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やりたいこと

気になった言葉や事柄をメモしても、そのまま歌になるわけじゃない。料理に例えると、生野菜のサラダではなくて、野菜炒めやたくあんみたいに熱や発酵を加える必要があると思っているんです。素材を元には戻せない状態に変化させることが本質的な表現だと。<歌人・穂村弘>

(フロントランナー)歌人・穂村弘さん 短歌は生きるための武器になる:朝日新聞デジタル
2020.11.28

私がこの世でやりたいこと、突き詰めると、それは出会ったものに真剣に向き合い、関係を作ることなのかもしれない。

時間にしても、場所にしても、人にしても、言葉にしても、そのまま出会ったままに流していたら、そこでは何も新しいものは生まれない。出会ったものを消費しているだけ。
 でも、真剣に向き合い、関係をもてば、相手が生物であろうと無生物であろうと、そこには何か、今までなかったものが生まれる。それが新たな出会いを作り、それがさらに新しい出会いを作る。そんな連鎖が絡み合って、共鳴しあって、時に大きなうねりとして世界を大きく変えるかもしれない。
別に世界を変えようと思うわけじゃない。ただ、出逢いにちゃんと向き合って、心から関係を持って、そこで生まれる小さいけど確かな気づきや新しい可能性、そこに一番確かなものを感じるだけ。そんな出会いと関係を作っていれば、自然と世界にすてきなおもしろい驚きが生まれる。

以前はそんな世界を自分が作らなければと力んでいた。自分がコントロールして、自分が作り込んで、責任を持って作り上げなくては、と。

でも、それは途方もなく難しい。力めば力むほど自分の存在の小ささ、自分の力のなさを感じた。

それが、いつの頃か、世界を変えようとすることを手放せるようになった。

自分が作りたいのは、特定の形に作られた世界のなかで人々がうまくそこにハマって動いている状況ではなく、一人ひとりがその命を美しく燃やし続けて、それが絡み合い、刺激しあって、思いもよらない世界が作り出されていく、そんな状況。

そう思って気がついた。

思いもよらない世界は、意図的に直接手を下しては作り出せない。

その世界を作るみんなの活躍を応援することでおもしろい動きを作る。そこは作り出せるけど、あとは運任せ。

だから、果報は寝て待て。
湧き上がる世界に驚かされるのを待つのみ。

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