鍵のない部屋(27歳貧乏絵描きの住処)その3
深夜のコンビニバイトを終えた朝のことだった。
布団を敷き、寝ようとしていたところに、バイト先で知り合った女の子がやってきた。
18歳の身体の小さな女の子。趣味は読書。
僕と気が合って色々な本の話をした。
彼女は知的で温厚で優しくて・・・若いバイト君たちに人気だった。
僕は眠い目をこすりながら言った。
「どうしたの? 急に」
「だって、シフトが変わって、白石さんと最近会えないんですもん」
「そうか、でもオレ、眠いんだよね」
「分かってます。会いに来ただけですから。寝てください」
そう言って彼女は部屋に入ってきた。
「アハハ・・・もう本当に寝ちゃうよ」
僕は笑いながら布団に潜り込んだ。
「冷蔵庫に色々入っているから、好きなモノ、飲んでね」
「はい・・・・」
じっと僕を見下ろす彼女。
「どうしたの?」
照明の明かりが邪魔をして、表情がよく見えない。
「白石さん、私・・・・」
突然、彼女は服を脱ぎだした。
「・・・・・・」
彼女は全裸になると、僕の寝ている布団にするすると入ってきた。
「正子ちゃん・・・・」
「白石さんが私を好きじゃないことは分かっています。でも・・・抱いてください」
僕は言葉を失った。
彼女の言う通りだ。僕に恋愛感情はなかった。
もちろん、女の子として可愛いな、ぐらいは思っていたが。
「好きだよ。正子ちゃんのこと。でも、友達として・・・うっ」
彼女は突然、僕に唇を押し付けてきた。
「いいの! 私は白石さんの女になりたいの!」
目に涙が浮かんでいる。
彼女の必死の訴えに、僕は心を動かされた。
僕の中に小さな欲望が芽生えた。
「分かったよ。じゃあ、俺の女になれ」
僕はガバッと彼女の上に乗り、唇を重ねた。
舌を絡め、小ぶりな胸に手を当てる。
が、しかし、彼女は硬く目を瞑り小刻みに震えていた。
「初めてなのか?」
コクリと頷く彼女。
一瞬躊躇った僕は、どさっと元いた場所に横になった。
「どうしたんですか?」
「処女はさ・・・もっと正子ちゃんにふさわしい男にとっておかなきゃ」
「白石さんです! 私に最もふさわしいのは、白石さんなんです!」
とうとう目から涙がこぼれた。
僕は彼女を胸に抱き締めた。
「ごめん・・・出来ないよ。心から正子ちゃんを愛している男でないと、抱く資格はないよ」
「それでもいいのに・・・・」
「愛し、愛されているものだけが天国に行けるんだ。少なくとも今のオレには、正子ちゃんを天国に連れて行けない」
「天国へ行けなくてもいいの」
「ダメだ。処女なんだから、もっと自分を大切にしろよ」
「だったら、処女じゃなかったら、抱いてくれるの?」
「え!? あ、いや、それは・・・分からないよ」
「だったら、私、処女を捨てて来る」
「ばか! 何言ってるの!? 自分を大事に出来ないやつは嫌いだ」
うえーーーん
彼女は子供のように泣きだした。
「もう私、どうしたらいいか、分かんない!」
僕は彼女の肩を抱きしめることしか出来なかった。
僕がもっとケダモノで、女と見ると勃起するような奴なら良かったのに・・・。
初めまして。さあ、やりましょう! では、出来ないんだよ!
愛がなきゃあ嫌なんだよ! 立たないんだよ!
彼女は、涙が乾くのを待ち、出て行った。
送ろうとしたが、断られた。
一人になりたいの・・・彼女がそう言ったからだ。
その時、僕に彼女はいなかった。
時間をかければ、愛せたのかも知れない。
でも、彼女は・・・・焦っていた。
それから一週間、僕は彼女と会わなかった。
しかし、風の噂で、言い寄っていた男と付き合いだしたと聞いた。
まさかな・・・僕は不安になった。
ひと月も経とうとする頃、彼女と会うことが出来た。
一時間だけ、勤務が重なったのだ。
「○○と付き合っているって?」
「うん・・・・」
「あいつのことが好きなのか?」
「・・・・・」
「もしかしてお前・・・!?!」
「だって、処女じゃ抱いてくれないんでしょう?」
彼女の目に大粒の涙が浮かんだ。
「ばか! 何やってんだよ! そんなことはやめろ!」
「だって・・・私、白石さんのことが好きなんだもん!」
そう言って、彼女は裏の倉庫に走って行った。
僕はどうしたらいいんだろう?
泣きたいのはこっちだよ・・・・。
若い僕には、どうすることも出来なかった。
暫くして、彼女が付き合っているという○○という男と勤務が一緒になった。
「白石さん、僕、正子ちゃんと付き合ってます」
「そうらしいな」
「でも彼女は、白石さんが忘れられないって言ってます。僕に、処女を奪ってくれと言われました」
「・・・・・・・」
「どうして白石さんは、彼女を抱いてやれないんですか?」
男は泣いていた。
「僕は彼女が・・・大好きなんです! 愛しています! だから彼女を抱いてやってください!」
二十歳そこそこの男が、ポロポロと泣いている。
僕は・・・・何も言えなかった。
経験もなく、絵のことしか考えていなかった僕は、何も出来なかった。
どうしようもない無力感に襲われた。
その後、二人はホテルに行って結ばれたそうだ。
しかし、彼女は僕の所には来なかった。
自分は汚れていると言っているらしい・・・・。
僕が余計なことを言ったばかりに・・・・・。
一年後、僕は彼女の親友に伝言した。
一度会いたい、と。
すると返事が返ってきた。
今太っているので、会うなら一年後、痩せてから会いたいと・・・・。
今の僕ならどうするだろう?
きっと何とか無理やりにでも立たせて頑張るだろうな・・・。
愛情の後付けもあっていいじゃないか・・・と思う。
今はただ、あの二人の幸せを祈るのみだ。