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100年後に笑い死ぬ計画 ~運命の長い乳毛~

マッチングアプリで知り合った男と入籍した。

伴侶の名は図書委員である。
なぜ、と言われても自分でそう名乗っているのだし見た目がもう「図書委員」としか言えないのだからそう呼ぶより他ないのである。
顔も体も青白く細長い。
大体何かを読んでいるし、図書館に置いていけば何時間でも楽しんでいられる。
かくいう私も図書館大好きなので、二人のアミューズメントパークは図書館である。

そんな図書委員には図書委員大辞典という目には見えない大辞典が存在する。
その大辞典は京極夏彦の著書より分厚く、背表紙が足りずに一周して円を描けるほどの紙量らしい。
この世のどこかに実在する。きっと。

二人でお風呂に入ることが家族の条件、と大辞典には記されている。らしい。

だから我々はなるべく二人で湯船に浸かる。
そこで発見したことがある。
私には昔から右の乳輪の向かって二時の位置に乳毛が一本だけ生えている。
なんと向かいに座る図書委員にも全く同じ右の乳輪二時の方角に長い乳毛が一本だけ生えているではないか。
我々は運命の長い乳毛で結ばれたカップルなのだ。
二人入るには狭すぎる湯船の中で、湯煙を揺らしながら笑い合った。

_____

私には結婚を完全に諦めていた時期がある。
というか怖かった。
他人と暮らすことは生涯怯え続けることと同義だった。

図書委員と出会う2年前まで、恐ろしい男と暮らしていた。
ニコニコしながら私なんて簡単に殺せそうな熊のような男。
同じ日本語を話すのに全く会話が通じなかった。

ようやく熊から逃げ出して実家へ帰り、両親を見送ったら私の人生は終わりにしようと決めていた。

子どももいないし、私には障害がある。
この世界で長生きするのは難しい。

しかし熊から受けた傷が徐々に回復して、一念発起して初めてのマッチングアプリを始めた。

世界は一人で生きるには難易度が高く出来ていることは知っていた。
最近では「おひとりさま最高! あっていいよね、いろんな生き方」と多様性を謳う癖にレシピはみんな2人分以上、小分けのひき肉はなかなか売ってないし大容量より割高、独身仲間の友人はエリンギが大小と仲良く並んでいるのを見て泣き出す始末。
この世は口先だけ、実態の伴わない地獄じゃ。

うるせえ!! それでもひとりで生きてやる!! と言い切れるほどには私は強くないことを知っていた。
体制側に寝返ることにしたのだ。

アプリで何人かと出会い、最後に図書委員と出会った。

ホラー映画監督、パン屋、動物の臨床検査技師、どんな変わった職業の人よりも普通のサラリーマンの図書委員は圧倒的に愉快だった。
あと会話が良く通じた。

それで十分だった。
会話できる人と穏やかに暮らしたい。
「普通」になりたい。

でも大変に予想外なことが起きた。

楽しすぎるのだ。

毎日腹が捩れ、泣いて痙攣するほど笑って笑って笑い疲れて、
「もうマジでやめろよ!」と面白いことを拒否してしまうほど我々は笑っている。
笑顔の絶えない愉快な家族、のような生易しい雰囲気ではない。
ちびまる子ちゃんが一緒に掃除係をやる羽目になった前田さんの顔が面白過ぎて笑いたくないのに爆笑してしまうアレ、みたいな感じだと思ってもらいたい。
あれは辛い。

二人揃うと何でもないことも前田さんの顔ぐらい面白い。
二人揃うと凄い力を発揮する。
単純に2倍、ではないらしい。
ということは最近うすうすわかり始めていた。
そう、なぜなら我々は運命の長い乳毛で結ばれた夫婦なのだから。

図書委員はもっと早く私と出会いたかった、と頻りに言う。
図書委員44歳、私37歳。
二人とも体力無しの病弱型。
一緒にいられる時間は若い夫婦よりは圧倒的に少ないことを二人とも感じ取っていた。

私は急に、猛烈に長生きがしたくなった。

図書委員は「二人であと100年生きよう」と言った。
それだけ生きてる間に科学も進歩したりするかもしれない。
なんだかこの男が言うと不可能ではない気がした。
私は「最期は二人で笑い死のう」と付け足す。

図書委員144歳、私137歳。死因、笑い死に。

壮大なプロジェクトが始まった。
我々がボケた時のために、思い出して笑い死ぬためのネタをここに書き記していこうと思う。


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