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モノクロ同盟 (13)

2―4

  岩谷、篠原、登場。

岩谷   道、覚えた?
篠原   弟子は?
岩谷   知らん。
篠原   いないのか?
岩谷   そういえば、一週間か十日くらい見ていない気がする。
篠原   なにかあったのか?
岩谷   なにも。突然。なにも言わず。
篠原   ……それで?
岩谷   そのうち帰ってくるだろ。
篠原   いや、おまえだ。なんの用かと思って。
岩谷   ……引っ越す。
篠原   急だな。
岩谷   ずっとそうしようと思ってた。
篠原   どうして?
岩谷   もっと安いところを探した。
篠原   家賃か。それは……
岩谷   しかたない。金がないから。
篠原   ……じゃあ、考えてくれたのか?
岩谷   ……
篠原   ……いい先生になると思うよ。
岩谷   そうかな。
篠原   おまえなら。
岩谷   ……二〇歳のころ、漠然と、なにかになりたかった。
     なにかになれる、という、妙な確信だけはあった。
     就職活動もせずに、ただ、毎日、本を読んでた。
     大学院の試験、白紙で出して、落ちて、考えた。一年がんばって、来年も大学院に入ろうと勉強するかどうか。
     しそうにない。
     学部の卒業論文を書きながら、小説を書いてたのを思い出した。
     はじめての小説、処女作だ。
     卒論が八〇枚くらい、小説のほうは二〇〇枚、書いていた。
     これが、本当にやりたいことなのかな、と思って、それ以来……
篠原   おまえは、たくさん書いたなあ。
岩谷   スピードは、きたえられたな。
篠原   子供は好きか?
岩谷   きらいじゃない。

  篠原、机の上の「つるのおんがえし」を手にとる。

篠原   本当にやりたいこと、か……
岩谷   ……?
篠原   あらためて考えると、よく分からないな。いま、ここにいる自分が、
     本当の自分なのか……
     それとも、別の可能性があったのか。
岩谷   後悔でもしているのか。
篠原   別に。この年になると、感じないか。
     子供のころ、夢見ていた将来っていうのが、いま、ここなんだって。
岩谷   ……
篠原   これは?
岩谷   おれの仕事。
篠原   絵本が?
岩谷   二〇代のころ、教科書会社でむかしばなしのライターをやってた。
     自分の仕事は、いちおう全部とっておく。
篠原   ……読み返してたのか?
岩谷   ……なんで、ここに?
篠原   ……
岩谷   そういえば、やつらがいなくなった日か……この絵本が投げだされ
     てて……

2−5

  くろかわ、登場。

くろかわ 先生!

  岩谷、篠原、びっくりして、そちらを見る。

くろかわ これ! どうぞ!

  箱をさしだす。
  岩谷、受けとる。あけてみる。

岩谷   ビー玉……ガラスのかけら……鏡……
     なんだ、これは? CD? 井上陽水『氷の世界』……
くろかわ 裏を見て! 裏!
岩谷   (そうする)……?
くろかわ すごくないですか?
岩谷   なにが?
くろかわ きらきら!
岩谷   ……

2−6

  はいじま、登場。

はいじま 先生!

  岩谷、篠原、くろかわ、びっくりして、そちらを見る。

はいじま これ! あげる!

  箱をさしだす。
  岩谷、受けとる。あけてみる。

岩谷   ……? チーズ?
はいじま おいしい!
岩谷   ……一ヶ月前に賞味期限が切れてるが……
はいじま まだ! 食べれる!
岩谷   ……
はいじま うまうま!

2−7

  音楽が流れる。
  しろい、登場。
  奇妙なダンス。
  音楽とダンスが終わって、前をむくと、奇妙なメイクをしている。

しろい  先生……
岩谷   ……なんだ。
しろい  どうですか?
岩谷   なにが?
しろい  めろめろ?
岩谷   ……

  沈黙。

篠原   ……また、来るよ。
岩谷   ……(うなずく)

  篠原、去る。

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