実家の敷地から石油湧かないかな
最近仕事が忙しくなってきたので、切実に願っています。
僕の実家はマンションの為、権利争いが起きてしまいそうなので祖母の家から湧き出たらうれしい。
そういえば、最近家の近くにあじさいがたくさん咲いていて、通勤時にいつも見るんですがあじさいってとてもきれいですね。
特に紫色のあじさいがきれい。
紫色の花でいうと、キキョウもきれいですね。
キキョウは犬夜叉のイメージで完全に赤い花だと思っていたら意外と紫だったんですよ。驚きですよね。
ちなみにキキョウはディズニーランドのシンデレラ城のフォトスポットあたりにたくさん咲いていました。
あと、あじさいって、きれいにポンポンみたいに花が咲くものとばかり思っていたのですが、意外と満開にならないあじさいもあるんですね。
全然どうでもいい話ばかりを書いてしまいました。
そして気づいたら2022年が半分終わっていました。
最近よく考えることがありまして。
この先の人生で自分は何者になるのか、なれるのかっていうこと。
つい先日、職場の上司(僕より多分10歳ぐらい年上)が執行役員に登用されて登壇している姿をみていて思ったんですね。
僕は当然、壇の下から見ていました。
まぶしかった。自部門の上司なので誇らしい気持ちも有り、一方で不安にもなった。
10年後の自分って執行役員とかやれる人間になってるのかなあ…って思った。
ちょっと自信なくなりますよね。
今の生活の地続きだと、そんな出来た人間になんてなれる気配は全くないのが焦りを助長しますね。
それぐらい、世の中には秀でた人がたくさんいるし、自分はあくまで平凡であるということに気づかされる出来事でした。
一方、僕は今年の上半期、Podcastを配信する能力を身に着けました。
いつも携わっている「渋谷ズンチャカ!」のポッドキャスト番組を作っています。企画から配信まで、一貫してやっております。
僕はもしかしたら執行役員にはなれないかもしれないけど、世の中の執行役員でPodcastを配信している人間はあまりいないだろうな、とも思う。(だからなんだ?という感じですが。)
たとえば、出世する人なんかを見ていいなあって思うのは当然気持ちとしてはあるのですが、自分が何を大切に生きるのかって考えたときに、なにも人生は縦に出世することだったりとか、今できることの責任と影響範囲を広げることばかりでもないなと思うこともあるのです。
だから僕はPodcastを作るし、下半期はLINEスタンプを作ろうともしているし、Podcast二つ目(?)の企画も立ち上げたいなと思っていたりする。
自分が何者になれるのかは全くわからないけど、今目の前にあることをとにかく手を挙げて拾ってやっていく過程を経て、できることが増えて、点と点が線になってつながったらいいなあと思っています。
それだけです。よかったら皆さんPodcast聞いてください!
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