千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (16)
「死んだほうがいいのかな」
ちがうな。
小学六年生がそんなこと言うか。
夏が過ぎ 風あざみ
の、カゼアザミを探しにきた。なかった。オニアザミはあった。
キク科アザミ属の多年草。茎の高さは一メートル程度であり、葉は深く裂け、縁にあるとげはするどい。花期は六〜九月で、下むきに数個の花をつける。頭状花序は筒状花のみで構成されており、花の色はむらさき色である。総苞はねばる。花期にも根生葉は残っている。
分布と生育環境
アザミ属は、分布域が比較的広いものと極端にせまい地域固有種がある。オニアザミの分布域は比較的広く、北陸から東北にかけての日本海側の山地の草原に見られる。基準産地は福島県会津地方。
だって。
たぶん、同じようなことが書かれてるのを読んだんだと思う。小学生だからこんなに漢字は読めない、花がむらさきだってことを確認してよろこんだ、納得した。
「これでいい」
「いや、ちがうけど」
「たぶん、これと同じでしょ」
「そうかな。アザミだけど、鬼と風だけど」
「ないよ、ここには」
どこにもない。
井上陽水が勝手につくった花だから、夢花火を見たいっていうのと同じくらい、ねがいはかなわない。
小学生のときなんて、教科書をつくってる出版社があって、編集してる大人がどこかにいて、教科書にのってるくらいむかしのいい歌が適当だなんて思わないから、存在してない、なんて考えもしなかった、だから、ここにはないけど、どこかにカゼアザミは花を咲かせてる。葉っぱのとげが鬼なら、雲みたいな綿をつけてて、軽い。つんだら、ほどけて、煙になる。風にのって消える。土の上にはピンクの、あの、たこ焼きの油をひくやつに似た、毛玉、オニアザミのあの花だけが落ちてて、落ちた拍子に受粉してる。夜は、ぼんやり光る。
それが夏祭りの宵かがりで、ホウセンカみたいにはじけたら、夢花火。
鬼のパンツは いいパンツ
つよいぞ つよいぞ
トラの毛皮で できている
つよいぞ つよいぞ
五年はいても やぶれない
つよいぞ つよいぞ
十年はいても やぶれない
つよいぞ つよいぞ
はこう はこう 鬼のパンツ
はこう はこう 鬼のパンツ
あなたも あなたも あなたも あなたも
みんなではこう 鬼のパンツ
「鬼の金玉」
「見たことあるの」
「ない」
「痛そう」
「とげだらけでね」
「うるさい。もういいの、帰る」
「帰る」
帰った。
北口の階段をのぼって、見おろした清瀬駅の南口のバスのりば、紅白の幕のやぐらが立ってた。縄とコードでつながってるちょうちんが、屋根のよっつの角からのびて、商店街の並木、線路ぞいのフェンス、サザエさんの家からのび太の家、ちびまる子ちゃんの家の前をあかるくしてた。
夏祭りだった。奈津美は興味なくて、わたしはつかれてた。ちょっとくらい、のぞいていってもよかった。わたがしを買って、ちぎって食べたら、それがカゼアザミだったのに。
ぐっすり寝た。シャンプーだけで、めんどくさくてリンスはしなかった。
奈津美もよく寝ただろうな。次の日は、学校、休んだ。昼くらいに起きて、もう行かなくていいって思ったんだろうな。次の次の日は、ふつうに来たから。たぶん。でも、知らない。もう分からない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?