人びとの過程を辿るということ/那波泰輔
人びとの過程を辿るということ
那波泰輔
「戦争体験は継承していかなければならないものだと思います」
こうした言葉は、「戦争体験」に関する調査やアンケートの自由回答をみているとよく目にするものである。
もちろん、このような意識を持つ人が多いことは歓迎すべきことだろう。ただ、調査者として、こうした調査やアンケートを分析するときにはしばしば困ることもある。
「戦争体験」への意識の多層性が捉えづらいのである。アンケートの文言から、「多くの人が戦争体験の継承を重要だと思っていた」と結論づけることは間違いではないが、正解でもないだろう。やはり、調査に協力した人、自由回答に記述した人、そのような人びとはどんな人びとかに想像力をめぐらす必要がある。なにかを調べていくことは、論理性にくわえて、想像力も大切となってくる。
それならば、どのように調べていけばいいのだろうか。
量的調査の場合では、「戦争体験を伝えていくことは重要だと思いますか」という設問に、「4.そう思う」「3.ややそう思う」「2.ややそう思わない」「1.そう思わない」などの選択肢を配置することで、その分布から人びとの継承への意識の度合いを調べることができるだろう。また、分布だけではなく、その設問に対して、ほかの設問をかけ合わせることでも要因の分析が可能である。たとえば、性別によって継承への差異があるのかなどをみていくことができる。
質的調査の場合を考えてみよう。質的調査の特徴のひとつは過程を調べていけることだろう(もちろん、量的調査でもパネル調査によって、量的調査の見方で過程を調べることは可能である)。『戦争のかけらを集めて』で筆者は人びとがわだつみのこえ記念館に来館する過程を追っていった。「来館」をしたという事象だけをみれば同じであるが、「来館」にいたるまでの過程はどう異なるのかを質的調査からみていったのである。
では、そうした過程をみていくことからなにがわかるのだろうか。『戦争のかけらを集めて』のエピローグ、「環礁の屑拾い――「未定の遺産」化の可能性」で、清水亮・白岩伸也は「未定の遺産」の重要性を指摘している。「未定の遺産」とは、「その時々の問題状況のなかで、遺産を活用する者の側が発見し捉え直すもの」である。「未定の遺産」は、定まった価値である「既定の遺産」と異なるものなのだ。
人びとの過程を辿っていくことは、人びとがどう「未定の遺産」を掘り当てていったのかを探していくことでもある。
冒頭の「戦争体験は継承していかなければならないものだと思います」という言葉を、「既定の遺産」に留めるのではなく、そこにある「未定の遺産」を探していくことが大事なのかもしれない。
那波泰輔(なば・たいすけ)
『戦争のかけらを集めて』担当章:
・「わだつみ」という〈環礁〉への航路――ミュージアム来館者調査から