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【目覚めの一服】 統失2級男が書いたショート小説
高校時代、僕は同級生と『トルエンMAX』という漫才コンビを組んでいた。文化祭のステージで披露したネタは大ウケで僕等は「プロでも通用するんじゃないか」と本気で語り合った。けれど、卒業後に僕が上京を決めた時、相方は言った。「悪いけど、俺は沖縄に残るわ。体に障害がある母ちゃんを残して東京に出る訳にはいかないし」
季節は巡りそれから20年が経った。僕は38歳の今も売れないピン芸人をやっている。カラオケ店のアルバイトで生活費を稼ぎ、帰るのは6畳のアパート。今日も折り畳み式の小型テーブルでサバ缶とカップ麺を食べる。
そんなとある日、僕は高校時代の別の同級生と東京の街中で偶然再会し、僕と彼はファミリーレストランに入った。思い出話には花が咲き、暫くして元相方の話題になった。元相方は地元で風俗店やキャバクラ店や飲食店を手広く経営しており、かなり羽振りが良いらしく、那覇の億ションに住みながら高級車を乗り回しているという話だった。元相方とは上京から数年後の電話で些細な事で口論をしてしまい、それが原因で疎遠になっていたが、それでも僕は元相方の成功を喜んだ。しかし、それと同時に自分が取り残された気持ちにもなって、その晩は複雑な気持ちで布団の中から、スマホにネタを打ち込んでいた。
今日も僕は小さなライブ会場のステージに立った。そして、ネタは久しぶりに大ウケした。(偶に大ウケするから、厄介なんだよ。そのせいで芸人が辞められない)そんな事を心の中で呟きながら、僕は氷雨の降り頻る東京の街を駅から自宅まで歩いた。
目覚めると僕は見知らぬ部屋のベッドに寝ていた。体を起こし周りを見渡すと、だいぶ広い部屋だと分かった。室内にはソファーに腰掛けた高校時代の元相方が居た。その容姿は高校時代のままだ。僕が片手を上げながら「よう」と挨拶すると、元相方も同じように片手を上げながら「よう」と返事をした。そして、こう続ける。「俺の経営するキャバクラで一緒に漫才を披露しようや、ギャラは100万で良いだろ」その言い草が何処かしら傲慢にも聞こえたので、僕は咄嗟に「馬鹿にするな!!」と叫んだ。元相方は悲しそうな顔になり、それを見ていた僕も悲しい気持ちになった。
今度こそ本当に目覚めると、僕は6畳の自宅に居た。勿論、部屋の中に元相方は居ない。(僕はやっぱり、あいつの事を妬んでいたんだな。だから、あんな嫌な夢を見てしまった)僕は布団から起き上がり冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して一口飲み込むと、煙草に火を付けた。(次、値上げされたら、その時こそは本当に禁煙しないとな)僕は吐き出した煙を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。