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千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (20)

 歩いて三十分くらいの道が、自転車で五分くらいだった。なのに、四十分かけた。どういうことかと思うでしょ。
 東京と埼玉の国境あたり、ふりむけば埼玉で、しみじみ、空が広かった。あんな、宇宙みたいな空の下、でも、道は長いのがずっとつづいてるだけで、折れたり、まがったり、かさなったりしないで、退屈で、奈津美は自転車のうしろで、
「うける」
 って。
 たのしくなってきたらしい。
 線の上をすごい速さで走った。中学校と、わたしの家をむすぶ線を、暴走する、でもまっすぐにしかすすめない機関車。魔女みたいに奈津美が笑う。
 スピードをあげる。気持ちよかった。わたしも笑って、スカートをおさえた。風だけが、やけにつめたかった。なにも見えない、まっ暗は、夜で、闇で、それで、風でめくれないように、スカートをぎゅっとおさえて。
 奈津美の右手、スチールの針金の荷台に指をからめて、横になって。
 足をそろえて。
 わたしのへそに人さし指を入れてきた。雨あがりで、風呂あがりにはカレーだし、興奮していたらしくて、恋人ごっこ、わたしは、立ちこぎで、やっぱりわたしも機嫌がよかった。奈津美の声は風に流れて、ちりぢりになって、でも、ちゃんとわたしに聞こえるように、けっこう大きな声で話してた。
「ハロー」
 わたしも、
「ハロー」
 って、さけんだ。
 まわりは、広すぎて、壁も家も並木も、道路も空も、ガードレールも標識も信号機も、なにもかも遠すぎて、ぜんぜん、ひびかなかった。だから、せきこんで涙が出るくらい、大きな声で、
「ハロー」
 誰にあいさつしてるのか分からないけど、さけんでた。
「ハ、レ、ル、ヤ」
「ハレルヤ」
「って、どういう意味」
「知らないの」
「知ってんの」
「知らない」
「いい天気、みたいなこと」
「じゃあ、それでいい」
「ハ、レ、ル、ヤ」
 気持ちよかった。
 ゆるい坂になって、わたしはもっとペダルを強く、スキップみたいに上下して、踏む。てっぺんまでのぼって、くだりになって、
「ねえ」
 って、声をかけた。
「おい」
 とか、
「ちょっと」
 でもない、
「あのさ」
 も、言いにくい、
「ねえ」
 って、カナリアみたいに、鼻で鳴くだけ。
「なに」
「これまで、どういう人生だったの」
「なにそれ」
「知りたいだけ」
 北斎みたいな波がうちよせる崖の上、自殺を思いとどまるように説得する、あんな声でさけんで、のどがかれてた。

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