わたしのおとうと
弟に、子どもが生まれた。正確には、生まれていた。男の子。
わたしだけが実家との関わりが希薄で、そういう情報は周回遅れでしか回ってこない。「あれ、言ってなかったっけ」とLINEで焦る弟。マイペースな弟らしいなと思う。元々、まめに連絡する性質ではない。
名前が、なんかめちゃくちゃ格好良かった。
うちは苗字がちょっと格好良いので、名前までキメキメにしてしまうとガンギマリ感が出てしまうような気がするのだが、その辺の「塩梅」とかはあんまり考えない風な素直な感じが弟らしい。
弟は素直だ。スラムダンクに憧れたら、ちゃんとバスケやって赤髪にするくらい素直だ。うちのような家庭で育ってこんなに素直なのは本当に素晴らしいことで、お姉ちゃんは心から君の素質に感謝している。
少し時間を巻き戻して、弟が結婚すると言った時、とても複雑な気持ちになったことを思い出す。
別に私が育てたわけじゃあないが、幼い頃から父に「お前は弟のための日の丸特攻隊」と言われて育ってきた私からすると、弟の今の地位は私の犠牲の上に成り立っているんだぞ〜と思ってしまわないこともない。姉としてすすんで弟を守ってきた自覚もある。とにかく両親と戦い続けて、後に続く妹や弟のために道をこじ開けることに必死だった。
そのために、私だけがいつも「妹弟はあんなに素直なのに、お前は反抗ばかりしてかわいくない」「お前のせいで妹弟がついでに怒られて可愛そうだと、申し訳ないと思わないのか」と両親から言われ続けていたから尚更だ。
だから、弟の結婚相手に対して、一番初めに浮かんだ感情は「ずるい」だった。
私が血反吐をはいて人生を賭けさせられて、大事に守ってきて、育った果実を収穫するのはお前か。後から来て大した苦労もせず、かすめ取るのか。女というだけの理由で私には爪の先ほどしかされないであろう相続を、お前は弟の妻(女)というだけで恩恵を受けるのか。と。
そして、その辺は弟もよく心得ていたのではないだろうか。
弟は結婚相手を、親に会わせるよりも先に、姉たち(私と妹)に面通しした。「ちょっとうちの親独特やから、作戦会議をしたい」というようなことだったと思う。ちゃんと姉たちを立てるあたり、こいつ賢いなと思った。
そして、それまでは姉たちが盾になってきた為、親からの直風を受けなかった弟が、初めて自分ひとりで、パートナーを守るために、親に立ち向かう時なのだなと思った。
弟が守ると決めた結婚相手は、会ってみると、とてもすてきな人だった。
うちの親の元でも、やっていけそうなマイペースさと芯の太さもありそうに見受けた。まんまとひと目で結婚相手を気に入ってしまった姉たちは、「とにかく親はケチしかつけてこないし失礼なこともめちゃくちゃ言われると思うけど、こっちが腹を決めれば反対はしないし、何より言ったことをそのうち忘れる」という経験談を助言した。
案の定、両親(特に父だが、母も父の援護射撃をする)は失礼極まりないことを言ったり品定めしたりめちゃくちゃな要求を出したりしたが、無事に結婚を済ませ、そしてまもなく男の子(甥っ子)が出生したというわけだ。そろそろ、父は自分が言った失礼なことを都合よく忘れている頃である。
両親からすると待望の跡継ぎを確保ー!というところで、特に父はウハウハだろう。父は戦国武将系というか、とにかく財産を自分のお膝元にどう分配するかをシュミレーションするのが趣味なので、すでに弟にはこれだけ、私と妹にはこれだけ(弟の3%くらい)と算盤を弾いている。相続のために、甥っ子を養子にすると言い出してもおかしくない。これからは、甥っ子にどういった教育を受けさせるか、お受験の情報収集に余念がなくなることだろう。
がんばれ、弟。そして妻、何より「跡継ぎ」たる甥っ子よ・・・。じじばばの欲望をかわして、うまく生き延びてくれ。きっと、弟なら、妻と子どもを守れるはずだ。