【公正なる取り引き】 統失2級男が書いた超ショート小説
暖房の効いた部屋から吹雪の街を眺めていた。安芸文雄は陰鬱とした気持ちにうんざりしながら、冷たい緑茶を飲み干す。昨日の電話であの女は50万円を要求して来た。これまで既に、あの女へは300万円を渡している。蹴りを付ける潮時だとは分かっていたが、思い付いた方法は代償の大きなものだった。しかしだからと言って、解決を先伸ばしにしていては、金銭的にも精神的にもこちらが疲弊して行く一方だとも知っていた。人の弱みに付け込み金を要求して来るような女だ、罪悪感を抱く事は一切なかった。(やるしかない)文雄は頭の中で呟く。
芦屋百合子は午前10時過ぎに目を覚ました。ベッドの上に1人で寝ている自分に最初は戸惑ったが、直ぐに状況を理解した。和夫は昼間の仕事に従事していると言っていた。恐らく朝早くこの部屋を出て行ったのだろう。百合子は軽い二日酔いを覚えながら、煙草に火を付けた。暫くして昨晩の事を振り返る。自分も和夫も泥酔しており、同じベッドで寝はしたがSEXはなかった。百合子は和夫の精悍な顔を思い浮かべた。SEXがなかったのは残念だったが、昨晩の酒は楽しかったので良しとする。煙草を灰皿に擦り潰し百合子は遅い朝食を作る為、キッチンに向かった。
文雄は部屋の中で跪き、北の方角に向かって祈りを捧げていた。その間は時の流れを感じる事もなく、精霊を召還すべく呪文を呟き続ける。すると突然、頭の中に笛の音が鳴り響き、文雄は召還の祈りが成功した事を知って緊張感を高める。文雄の全身が冷気で包まれた。「何用じゃ」精霊アイコの厳かな声が、頭の中に響く。文雄は頭の中で囁くように話し出す。「殺して欲しい女が1人居ます、芦屋百合子という名のホステスです」少しの間があった後、精霊アイコは返す「あと100回の来世で童貞のまま99歳まで生きる事になるが、それでも良いか」「覚悟しております」「という事は過去2回の願いと今回の願いの分を合わせて、あと300回の来世で童貞のまま99歳まで生きる事になるが、それでも良いか」文雄は躊躇う事なく答えた「300回のその来世を受け入れます」それから3分後、百合子は自室のソファーに倒れ、心臓発作で27歳の生涯に幕を下ろした。その近くでは愛犬の洋文がいつまでも不安そうに、鳴き声を漏らしていた。