モノクロ同盟 (9)
1−24
岩谷、篠原、登場。
岩谷 ……また、来たのか。
伊藤 忘れもの。
岩谷 そうか。
伊藤 お客さん?
篠原 どうも……篠原です。
岩谷 大学のときの友人だよ。来るのは、はじめてなんでね。
篠原 こちらは?
岩谷 むかし、つきあってた女。合鍵を置きにきたんだってさ。
篠原 ああ……やっぱり、小説を書いたり、読んだり、批評したり……
岩谷 いや。ただのキャバ嬢。
伊藤 ちょっと。
岩谷 やめたのか?
伊藤 やってるけど。
岩谷 じゃあ、事実じゃないか。なんだよ、「ちょっと」って。
伊藤 それだけじゃないもん。
岩谷 メンズエステ?
伊藤 ……
岩谷 水着で。
伊藤 決まりだもん。
岩谷 AVデビューしたら、見てやるよ。
伊藤 しないし。
岩谷 いい年だからな、おたがい。
伊藤 (くろかわとはいじまへ)……こういうやつ。分かった?
く・は うーん。
伊藤、ぼうしをとって、去る、
1―25
岩谷、篠原、くろかわ、はいじま、しろい。
岩谷 お茶。
く・は はい。
岩谷 おれと、こいつ、篠原に。
く・は はい。
岩谷 ふつうのコーヒーね。
く・は かしこまりました!
くろかわ、はいじま、去る。
1―26
しろい、起きる。
しろい 先生! ……と、誰か!
岩谷 おい。
篠原 いいよ、別に。篠原です。
しろい しろいです!
篠原 どうも……
しろい 先生……
岩谷 なんだ。
しろい ……やっぱりやめた! 全部、読んでから!
しろい、去る。
1−27
岩谷、篠原。
篠原 ベランダのゴミ……なんとかしろよ……
岩谷 次の収集日に出す。
篠原 カラスがつついて、猫があらして、ネズミがかじって……
岩谷 次の収集日に出す。たぶん。
篠原 たぶん、ね。まあ、おまえのうちだからいいけど……いいところに
住んでるな。
岩谷 まあ、閑静な住宅街だな。
篠原 一軒家で。
岩谷 田舎者だからね。アパート、マンション、というのはどうも。家という感じがしない。
篠原 いまのは?
岩谷 伊藤っていうめんどくさい女だよ。
篠原 いや、あの三人。
岩谷 弟子だそうだ。
篠原 弟子!
岩谷 自称だよ。おれはみとめた覚えはない。
篠原 見こみはあるのか?
岩谷 いや。
篠原 だめか。
岩谷 書こうともしないから。役に立ちます、身のまわりのお世話をします、と言って、勝手にいついている。まあ、家政婦だな。
篠原 ファンか。
岩谷 それもちがう。
篠原 じゃあ、なんで?
岩谷 知らん。
篠原 いいのか? ただ働きか?
岩谷 ……ひとり、書いてる。書こうとしてる。
篠原 へえ。
岩谷 今日、完成させたようだ。
篠原 ……変われば変わるものだな。
岩谷 なにが? おれが?
篠原 高校のときからニーチェに傾倒して、大学でラテン語、サンスクリット語、ギリシャ語、アラム語、ヘブライ語をマスターした。
世界思想史の生き字引きだった。
学生の議論程度では満足できず、いつもひややかな微笑で、論争の輪の外からながめているだけだった。
岩谷 やめろ。
篠原 そんなおまえが……きっと研究者になるだろうと誰もが思っていたのに……小説を書きはじめた、というのは、おどろきだった。
いや、最初から、哲学、宗教学、神学、民俗学、論理学、経済学、心理学……すべては、小説のためだった……
岩谷 やめろ!
篠原 ……おどろいているんだよ。
自分の世界に、他人を入れるようになったのか、と……
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