千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (8)
口は一で、へのかたちじゃなくて、それよりは(で、アメリカの顔文字みたいな顔してた。首に黒いリボン、腰にもひとまわり大きな、やっぱり黒いリボン、肩とか腕とか手首とか、いろんなところをしぼって、しぼってたるませたスカートは、中一のわたしにはカーテンみたいな、ってたとえしか思いつかなかった。カーテンみたいなスカートをはいた、黒いカエルだった。満員の大ホールの席にすわって、ビロードの緞帳があがるのを待ってたら、いきなり音楽が流れて、あがると思ってたら割れた、舞台の上には、ピアノ、バレリーナ、フルオーケストラ、ロミオとジュリエットのバルコニーなんてあらわれなくて、黒いカエルがぽつんと立ってた、てゆうか、しゃがんでた。
びっくりしてるのはこっちなのに、
「なにそれ」
みたいな顔してる。
その顔、ゴスロリ、暑くないの、とか、全部ふくめて、わたしの、
「なにそれ」
だったんですけど。
「なにそれ」
そうそう。
逆に聞かれた。
「服だよ」
「そうね。服、着てるね」
「なに」
「別に」
「コンビニに行く服だって」
「そうだよ。分かってるね」
ピンクのパーカーの前をあけて、グレーのスカートだった。しかも、全身、下着までやわらかいコットンで、
「なにそれ」
って、逆に聞かれて、
「なんでもない」
って、緑茶を選んで、うつむいたわたし、Tシャツのすその毛玉をむしってた。
「いいやん。服、ないから、買うって企画でしょ」
「そうだよ」
「おまえ、高そうな服、持ってるのに、買うの」
「これで海は」
「まあね」
話を変えた。変えてくれた。
「暑かった」
「それは、そう」
「いや、服じゃなくてね」
「夏だからね」
「まあ、それも。てゆうか、そもそもはそういうことだけど」
「歩いた」
「歩いたね。新宿三丁目から」
「そういうことでもないの。なんなの」
「橋で待ってるって」
「うん」
「そういう話だったから、わたしも待ってた。どの橋か忘れたんで、淀橋をうろうろしてた。なんかちがう気がして、末広橋まで来て、それで、でも、中野のほうじゃなくて新宿のほうで、緑地の藤棚の木陰のベンチですわってた。腰かける板、しめって黒くなって、くさりかけてたけどね、あんまり気にしないの。ワンピースも、尻も、消耗品だから。
クリアアサヒと角ハイボールの缶が、わたしと反対側のベンチの端、北斎みたいな波がうちよせる崖の上、自殺を思いとどまるように説得する、あんな感じで、つかずはなれず微妙な距離感でならんでる。花見でもしてたのか。神田川のほとりに住んでるおっさんたち、お兄さん、お姉さんかもしれないけど、葉桜を見て酒を飲むのか。
なんか、よさそうな気もするけど。街灯に虫が集まらなければ。
トイレがあったから、おしっこもした。くさかった。わたしじゃなくて、トイレが。え、わたし、くさい」
「まあ、汗のにおいはする」
「そっか」
「近づけてかがせればにおいはするでしょ、人間のにおい。いいから」
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