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アルタイルの詩(笑) (12)

4−1

松岡 (声)いのち短し、戀(こひ)せよ、少女(をとめ)、
   波にたゞよひ波の様(よ)に、
   君が柔手(やはて)を我が肩に 
   こゝには人目ないものを。

  松岡、千秋、登場。
  千秋は車椅子に乗っている。松岡が押している。

渉  ……
千秋 〽︎いのち短し、
渉  ……やめてください。
松岡 なぜ。
渉  いや……千秋さん。
千秋 なぜ。
松岡 患者さんたちに迷惑だから?
千秋 ほかの患者さんがどこにいる?
松岡 どこにもいない。
千秋 では……
   〽︎いのち短し、
渉  本当に、やめてください。
松岡 なにが気に入らないんだ?
千秋 乙女の命がみじかいこと?
渉  ちがいます。
千秋 ちがうんだ。
渉  ちがわないけど……
千秋 ちがわないんだ。
松岡 じゃあ、いいじゃん。
千秋 いいんだって!
松岡 やったね!
渉  ……

  チャイムが鳴る。

渉  お会計。
千秋 行ってくる。
   あっ(渉へ)大切にしてあげてください。
   あなたの……恋する「乙女」を!

  千秋、去る。

渉  (独白)そうですか……これが、あなたたちの自由ですか……好きにやるって、こういうことですか……

4―2

  神崎、洋子、登場。

神崎 ういういしいな。
洋子 ええ。
   そろそろ検温の時間よ。
   咲希を病室までエスコートしてくれる? ……渉くん。

  沈黙。
  咲希が来ない。

松岡 はい(手を出す)
神崎 接触するなら、消毒してから。
洋子 接触してしまったら、あとで消毒。
渉  ……
松岡 はい(手を出す)
神崎 接触するなら、消毒してから。
洋子 接触してしまったら、あとで消毒。
渉  ……

  渉、あきらめて松岡をつれていこうとする。

4−3

  大輔、登場。
  大輔、渉を突き飛ばす。
  松岡のみ、去る。

渉  ……
大輔 ……
神崎 ういういしいな。
洋子 ええ。
神崎 早く出たくて……
洋子 出番、まちがえるなんて。
大輔 おれは、おまえをなぐらなきゃいけない。
渉  ……どうして。
大輔 ……一生分からねえよ……

  大輔、なぐりかかろうとする。

大輔 ……

  奈津美の声を待つが、来ない。しかたないので、なぐりかかる。
  渉はよけて、神崎がなぐられる。

神崎 ……どうして。
大輔 ……一生分からねえよ……

  渉、神崎を車椅子にのせて、洋子に押させる。

渉  早く見てもらったほうがいいですよ……そう、気をつけて。
神崎 私は、最低の男だ。
洋子 はい。
神崎 行こう。患者たちが待っている。

  神崎、洋子、去っていく。

4−4

  渉、大輔、あらためて定位置にもどる。

大輔 おれは、おまえをなぐらなきゃいけない。
渉  ……どうして。
大輔 ……一生分からねえよ……

  大輔、なぐりかかろうとする。

奈津美 やめて、大輔。

  奈津美、登場。
  大輔、手をとめる。

大輔 ……でも、こいつが……
奈津美 どうしたの?
大輔 ……なんでもない。

  大輔、ベンチにすわる。

大輔 ……(独白)やっちまった……

  ひとり、落ちこんでいる。

渉  (大輔へ小声で)むこうで反省しろよ……

  大輔、聞こえていない。

渉   (奈津美へ)見舞い? 咲希の。
奈津美 ……うん。
渉  病室、分かる?
奈津美 うん。あとで行く。
渉  ……あ、すわる?
奈津美 (すわる)……渉も。
渉  うん……(すわる)

  ふたり、ベンチで落ちこんでいる大輔をはさむ。

奈津美 渉は、放課後、わたしが読むのを、じっと聞いててくれた。
    何度もつかえて、へたくそで、でも、笑ったりしなかった。
    「いい声してるんだね、知らなかった」って、ほめてくれた。
    勇気をふりしぼって、わたしは声を出せた。
    渉は、わたしを、孤独な部屋から連れだして、広い世界にみちびいてくれた。カナリヤは、象牙の船に、銀の櫂、月夜の海に浮かべられて、忘れた唄を思い出したの。
    だから、わたし……歌える!
大輔  おれも!

  大輔、奈津美のことばをじっと聞いていた。
  なぜか、はげまされ、立ちあがる。

奈津美 わたし……渉のために歌う。
渉  ……
奈津美 ごめん。
    咲希が入院してる病院で告白、するなんて……
    ……もう、行くね。

  奈津美、去ろうとする。

大輔 奈津美、好きだ!

  大輔、奈津美の手をとる。

奈津美 えっ。
    ……うれしい。

  大輔、奈津美、見つめあう。
  渉、去ろうとする。

4−5

  永井、由紀子、登場。去ろうとした渉に、立ちはばかる。

永井 ここだと聞いたよ。
由紀子 あなた……
永井 きみに、ひとつ忠告がある。もう来るな。理由は分かるな。
大輔 分かりません。

  渉、大輔を見る。
  永井を見る。

永井 ひとすじの涙も、青白く染まっていた。はかなく落ちた……
由紀子 なにも知らないのはあなたよ。
永井 落ちたんだよ!
由紀子 あなたよ!
永井 落ちたんだよ!
由紀子 あなたよ!
大輔 ……ぼくのしあわせは、奈津美といっしょにしかない。
永井 みとめなければ、ならないようだ。ゆずるよ……結婚相手を。
大輔 結婚しよう。

  松岡、千秋、登場。
  スローモーション。
  千秋、車椅子にハコ乗りして、松岡が押している。
  車椅子が奈津美に衝突しようとする。
  大輔、奈津美を車椅子から守る。
  洋子、登場。

洋子 きゃー!

  スローモーション、終わり。

奈津美 大輔!
大輔 おれは……
奈津美 誰か! 誰か!
大輔 死にません……
奈津美 もう、しゃべらないで!
大輔 奈津美が、好きだから……(がくっ)
奈津美 いやー!

  じっと見ていた渉、目を閉じ、耳をふさぐ。
  ストップモーション。

渉  (顔をあげる)咲希……咲希は?

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