アルタイルの詩(笑) (5)
1−8
渉、大輔、登場。
大輔、渉を突き飛ばす。
大輔 おれは、おまえをなぐらなきゃいけない。
渉 ……どうして。
大輔 ……一生分からねえよ……
大輔、なぐりかかろうとする。
奈津美 やめて、大輔。
奈津美、登場。
大輔、手をとめる。
大輔 ……でも、こいつが……
奈津美 どうしたの?
大輔 ……なんでもない。
大輔、去る。
1−9
夕焼け。
渉、奈津美。
渉 なんだ……あいつ……(奈津美へ)見舞い? 咲希の。
奈津美 ……うん。
渉 病室、分かる?
奈津美 うん。あとで行く。
渉 ……あ、すわる?
奈津美 (すわる)……渉も。
渉 うん……(すわる)
ふたり あの。
奈津美 わたしは……
渉 ぼくは……いや、先にどうぞ。
奈津美 か……
渉 か?
奈津美 カラオケ、いっしょに行かない?
渉 いいよ。
奈津美 ……本当?
渉 うん。テスト、終わったらね。そんなことか。
奈津美 なんでかって、理由、聞かないの?
渉 え? カラオケ、行きたいからでしょ。
奈津美 そうだけど。
渉 別に、理由とかなくてもカラオケ行くけど。
奈津美 ……文化祭の練習。けっこう曲がむずかしくて。ひとりカラオケだと、
練習せずに、好きな曲を歌っちゃうから。
渉 なにやるの?
奈津美 オリジナル。わたしが詞を書いて……ギターの子が曲つくって……
渉 すごい。ぜったい行くよ、文化祭。
奈津美 ありがとう。わたしのこと、書いたんだけど……それに、渉のことも。
渉 どういうこと?
奈津美 ……小学校のころ、学年のはじめがめぐるたび、自分の名前も言えない
……わたしは、ちいさな、みにくい、唄を忘れたカナリヤだった。
吃音で、どもってて、生きるためには、目立たずに、見つからないように、声をかけられないようにするしかなくて……
いつも、図書室で、ひとり。保健室で、ひとり。帰り道も、ひとり。
友達なんて、いなかった。誰の目にも入らず、一生、声を出さずに、唄を忘れたカナリヤは、山に捨てられるの。埋められるの。
でも、小学五年生、夏休みの宿題の読書感想文が、くさりはてたカナリヤを掘りおこした。
コンクールで入賞して、全校生徒の前で、感想文を読まなきゃいけなくなった。いやがるわたしに、先生は、図書委員の渉を押しつけて……
渉は、放課後、わたしが読むのを、じっと聞いててくれた。
何度もつかえて、へたくそで、でも、笑ったりしなかった。
「いい声してるんだね、知らなかった」って、ほめてくれた。
勇気をふりしぼって、わたしは声を出せた。
渉は、わたしを、孤独な部屋から連れだして、広い世界にみちびいてくれた。カナリヤは、象牙の船に、銀の櫂、月夜の海に浮かべられて、忘れた唄を思い出したの。
だから、わたし……歌える!
渉 そんな……ぼくなんて……
奈津美 渉のおかげで自分の声が好きになったんだよ。歌いはじめたのも……
渉 そう、だったんだ……
奈津美 わたし……渉のために歌う。
渉 ……
奈津美 ごめん。
咲希が入院してる病院で告白、するなんて……
咲希……大丈夫なの……?
渉 だめかもしれない……でも、はじめから分かってたことだから……
奈津美 最低だな……わたし。咲希がいなくなれば……って、思ってる。
渉 奈津美の気持ちは、うれしいよ……でも……
奈津美 渉は、なに?
渉 え?
奈津美 あの、って、なんて言いかけてたの?
渉 ……買いものにつきあってほしかった。
奈津美 いいよ。
渉 ……咲希への、プレゼントなんだけど。
奈津美 ……もう、行くね。
渉 ……
奈津美、去ろうとする。
1―10
大輔、登場。
大輔 ……終わった?
奈津美 うん。
大輔 ……どうだった?
奈津美 ……(首をふる)
大輔 (渉へ)……さっきは、悪かった。いつから気づいてた?
渉 ……奈津美の気持ちのこと? 知らなかった……鈍感で、無神経で、馬鹿で、
ごめん。
大輔 本当か?
渉 本当だ。
大輔 だろうな。そうやっておまえは、なにも知らずに心を踏みにじる。
奈津美 ……渉。
渉 ……(うなずく)
渉、去る。
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