undead_4のコピー12

不死王曲(9) 未完

私はその鑑札を投げ捨てた。風呂の真四角の右肩あたりで波紋を起こし、それが〈女〉に響いて向こうに首を傾けた。右耳の付根から鎖骨、腋にかけて刺青がある。下層の小娘らしく〈黒翼双蛇畜神伝令杖〉の意匠だ。接吻する双蛇それぞれの尻尾に〈茅咲許〉、〈輜梨〉(男の名前らしい)と彫っている。恤榎庭〈毛穴カラ咲ク赤イ蒟蒻〉における穎瑠傳の情夫は、〈陂磨得ハ巨簾ノ格式アル卜医ノ家ニ生マレタ。父ハ南巨簾杼莫ノ坐經列赴大学寮老師(磁科学、水占学、堕胎学)デアリ一族ニハ著名ナ医師ガ多カッタ。彼ハ歯二十ノ折ニ坐經列赴大学ニ入リ、卜医学ヲハジメ蒸溜学、鞣酸学等ヲ学ビ、四年後ニ卒業シテ進士ノ称号ヲ得タ。彼ガ最モ得意ニシタノハ、卜医ノ中ノ胆科、腺科、腎科、孔科デアッタ。陂磨得ハ廬塢靈塢、殊ニ捌鶩而ニ憧レ、別魯耳訶ニ赴イタ。ソシテ別魯耳訶酋長ノ侍医ノ知遇ヲ得テ別魯耳訶植民地寐啼寐卜医尉丞ノ地位ヲ得タ。廬塢靈塢ヘ渡航スル準備ハ整い、蹶訂元年秋別魯耳訶ヲ船デ出発、翌年春ニ別魯耳訶ノ化外地域経営ノ根拠地デアル褒漏ノ弟昧ニ着イタ。ソノ地デ一月過ゴシタ後、新任ノ租界商館監ニ任ゼラレタ多勢據トトモニ捌鶩而ニ着任シタノデアル。ソレマデ帰化シタ商館ノ卜医ハ商館吏タチノ健康ヲ維持スルタメニ派遣サレテキタノダガ、イツノ間ニカ別魯耳訶通詞ヲ通ジテ捌鶩而ノ医家タチニ戎狄医学ヲ伝エル役目ヲ果タスヨウニモナッテイタ。陂磨得モ例外デハナカッタガ彼ニハ別魯耳訶カラ特殊ナ指令ガ与エラレテイタ。別魯耳訶ハ覇俯弖ノ率イル朋瑠離軍ニヨッテ占領サレテ以来、幾多ノ辛酸ヲ舐メテキタ。別魯耳訶酋長穿狭玖ハ追放サレ、覇俯弖ノ甥安區梨七ガ別魯耳訶総督トナッタ。穿狭玖ハ朋瑠離ニ対抗スル為阿跡呂ニ朝貢シ、穿狭玖ノ化外植民地ヲ阿跡呂領軍、護軍、監軍、典軍ノ保護下ニ置クコトニ同意スルナド情勢ハ複雑化シタ。コノ機ヲ巧ミニ利用シテ、阿跡呂ハ別魯耳訶ノ化外植民地ヲ手中ニ収メタ。各地デ紛争ト混乱ガ見ラレタ。ヤガテ、覇俯弖ハ敗北ヲ重ネテ彣豎八年凡縻島ニ流サレ、ヨウヤク戦乱ハヤンダ。別魯耳訶ハ朋瑠離ノ統治下カラ離レテ再ビ独立スルコトガ出来、植民地モ阿跡呂カラ返還サレタ。別魯耳訶ハ植民地政策ノ再検討ヲシ、対廬塢靈塢貿易ニツイテモ将来ノ発展ヲ期シテ研究ノ要ガアルコトヲ痛感シタ。ソノ為ニハ対廬塢靈塢ノ国情ヲ徹底的ニ調査スルコトガ必要デアッタ。ソレマデモ歴任ノ租界商館監カラ廬塢靈塢ニ関スル報告ハモタラサレテイタガ、依然トシテ曖昧ナ部分ガ多ク、ソレラノ資料デハ不十分デアッタ。別魯耳訶ハ廬塢靈塢ノ全容ヲ把握スル為ニ政治、宗教、産業、臣民、風俗、言語、動物、植物、文化、地質、地理ナドアラユル分野ノ実態ヲ収集スルコトヲ決意シタ。ソシテ、ソレニ相応シイ人物ヲ物色シタ結果、陂磨得ガ選バレタノデアル。陂磨得ハ卜医デハアルガ好奇心ガ極メテ旺盛デ、ソノ関心ハ多岐ニ渡ッテイタ。二十七トイウ若サモ魅力デ、積極的ニ資料蒐集ヲ行ウコトガ期待サレタ。別魯耳訶ノ勧メニ、廬塢靈塢ヘノ強イ興味ヲ抱イテイタ陂磨得ハタダチニソレニ応ジタ。ソシテ、ソノ事業ニ多額ノ金ガ必要ダト主張シ、別魯耳訶ハ資金ヲ提供シタ。陂磨得ハ別魯耳訶ニ綿密ナ調査結果ヲ報告スルコトヲ約束シ、廬塢靈塢ヘ出発シタ。直接ノ司令者ハ別魯耳訶植民地寐啼寐大鴻臚大夫区栖澄デ、ソノ指示ニ従ッテ、前租界商館監跛瑠与ガ陂磨得ノ活動ガ容易ニナルヨウ捌鶩而太尉庁ニ働キカケタノデアル〉などと書かれている有為の青年卜医だが、この〈輜梨〉は博徒に違いない。〈黒翼双蛇畜神伝令杖〉を手にした畜神房矩伺彦は智慧と裁判の神だが、転じて博打の助言者とされている。夢枕に立った畜神房矩伺彦が〈鷦鷯ガ梯子ヲ登ッタ〉と言った。その夢解きによって巨万の富を得た指物師の説話があるが、死刑囚作家由施藍〈泥舟日乗〉で〈痴愚ノ痴夢〉と一蹴されていた。私もそう思うが、いまだに〈畜神ナラヌ痴愚神〉に信頼を寄せる破落戸がいるとは。

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