく前二作から推測するに、四十手台の中編名作選のことだろう。でも、私の記憶が確かなら、結局この「中編名作選Ⅲ」を作るという企画は日の目を見ないまま自然消滅してしまった筈。
こういったアンソロジーを編纂すること、そして出し続けることが相当難しい事業であることは容易に想像できる。しかし、全詰連はそういうことを個人のボランティアに任せきりにするのではなく、自ら積極的にやっていかなければならない。チェスプロブレムの世界では年度を区切ってこういった名作選(Albumという)を定期的に出しているが、その編集のやり方など見習うべき点は真似してみてもいいのではないだろうか。
48ページからは上田吉一氏の「私のベストテン」が載っているが、何とも凄まじいラインナップだ。第一番から順に「保津川下り」、「五月晴」、極光第二十二番、極光第三十五番、「変拍子」、「オーロラ」、「積分」、極光第十八番、「モザイク」、極光第四十五番の十局。こういった超絶的な技巧の作品をずらりと並べられたら「参りました」という他ない。この後しばらく「私のベストテン」の投稿が途絶えてしまったようだが、これだけのものを見せつけられたのだから当然だろう。
この中から、多分一番知られていない作品を1作引用しておく。
上田吉一 「極光」第十八番
(詰パラ 昭和50年2月号)
52歩、61玉、73桂、同金、62歩、同銀、72角、同金、51歩成、同銀、
73桂、同金、62歩、同銀、72角、同金、52と、同玉、44桂、63玉、
64金迄21手詰。
守備駒2種の翻弄。8手目の状態で初手に打った52歩が邪魔駒になっているのだが、それを消去するともう一度73桂、同金、62歩、同銀、72角、同金の6手が繰り返される。収束は残念だが、上田氏の技術を持ってしてもこうするよりなかったのだから、これが最善の仕上げなのだろう。
それから、大学院に橋本哲氏の作品が載っている。
橋本 哲
(詰パラ 昭和53年10月号)
76香、73角、61歩成 、同玉、73金、63角、72角、71玉、81角成、同玉、 82歩、71玉、63金、73角、81歩成、同玉、88龍、同飛成、72角、71玉、61角成、同玉、73金、63飛、72角、71玉、81角成、同龍、63金、73角、 61飛、同玉、73金、63金、72角、同龍、同金、52玉、63香成、同玉、 65飛、64飛、74金、52玉、62金、同飛、同飛成、同玉、64飛、51玉、 52歩、同玉、63金、61玉、62金迄55手詰。
最初の3回の角中合の意味付けは簡単。88龍捨てによって58飛を動かすと、今度は61玉型に対して52角の筋を防ぐ為に63での中合が飛車になる。中合は更に金に変化して、やっと収束に至る。
中合の部分は明らかに大道棋からの発想だと思われるが、これを左右で反復させたのは作者の独創。合駒が全部で7回も飛び出す本作は、力作と呼ぶに相応しい。