【閉鎖病棟】⑤憎いそのヒゲをどうするかってこと
女だらけの閉鎖病棟。
少しづつ戻ってきた。
女子が綺麗になる感覚。
私を支配し見張っていたのは、鏡の中の何者か。
そいつは時々私に命令をする。
統合失調症の陽性症状による幻覚や妄想は、とてもわかりやすい。
現実にはないもの。
それらがまるで本当にあるかのように、見えたり聞こえたりする。
何かに怯えたり、
何かと会話をしたり、
それに従うことも、
それから逃れることも、
その様な行動は、明らかに異常。
私が精神科病棟に入院する前。
「鏡が怖い」
と言っていたのは、こんな理由があったから。
私を監視するものは、鏡の中。
私はその声を聞かないが、時々私を支配して行動を制御する。
私は酷く怯え、時々何かに囚われたよな興奮状態に陥る。
だから、そいつを鏡からだしてはならない。
鏡台の鏡は大きな毛布で隠せる。
洗面には一切近付かなければいい。
化粧をしない。
顔を洗わない。
歯を磨かない。
風呂もやめた。
見た目だとか、
不衛生だとか、
そんなことは、全く気にならない。
そして、私はその後すぐに精神科病院に入院することになりました。
もちろん、保護室に鏡はない。
それから2週間後。
私は保護室を出ました。
暫く、鏡のことなど忘れていました。
閉鎖病棟での生活はとても規則正しく、
例えば朝は、6時30分に起床。
気分の良い時はホールでラジオ体操に参加。
朝食、服薬、洗顔、歯磨き…。
そのうちに、そんな習慣にも慣れてきます。
そして、
他の患者と情報を共有したり、
誰かと他愛も無い話をしたり、
一緒に何か習慣にしてみたり、って…。
ここでの生活も、悪くはない。
そんなことを考える余裕も少しづつ出てきます。
さて、そんな私にヒゲが生えた。
実は、昔から少し毛深いことが悩みでした。
普段は、結構マメに手入れもしていました。
しかし、鏡を見れなくなって、
顔の産毛がどれ程伸びていようとも。
閉鎖病棟で生活をするようになって、
体中のムダ毛がどれ程伸びていようとも。
長いこと私は、気になどしていなかったようです。
と、言うよりも、
ただ、気付かずにいただけかもしれません。
きっと、
自分の見た目を気にする程、心の余裕もなかったのでしょう。
閉鎖病棟で親しくなった友人は、時々綺麗に化粧をして散歩に行く。
以前は私も、普通に化粧をして出勤したり、デートを楽しんだりしていたはずなのです。
それなのに何故か私は、
彼女がベッドの上でメイク道具を広げて化粧をしている姿が、不思議でなりませんでした。
私は、化粧をする感覚も、すっかりなくなってしまったようです。
時々、彼女は隠れて私に化粧をしてくれました。
しかし、私にはまだ外出許可はありませんでした。
だから、綺麗になっても意味などないのです…。
それに…。
「あんた、ヒゲ生えてるよ」
なんて言われたりして…。
でも、何だか楽しかった。
彼女と一緒に鏡を見るようになってから、私はようやく少し笑えるようになったし、自分のヒゲにもやっと気付いた。
「私のヒゲ」は、私たちに笑いを与えてくれる憎いやつ。
閉鎖病棟には月に1度、理美容師が来るらしい。
彼女の髪が短くなったり、ヒゲも生えていないのは、そういう事か…。
私は早速、彼女に携帯電話を借りて母に連絡をしました。
(まだ私は、携帯電話を持てなかったから。)
「顔そりをしてみたいの。」
………
産毛が全部なくなるとね、
顔がスーッと涼しくなって、
肌がパッと明るくなって、
とっても気持ちがいいの。
久しぶりに廊下の鏡で自分を見たら、
少し痩せて髪も伸びていたよ。
そう言えば、私はこんな顔だったね。
って、思った。
………
母との面会日。
嬉しくて、こんな報告をしたのを覚えています。
「ねぇ、次は髪を切ってもいい?」
来月の理美容師は、いつくるのかな?
閉鎖病棟の中。
私は少し綺麗になって。
来月の楽しみは、こうやって作られていきました。
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