モノクロ同盟 (4)
1−6
岩谷、伊藤、しろい。
岩谷 (いすにすわる)……うん?
伊藤 え?
岩谷 合鍵、返しに来たんだろ?
伊藤 ええ……あと、ぼうし……
岩谷 ああ、そう。
伊藤 ……さっさと帰れってこと?
岩谷 もう用がないなら。
伊藤 ……あいかわらずね。
岩谷 変なこと、言ってるかな。
伊藤 ……原稿、また返されたの。
岩谷 まあね。書きなおしてた。1日かかった。
伊藤 残念だったわね。二〇〇枚も書いたのに。
岩谷 枚数はどうでもいいよ。
伊藤 くやしい?
岩谷 いや。
伊藤 もう、次になにを書くか考えてるの?
岩谷 うーん……
伊藤 いつもそうやって、小説のことばっかり……
岩谷 いや。
伊藤 ……考えてなかったの?
岩谷 なんで?
伊藤 さっきからずっと、ぼんやりしてるから
岩谷 ……どうやって、金をつくろうかと。
伊藤 ……
岩谷 また、本でも売るか……
伊藤 ……本しかないもんね。
岩谷 ああ。
伊藤 小説を書いて、本を集めて……なにがたのしいの?
……って、いつも言ってた。
岩谷 そうだっけ。
伊藤 おぼえてないか……
それとも、聞いてもなかったのかな……だまって、目をそらして、原稿
を書くか、本のつづきを読むか……そうそう……そういうのが、いやだ
ったんだよね……思い出した。
岩谷 そういうのって?
伊藤 そういうの。
このあいだ、しろい、寝ている。
伊藤、去る。
岩谷、息をついて、しばし天井を見る。
玄関のチャイム。
岩谷 はい。
1−7
くろかわ、顔をのぞかせる。
岩谷、しろいの原稿に目をやって、手にとろうとする。
1−8
そこへ、新人作家・岸田、編集者・三上、登場。
岸田 あ、お仕事中でしたか。
三上 この時間がいいとおっしゃったので……
岩谷 別に……もう、そんな時間か(原稿を置く)
岸田 そこで、会って……
三上 (きょろきょろ)片づけ、されたんですか? きれいになりましたね。
岩谷 まあね。
三上 新作ですか?
岩谷 ……できてるようだよ。
三上 おあずかりしても?
岩谷 ……どうぞ。
三上、しろいの原稿をおしいただいて、かばんに入れる。
岩谷、パソコンを開いて原稿を書く。
三上 聞きましたよ。(くしゃみ)また、原稿が……
岩谷 早いね。よく知ってる。
三上 地獄耳ですからね。
岸田 三上さんは、本当に、先生の作品を評価されてるんですよ。
岩谷 ありがたいと思ってるよ。
岸田 じゃあ、なんで、掲載させないんです?
岩谷 誰が?
岸田 先生です。
岩谷 ……
岸田 三上さんに、いじわるしないでくださいよ。
三上 ちょっと、(くしゃみ)岸田くん……
岩谷 おれがか?
岸田 はい。
岩谷 発表できないことをのぞむ作家がいるかね。
岸田 先生です。
三上 岸田くん、私が悪いんだ。
岸田 三上さん……
三上 私は、本当に、(くしゃみ)先生の作品が好きです。
ドストエフスキー、ヴォルテール、ディドロ、ハシェク、セルバンテス、ラブレー、マルケス、ドノソ……メタ小説と言いましょうか、カーニバル文学と言いましょうか、マジックリアリズムと言いましょうか……先生の作品は、(くしゃみ)日本文学には稀有な実験性と清新さ、文学的権威への挑戦があります。聖と俗、真面目さと不真面目さ、高級な文体と卑俗な文体、といったもろもろの位相における混じりあい。
(くしゃみ)それを通じて、社会の規範が相対化される、と同時に、さまざまな極限状況のなかで、あらゆる思想が試みられています。
また、精神分析学的アプローチ、(くしゃみ)記号学的アプローチ、構造主義。
多様なアプローチが……(くしゃみ)
岩谷 買いかぶりですよ。
三上 いいえ……
私が悪いんです。編集長に先生の作品の魅力を伝える力がない。まったく(くしゃみ)会社は、世間は、大衆は、賞だの発行部数だの、ドラマ化、アニメ化、映画化、そんなものばかりに夢中で……
岩谷 会社をやめればいい。
三上 (笑い)先生……(連続くしゃみ)すみません……アレルギーかな……
岸田 ハウスダスト?
三上 名前を言うのもけがらわしいんですが……なんとかをかぶる、とか、
なんとかに小判、とか、なんとかの手も借りたいとか……
岸田 ああ……なるほど……
三上 ……ずっと気になってたんですが……そこの女の子は?
岩谷 弟子だそうです。
三上 ひとりで押しかけてきたんですか?
岩谷 いや、三人。
三上 三人も?
岩谷 気にしないでください。
こいつより……あんたは誰だよ。
三上 ……? ……三上です。
岩谷 世間でも大衆でもない三上のつもりか?
岩谷、机をたたく。
1−9
はいじま、顔をのぞかせる。
岩谷 うんざりなんだよ。おためごかしのおほめのことばは。
岸田 先生……
岩谷 よく言うだろ? 「同情するなら金をくれ」って。
岸田 金のために書かれていたんですか?
岩谷 ちがうのか、きみは?
岸田 ……一〇〇万部売れるより、ひとりの読者がいれば……
岩谷 ひとりより、ふたり?
岸田 それは……
岩谷 ふたりより、3人?
岸田 ……
岩谷 結局、一〇〇万人に読まれたいよな。
岸田 じゃあ、先生……なんで、売れるように、書かないんですか?
……先生なら、それくらい、簡単じゃないですか。
岩谷 くろかわ、はいじま。
く・は はい。
岩谷 電話して、かじか書房さん、呼んで。
く・は かしこまりました!
くろかわ、はいじま、書斎を横切って、玄関へ。
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