アルタイルの詩(笑) (13) 終
4−6
咲希、登場。ウェディングベールをかぶっている。
咲希 むかしむかし、天の川のそばには天の神様が住んでいました。
渉 天の神様のひとり娘は、織姫と言いました。織姫がやがて年ごろになり、
咲希 天の神様は、娘に、天の川の岸で天の牛を飼っている、彦星というお婿さ
んをむかえてやりました。
渉 ふたりは、たのしい生活を送るようになりました。
咲希 でも、仕事を忘れて、遊んでばかりいるようになったのです。
渉 天の神様のもとへ、みんなが文句を言いに来るようになりました。
咲希 「織姫が機織りをしないので、みんなの着物が古くてボロボロです」
渉 「彦星が世話をしないので、牛たちが病気になってしまいます」
咲希 天の神様は、織姫と彦星を、別れ別れにしました。
でも、かなしみにしずんだ織姫に、
渉 「一年に一度だけ、七月七日の夜だけ、彦星と会ってもよろしい」と約束
しました。
咲希 一年に一度、会える日をたのしみにして、織姫は毎日、一生懸命に機を織
りました。
渉 彦星も、天の牛を飼う仕事に精を出しました。
ふたり 七月七日の夜、彦星は天の川をわたって、織姫に会いに行くのです。
沈黙。
咲希 いい天気ですね。
渉 うん。
咲希 月が、きれいですね。
渉 うん。
咲希 風がやみましたね。
渉 うん。
咲希 暑いですね。
渉 うん。
咲希 どうして、季節は流れていくんでしょう。
渉 そんなこと分からないよ。
咲希 どうして、たのしい時間はすぐに終わってしまうんでしょう。
渉 分からない。
咲希 どうして人は死ぬんでしょうね。
沈黙。
渉 ……分かったよ。
咲希 え?
渉 おれたちは、みんな死ぬ。
同じように……みんな、生きている。
逃げられないんだ。
死ぬことからも、生きることからも。
だから、人は死ぬ。
そして……精一杯、生きる。
咲希 生きてどうするの。
渉 おれは、人間だ。
役者である前に、ひとりの人間だ。
咲希 ……
渉 人間として……
人生であたえられた役を、最後の最後まで、やりきるだけだ。
沈黙。
渉 ……きみといっしょでよかった……。
沈黙。
咲希 また本当っぽいこと言って……泣いちゃうじゃん。
渉 ……全部、本当だよ。
咲希 神社の石段にすわって、ぼんやりした、あまい、やわらかい、わたがし
みたいな闇のなかで……
ざわめきから、遠く、はなれて……
線香花火に、マッチの火をつけて、いろんなこと、話すの。
ひとみのなかでまだ燃えてる、雲を染めあげた金色のスターマインと、ヒガンバナのような、松の葉のような火花をちらして、消える、線香花火……
それに、わたしの浴衣のクチナシがかさなって、溶けて、どんな色でかがやいているのか、わたしに、聞かせて……
渉 ……分かった。
咲希 もうひとつ、いい?
渉 いいとも。
咲希 海。
渉 ……元気になったらね、
咲希 元気になったらいいの?
渉 ああ。
咲希 水着、買っちゃうよ?
渉 ああ。
咲希 きみとだよ?
渉 ああ。
咲希 待っててくれる? ……逃げない?
渉 ……ああ。
咲希 ひとりにしない?
渉 ……しない。
咲希 抱きしめてくれる?
渉 ……もちろん。
咲希 こわさないでね。
渉 こわさない。
咲希 約束、する?
渉 約束だ。
咲希 誓ってください。
渉 ……
咲希 かぎられた、みじかい時間を、少しでも遠まわりして……
いっしょにいてくれるって。
渉 誓う。
きみのために、たとえ世界を失うことがあったとしても……
世界のために、きみを失いたくない。
4−7
神崎 (登場)カット!
拍手。
咲希 やりたいように、やったの?
渉 ……うん。
大輔、一歩前へ。
大輔 渉! 本当に演技か?
ふたりをひやかす声。
咲希、笑って、
咲希 演技じゃなくて、うそでもなくて……本当の気持ちだったら……
渉 (うつむく)……
咲希 うれしいな。
渉 (顔をあげる)……
咲希 わたしも、本当の気持ち、言っちゃおうかな。
咲希以外、息をのむ。
咲希 ……なんてね。
咲希以外、がっかり。
神崎 撤収!
永井 でも、ディレクター、よかったですよね。
松岡 わたし、どうでした? わたし!
洋子 思うぞんぶん、やった!
千秋 すっきりした!
由紀子 視聴率は? どれくらい、ねらえる?
奈津美 めっちゃ話題になった実話ですよ。映画になるかも。
大輔 すげえ! サインの練習しとこ!
神崎、足をとめる。
神崎 よかったわけねえだろ!
千秋 まあ……そうだけどさ……
永井 自分もたのしそうだったのに……
口々に文句を言う。
神崎 だが……
全員 ……?
神崎 映画か……
このラストシーン……ショートフィルムに編集して……
YouTubeにでも置いとくか……
再生数があがれば……
企画書を書いて……
神崎、ぶつぶつ言いながら、去る。
松岡 ちょっと、ディレクター!
永井、松岡、洋子、千秋、由紀子、奈津美、大輔、神崎を追って去っていく。
渉 映画?
咲希 映画って?
大輔、ふりむいて、ひきかえす。
大輔 決まってんだろ!
渉・咲 ……?
大輔 おまえらのシーン、最高だったんだよ。
くやしいけど……みとめたくないけど……
やっぱ、主役とヒロインは、おまえらだな!
大輔、去ろうとする。
渉 (呼びとめて)あの!
大輔 なんだ?
渉 ……ありがとう!
大輔、笑って、去る。
4−8
渉と咲希、顔を見あわせる。
咲希、笑う。
咲希 言ってほしかった? 本当の気持ち。
渉 別に……
咲希 言わなくても、言ってるかもしれないよ。
渉 どういう意味?
咲希 さっきのシーンで。
わたしも、やりたいようにやったか……演技じゃなくて、うそでもなくて。
渉 ……
咲希 分かったら、ごほうびあげる。
咲希、ウェディングベールを渉にかぶせて、去る。
渉 分かんねえ……
やっぱ、役者の才能、あるよ……
ーーーーーー幕
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