モノクロ同盟 (14)
2−8
岩谷、くろかわ、はいじま、しろい。
岩谷 おまえら……
三人 はい!
岩谷 なにがしたいんだ?
三人 はい?
岩谷 なにしてたんだ?
くろかわ 先生に……
はいじま よろこんで……
しろい もらうため!
岩谷 ……
くろかわ さあ!
はいじま どうです!
しろい さあ!
三人 さあ!
沈黙。
岩谷 おれにどうしろというんだ……
三人 さあ!
岩谷 ……
くろかわ 選んで!
はいじま 誰?
しろい さあ!
三人 誰?
岩谷 ……分からん。
三人 え?
岩谷 なんのつもりなのか……まったく……
三人 えー……
くろかわ、はいじま、しろい、相談する。
くろかわ 分かんないんだって……
はいじま どうする……?
しろい 恩返しなのに……
岩谷 恩返し?
こそこそ、ないしょ話をして、岩谷を見る。
くろかわ 先生……
はいじま 結局……
しろい なにがほしいんですか?
岩谷 なにもいらん。
三人 えー……
くろかわ じゃあ、行きたいところ。
岩谷 ない。
はいじま 食べたいもの。
岩谷 ない。
しろい したいこと!
岩谷 ……
2−9
大森、三上、福永、岸田、本をかかえて登場。
大森 あ、先生。
三上 大変でしたよ……
岸田 もう、なんというか……
福永 ゴミ屋敷。
岸田 この部屋だけはきれいですけど……
福永 あっちの部屋にゴミをつっこんだだけじゃないですか。
三人 先生!
皆々 先生!
沈黙
岩谷 おれは……
皆々 ……
岩谷 太宰治が書いている。
難破して、自分の身が怒濤に巻きこまれ、海岸にたたきつけられ、必死にしがみついたところは、灯台の窓べり。
やれ、うれしや、と助けをもとめて、さけぼうとして、窓のうちを見ると、いましも灯台守の夫婦とそのおさない女の子とが、つつましくもしあわせな夕食の最中だった。
ああ、いけない、と男は一瞬、とまどった。
遠慮した。
たちまち、どぶん、と、大波がおしよせ、その内気な遭難者の体をひとのみにして、沖遠くつれさった、とまあ、こんな話があるとする。
遭難者は、もはや助かるはずはない。
怒濤にもまれて、ひょっとしたら吹雪の夜だったかもしれないし、ひとりで、誰にも知られず死んだ。
もちろん、灯台守はなにも知らずに、一家だんらんの食事をつづけていたにちがいないし、もし、吹雪の夜だとしたら、月も星も、それを見ていなかった。
結局、誰も知らない。
事実は小説よりも奇なり、なんて言うものもあるが、誰も知らない事実だって、この世のなかにある。
しかも、そのような、誰にも目撃せられていない人生の片隅において行われている事実にこそ、高貴な宝玉が光っている場合が多い。
それを天賦の不思議な触角で捜し出すのが文芸だ。
文芸の創造は、だから、世のなかに表彰せられている事実よりも、さらに真実に近い。
文芸がなければ、この世の中は、すきまだらけだ。
文芸は、その不公平な空洞を、水が低きに流れるように自然に充溢させていく。
皆々 ……
岩谷 おれは……
皆々 ……
岩谷 おれは……
岩谷の机の電話が鳴る。
岩谷、ちょっと迷って、電話をとる。
岩谷 はい……はい……います……三上さん。
三上 (受話器を受けとって)はい、三上です。
すいません……携帯、忘れちゃって……
はい、はい、はい……はあ! え! はあ……
分かりました……よろしくおねがいします……
受話器を置く。
三上 先生……
岩谷 ……
三上 おめでとうございます!
岩谷 え?
三上 以前、おあずかりした原稿……
岩谷 ああ……
三上 掲載が決まりました! ……それどころか……
くろかわ それ、
はいじま どこ、
しろい ろか?
三上 森鴎外賞の候補にあがったんですよ!
皆々、沈黙。
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