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自衛隊退職者が書く「戦死」表象の幅/津田壮章

自衛隊退職者が書く「戦死」表象の幅

津田壮章

自衛隊退職者が書いた書籍と聞いた時に、どういった書籍を思い浮かべるでしょうか。防衛政策や憲法、中国やロシア、北朝鮮について喧々諤々の議論をしているイメージでしょうか。

『戦争のかけらを集めて』では、「自衛隊体験の使い道――自衛隊退職者が書いた書籍の分析から」を書いています。自衛隊退職者の書籍は探してみると結構な量があり、本稿の執筆にあたり499冊(シリーズものを一括で1件扱いしているため、実際にはもっと多いです。収集漏れもあるはずです)を確認しています。写真は収集した書籍の一部です。集めてみると対象とするテーマや論点の幅が広く、一枚岩ではない集団であることがわかります。

収集した書籍の一部

全体像や内容の分析については『戦争のかけらを集めて』をお読み頂くとして、ここでは「戦死」表象について書いてみようと思います。自衛隊退職者が書いた書籍には、「戦死」表象が登場することが多々あります。その中でも、特徴的なものをいくつか紹介します。

1つ目に、陸上自衛隊の元幹部自衛官であるぱやぱやくんの『陸上自衛隊ますらお日記』が挙げられます。所属していた部隊や陸上自衛隊幹部候補生学校での生活について、「オフの姿にこそ、知られざる面白いエピソードが満載。彼らが生み出すエピソードは、一般社会には到底存在しないような濃厚でユニークなものが多いのです。本書は、そうした陸上自衛隊の日常における与太話を集めて1いるとしています。それと同時に、「活動をしていく際の一つのテーマとして、『自衛隊に興味をもってもらうための入り口』になりたいと考えています。自衛隊が好きな人のためのコンテンツよりも、自衛隊にあまり興味がない人達が興味をもってくれるようなコンテンツを提供していければ2としているように、面白いエピソードを題材に広報を意識した内容となっています。

対抗演習と呼ばれる実戦形式の演習を取り上げた際に、勤続年数や階級とは必ずしも関係がない戦闘センスによる生存率の差から、「平時と有事では活躍する人種が違う3と指摘し、指揮官が戦死判定となった場合の指揮権の継承に関して、「戦死者」が続出することで、「序列の低い3曹が小隊長になったり、入隊数年の陸士長が小隊の指揮を執ったりすることもあります4という事例が取り上げられます。こうした「与太話」は、「戦死者」の発生や指揮権の継承等を内容としている時点で、自衛隊の現状を憂い、政治的提言をおこなう防衛政策論と地続きのものです。しかし、この話は防衛政策論にはつながらず、演習中の「与太話」に回収されます。政治的な話題を「与太話」として描くことは、そう描くという政治的判断がおこなわれた結果といえ、正式な広報ではないものが広報以上に広報になる可能性があるという矛盾した存在ともいえます。

自衛隊生活を「ネタ」にすることで広く知られる機会を作り、親しまれることを狙った描き方は、自衛隊の広報誌『セキュリタリアン』を発行していた防衛弘済会が1996年に出版した『自衛隊遊モア辞典5から見られだします。こうした描き方が踏襲されて一定の出版物となっていることは、自衛隊体験を広報に貢献する範囲内で「ネタ」とするジャンルがこの時期に形成され、自衛隊に興味を持たない人にもすそ野を広げていく傾向が今も続いているといえるでしょう。

2つ目として、現実の政策に関する自衛隊退職者の要望としての「戦死」を取り上げます。

自衛隊退職者団体である公益社団法人隊友会を中心とした自衛隊外郭団体が毎年発行している「政策提言書」というものがあります。2023年度版では、「戦闘における殉職者に関わる取組」として、「『戦闘で殉職した隊員』すなわち『戦死者』の追悼の在り方を検討し、国としての基本方針を確定することを提言します。国は「戦死者」に対して、国家レベルの英霊顕彰、追悼を行うことを強く要望します。6と、新たな「戦死者」が発生した際の方針制定を求めています。自衛官として「戦死」する可能性があった立場としては、新たな「戦死者」の発生が考慮されていない現状について問題視するのは当然といえ、「与太話」で終わるような内容ではないことが示されます。

また、「若年で退職する自衛官の年金上の不利益を補填するため、恩給に準じた優遇された年金制度を国が責任をもって創設することを強く要望します7といった年金制度新設の他、「隊員の使命感を醸成し得る栄典・礼遇に関する施策として以下を提言します」として、「叙勲対象者の数的拡大、対象範囲の拡大とより上位等級への位置づけ(特に、警察・消防等との比較検討の実施を要望)8等を挙げ、業務に応じた処遇と名誉を求めています。これらは、「戦死」のリスクを含めて危険な職業である「軍人」という存在の地位向上を求めるもので、処遇改善は「戦死」とも関わる事柄です。

