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千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (7)

「迷った」
「は」
「迷った」
「馬鹿じゃないの」
「自分の家に帰るのにね」
「ねえ」
 なんて、また、笑いながら、ちゃんともとの道にもどれた。馬鹿ではないから。一本道だし、川に近づけば水のにおいがするし、迷ったままでいるほうがむずかしい。それでも迷えるのは、本当に、中学生って家と学校をむすんだ最短距離の線の上しかとおらなくて、そこからはずれるとなんにもできないんだなって、てゆうか、なんにもすることがない。
「ハ、レ、ル、ヤ。ハロー」
「うるさいよ」
「優子ちゃん」
「なに、なっちゃん」
「これ、なんだ」
 奈津美、落とされないように、牢獄の檻の鉄棒にしがみつくみたいに、一生懸命、指をからめてて、夢うつつでも力はぬかなかった。
 その、しびれた指で、わたしの肩甲骨のあいだ、ちょうちょの羽のかたちをなぞったんだ。
「無限大」
「は」
「自転車」
「なんで」
「じゃあ、8を横にしたやつ」
「ああ。じゃあ、それでいい」
 シャワーくらいでいいと思ってたけど、本当に入浴した、お湯につかった。当然、わたしが先に風呂場をつかうべきで、そうしてたけど、奈津美が入ってきた。もちろん、全裸で。
「いっしょに」
「いやだよ」
「なんで」
「いやだからだよ」
「いっしょに入ったでしょ」
「その経験をふまえて、いやなんだけど」
 その前の年、だから、中一の夏休み、ふたりで服とか買いに新宿に行った。神田川の橋のたもとのコンビニのなか、調味料を一本一本ながめて、お茶と麦茶のペットボトルのかたちをくらべて、うろうろしながら奈津美を待ってた。
 十一時になった。わたしは十時集合にしようって言って、奈津美は十二時がいいって言った。あいだをとって十一時にした。ラジオで時報が、ぷ、ぷ、ぷ、ぴーん、で、

 ファレラレミララミファミラレ

 ってことは、ファミマにいたのか。誰か入ってきた。奈津美だった。
「なにそれ」
「おはよう」
「うん。おはよう。なにそれ」
「なにが」
「なに、着てんの」
「服」
「そうだけど」
「服を買いにいくときの服があるんですけど」
 暑いのにカエルみたいに目をまるくして、火災報知器のボタンか、ダーツの的か、上手にできた朝食の目玉焼きか、とにかくまるくて、気になる、押してみたくなるし、つぶしたい、つい見つめてしまう、
「なに」
 って、
「なにそれ」
 って、逆に聞かれて、
「なんでもない」
 って、緑茶を選んだ。

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