不死王曲(7)
私、「見物じゃない。たまたま〈九暁〉に当たっただけだ」話に乗る気がないなら無視するのが盆引に対する礼儀であるが、私は去りかけていた男を敢えて呼び止めるような真似をしたことになる。盆引、「この季節にいらっしゃって〈タマタマ〉はないでしょう」「百六十年に一度の行事なら〈タマタマ〉至極じゃないか」「毎年ですよ」「なに」「毎年ありますよ。〈武神〉偲露葉の命日に」〈九暁〉が〈乞丐痰助〉〈痘痕火山〉偲露葉の鎮魂祭にされている。まるで私のほうが訳の分からないことを言っているようだ。盆引、「では、眺めはどうでもいいので」「もういい。行け」「あります、あります。ちょっと郊外になりますが」「行け」「その昔、〈ナントカ〉陛下が御忍びでいらしたという」「何千年前の話だ。嘘を吐け。〈儒艮窯変〉のことだろう」「よく御存知で」「いいから行け。何故付いてくる」「あなたが相手をしてくれるから脈があると思うでしょう」「そう言われればそうだが。まあいい。行け」「手伝わせて下さい。御急ぎですが、どこか当てが」「ないよ。主人に〈駄目ダッタ〉と〈スットロイ報告〉をして叱られるのだ」「ちょっと待って下さい」「嫌だよ」「御案内します。あなたの御主人のところへ」「なに」「嘘じゃありません。橋袂でしゃがんでおられたでしょう。大層品のある御様子で、無聊なように御見受けしましたから〈御用デスカ〉と申し上げました。〈軟鋲釘ニ浮イタ油膜〉みたいにどろりと光る目で睨まれまして、ぞっとしましたよ。〈音楽漂ウ岸侵シユク蛇ノ飢〉というのはあれですね。只者じゃないと思いました。聞けば〈遊ビガ過ギテ勘当サレタ。ホトボリガ冷メルマデ彷徨ツイテイルコトニシタ〉ということで。〈サモアリナン〉と思いました。それで、御案内しました。辻の振依屡亭で御座います。あなたを御待ちですよ。〈ホウッテオイテモ嗅ギ付ケルダロウガ、万ガ一見タラ連レテ来イ〉と言われまして」「その旅籠は俺が最初に行ったぞ。反歯のような鋭角の換気口が並んだ切妻の」「ああ、左様で。私が抑えていたからでしょう」「何故俺がその客の連れだと思った」「いや、ははは」「〈三尺ノ童子ガ楷書デ書イタ《堂》ミタイナ顔〉とか〈困惑シタ胡瓜〉とか〈興梠ノ火事見舞〉とか言っていたのだろう」「当たりです」「実際見るとそれほど酷くもないだろう」「酷くないどころか」「だからなかなか分からなかったな」「その通りです」「じゃあそれで許そう」表通りに出ていた。〈影ヲ引キ摺ル影アル幽鬼〉のような人々は地上六盌尺ばかりの高さにぶら下がる垂檠の明かりを受けて顔がない。〈世ノナカニ/光モ立テズ/星屑ノ落チテハ/消ユル/アワレ星屑〉の〈星屑〉が消えずに地に残り、〈集メテ目映シ〉とばかりにだらだら坂に櫛比している。もう黄昏だ。赤と橙に揺曳しながら点滅する〈星屑〉は向かい合った神像が守護する境門(〈神像〉は酔睫王と酔睫従にも見える。だとすればこれも〈炯梟王喧杼卯帝寸睫奴征伐〉に擬えて急造した観光建築物)を越えて、しかし夕日に染まる横雲にまでは届かず、蘭鋳のような、線香花火の先端のような特大の球体に凝集して断絶する。所謂〈七重瓔珞塔〉が紫摩金、純白、朱に浮かび上がりそれ自体燃えているかのよう。姑息であざとい観光客向演出だが、不覚にも旅愁めいたものと〈頭ノテッペンガ三寸伸ビル〉高揚感が程よく胸の内で撹拌され〈イイ感ジダ〉と思った。盆引、「昼には、石屋根の隅に下がった五色の飾房までくっきり」「そうだろうな」
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