3つ目として、最近の小説として『小隊』が挙げられます。北海道に侵攻してきたロシア軍と戦う陸上自衛隊の小隊長の視点で戦場が描かれる物語です。主人公の部下や上官だけでなく、ソ連兵の戦死も生々しく描写されます。指揮命令系統が崩壊して戦死者が増え、支援や補給もなく敗走する中、ラジオで「日常」に触れた主人公が、「訓練で何よりもつらいのは、演習場の外、パジェロの窓の向こうに日常があるにも拘わらず、みじめに穴蔵で眠ったり風呂に入れなかったり寝られなかったりすることだ。そういう点からいえば、今も何も変わっていない9とする描写が特徴的です。

このように、広報を意識した作品、政策提言、小説と、自衛隊退職者による特徴的な3つの「戦死」表象を取り上げました。内容やアプローチ方法は異なりますが、そのいずれもが自衛隊という塀の中の世界を知る者が、塀の外の「日常」へと訴えかけるものといえます。

この他に、「戦死」に関して興味深いデータとして、私も調査に関わっている自衛隊退職者への意識調査研10が挙げられます。そこでは、「日本の防衛体制等に関するあなた自身の現状認識や意見について伺います。それぞれ1~5のうち、ご自身のお考えに最も近いものをお選びください。」という問いの中で、「将来、戦病死したり、戦傷を負う可能性のある自衛隊員と、その家族に対する補償・報償・顕彰などの特別な処遇に関して、もっと公に議論すべきである」とする項目に、「1 そう思う」40.5%、「2 どちらかといえば、そう思う」33.2%、「3 どちらかといえば、そう思わない」13.1%、「4 そう思わない」5.9%、「5 わからない」7.3%と、77.3%が肯定的な回答をしています。ここからも、自衛隊退職者にとって「戦死」の扱いは重要な論点であることがわかります。

外国においては、アメリカのアーリントン墓地等、『地球の歩き方』に掲載されるような有名施設も多いのが、軍人を主な対象とする国立墓地です。私が訪れたことのある近隣諸国の施設に限っても、台湾、韓国には現在進行形で機能する大規模軍人墓地や慰霊・追悼・顕彰施設が多数設置されています。その多くは、外国人も入ることができます。例えば、台湾の新北市にある空軍烈士公11が挙げられます。空軍の戦死者・殉職者を主な対象とした墓地で、台北からもアクセスしやすい場所にあります。

空軍烈士公墓 2018年7月7日撮影
空軍烈士公墓 2018年7月7日撮影

日本には、こうした現在進行形の軍人墓地に該当するものはありません。防衛省内のメモリアルゾーンに加え、自衛隊の基地や駐屯地に慰霊碑が設置されていることはありますが、どれも原則として関係者向けのものです。過去の戦争の慰霊・追悼・顕彰施設について議論になることは多いですが、現在進行形のものが議論になることはあまりありません。

現在の自衛隊をめぐる法整備を踏まえると、実質的な「戦死」の可能性はあるものの、「戦死」の扱いが公の議論にはなかなかならないのが現状です。『小隊』で描かれた、戦場と戦場に無関心な「日常」の距離はそう簡単に縮まるものではないでしょう。

「戦死」に関する議論の手始めとして、まずは近隣諸国にある現在進行形の慰霊・追悼・顕彰施設や軍人墓地の比較調査を始めるべきだと思っています。戦争準備だと思われる方もおられるかもしれませんが、現在の自衛隊の業務の中には実質的な「戦死」のリスクを含むものもあり、それら業務は手続き上、国民の合意を得ている状態です。起こり得る「戦死」の可能性を放置するのではなく、近隣諸国の制度や施設の比較を手がかりとして、現代の軍事組織において「戦死」後に何が起きるのかの現状を知ることから始めてみてもいいのではないでしょうか。


  1. ぱやぱやくん、2022、『陸上自衛隊ますらお日記』KADOKAWA、5頁。

  2. 前掲、ぱやぱやくん、190頁。

  3. 前掲、ぱやぱやくん、87頁。

  4. 前掲、ぱやぱやくん、87頁。

  5. 防衛弘済会編、1996、『自衛隊遊モア辞典』講談社。

  6. 公益社団法人隊友会・公益財団法人偕行社・公益財団法人水交会・航空自衛隊退職者団体つばさ会、2023、『令和5年度政策提言書』17頁。この項目は、『平成28年度政策提言書」から続いています。

  7. 前掲、公益社団法人隊友会ほか、15頁。

  8. 前掲、公益社団法人隊友会ほか、16頁。

  9. 砂川文次、2021、『小隊』文藝春秋、135頁。

  10. ミリタリー・カルチャー研究会、2024、『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか――自衛隊退職者に対する意識調査・報告書』青弓社、59-62頁。

  11. 「空軍烈士公墓簡介」中華民国空軍公式WEBサイト(https://air.mnd.gov.tw/TW/Service/Service_Detail.aspx?CID=44&ID=43 最終閲覧日2024年8月3日)、「祠祀葬厝介紹」國防部全民防衛動員署後備指揮部公式WEBサイト(https://afrc.mnd.gov.tw/AFRCWeb/Unit.aspx?ID=1&MenuID=13&ListID=1265 最終閲覧日 2024年8月3日)


津田壮章(つだたけあき)

『戦争のかけらを集めて』担当章:
・自衛隊体験の使い道――自衛隊退職者が書いた書籍の分析から


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