鍵のない部屋(27歳貧乏絵描きの住処)閑話休題 この世に貧しい芸術家はいない
一尾60円の秋刀魚を買う。
アパートの廊下で、心を込めて七輪で焼く。
白い煙が真っ青な秋空に吸い込まれてゆく。
こんがりと焼き上がった秋刀魚を大きな白い皿に載せる。
バザーで買った100円の大判の皿。
30センチある秋刀魚を載せても、はみ出ることはない。
そろそろカセットコンロで焚いていた飯盒のご飯も出来上がるころだ。
飯盒の蓋をしゃもじで叩く。
コッコッ・・・ いい音だ。
ご飯が立って巣が出来ているのが目に見えるようだ。
火を止め、逆さまにする。
蓋との隙間からいい薫りと共に、微かに水分がジュッと音を発てる。
完璧なタイミングだ。
蒸らしている間に、布団を被せていない炬燵テーブルに、真っ白な布をかける。
中央に、階下の花壇から失敬してきた一輪の秋桜を細長いグラスに刺す。
淡い桜色の花弁が、一瞬にして部屋を可憐に彩った。
秋刀魚を載せた大皿を置き、フォークとナイフをセットする。
もういいかな・・・
蒸らしていた飯盒のご飯を皿に盛る。
そして、昨夜、友人が置いていった白ワインの残りをグラスに注ぐ。
畳まで届く白い布と一輪の秋桜、それと白ワイン。
秋刀魚を食べるための完璧なディナーの準備が出来た。
味付けは塩だけ。
余計なモノは一切ない。
豊かな食事、豊かな時間・・・豊かな国、日本に生まれてきたことに感謝する。
いただきます!
口の中いっぱいに、秋の香りが広がった。
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