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湘南発祥の地 大磯ツアー①

「大磯」と聞くと何を連想しますか?
若手芸能人が大磯ロングビーチで水泳大会をしていた頃を思い出す方も多いのではないかなあと思います。
大磯といえば吉田茂の邸宅があったなあと思い出す方もいらっしゃるでしょうか。

今回は湘南発祥の地 大磯を少しご紹介したいと思います。

大磯駅

大磯駅改札
歌川広重「東海道五拾三次 大磯 虎ヶ雨」

大磯駅は1887年(明治20年)7月11日に国鉄東海道線 旧・横浜駅ー国府津駅開通と同時に開業しました。元々はここに駅舎を設置する予定はありませんでしたが、医学者松本順が海水浴を開設することを推奨・提案し、これを受けて駅が開業したのです。

「ぶらり大磯」


「湘南発祥の地」の石碑

湘南は、どこだ大磯駅前に新たな「湘南発祥の地」の石碑建つ。そこかしこでしばしば起こる「湘南論争」。いつの時代もテレビ、雑誌、インターネットなどメディアで面白おかしく取り沙汰されては「論争に終止符!」といったような様々な「結論」が出されている話題である。「わがまちこそが湘南である」と、何をもって主張するかはそれぞれ論拠があるが、中には「発祥」を謳うものもある。そんな「湘南発祥」を多くの人にPRしようと、JR大磯駅前のロータリーに今月14日、新たな石碑が建てられた。大磯こそが湘南発祥である、と発信する根拠は、どこに。碑の高さは3mほど。碑面には「湘南発祥の地 大磯著盡湘南清絶地 崇雪 堀文子書」と彫られているこの石碑は、大磯町観光協会と大磯町商工会の有志で構成する委員会組織により建てられた。以前にも「湘南発祥之地 大磯」と彫られた石碑は鴫立庵の敷地内に建てられたが、さらに広くアピールしようと、駅前にも設置する運びとなった。
「湘南=大磯」は1664年
 大磯が湘南発祥のゆえんとされている根拠は、江戸時代初期、崇雪という人物が「著盡湘南清絶地」と刻んだ「標石」にある。
 鴫立庵の創設者でもある崇雪は、小田原の外郎の子孫といわれる俳人。祖先は中国湖南省湘南地方の出身ともいわれており、大磯・鴫立沢付近の景色が古代中国の「湘南」に似て美しかったことから「清らかで清々しく、この上もない所、湘南とは何と素晴らしい所」と感動し、かの一文を刻んだとされている。
 この標石が建てられたのは1664年とされ、これこそが、現存する資料の中では「国内のある土地を湘南と呼称している最古の資料」として、大磯が湘南発祥の地とされている根幹である。
 一方で、その観点から言えば、鎌倉が最古であると指摘する研究者もいる。「確かに、碑文としては最古のものかもしれませんが」と話すのは、平塚市博物館 市史編さん担当で、長きにわたり湘南の呼称についても研究してきた関 恒久氏だ。
「湘南=鎌倉」は1484年
 同氏は「崇雪の碑よりも約200年前の資料の中に、はっきりと『湘南』の文字は登場しているんです」と解説する。その資料というのが、室町時代の禅僧、歌人である万里集九が記した詩文集『梅花無尽蔵』である。
 同書の巻第一(1484年)では、「遊湘南五年」(湘南で修行すること5年)との記述があり、巻第二(1485年)にも「湘南多水仙」(湘南には水仙多し)との表現がある。そしてそれらの中で、後の注釈ではなく当時の注釈として、「相州鎌倉邊用湘故事」(相州の鎌倉辺りに、湘の字を用いるのは、昔からのこと)と記されている。
 1484年以前からーー、少なくとも万里集九が鎌倉に訪れた室町時代には既に「湘南=鎌倉」とされていた。だが同氏は「石碑に刻まれたものとしては、大磯のものが最古でしょう」とフォローする。
 結局、何をもって湘南とするのかは「○○があるから、○○が示しているから、○○時代に湘南と呼ばれていたから」と各地、各団体に様々あり「では今日、どこが湘南なのか」といった議論が尽きることはない。今後、「湘南」を冠する市町村が誕生しない限りは。
 湘南ジャーナルより


「湘南発祥の地の石碑」はこちらにも!




鴫立庵(しぎたつあん)
源頼朝より貰い受けた銀猫の置物を、門外で遊んでいた子供に与えたという故事にちなみ、
無我無欲の心をもつよう建てられた
この碑はレプリカです。
本物は大磯町郷土資料館に安置されています

湘南発祥の地大磯の由来

崇雪という人が寛文四年(1664年)頃
西行法師の詠んだ名歌
「こころなき 身にもあはれは 知られけり
鴫立澤の 秋の夕暮」
を慕って草庵をここに結び標石をたて
東海道を往還する旅人に鴫立澤を示し
「著盡梨湘南清絶地」と景勝を讃えて
刻んだのがはじめです
中国湖南省にある洞庭湖のほとりの湘江の南側を
湘南といい、大磯がこの地に似ているところから
湘南と呼ばれるようになりました
平成八年四月

参照元:湘南発祥之地 大磯 湘南人より



湘南って茅ヶ崎あたりと思っていましたが、実はもっと歴史があったのですね。


大磯迎賓館


1912年(大正元年)、貿易商の別荘として建築されたこの建物は、久しく「三角屋敷」と呼ばれ親しまれてきました。
その美しさはさることながら、日本の木材で建てられた「国内最古のツーバイフォー住宅」として歴史的価値が高く、平成24年2月23日には国登録有形文化財に登録。ニコライ堂をはじめ当時のヨーロッパ建築に見られるスタイルで、切妻造ストレートぶき、左右の屋根にドーマー窓(※)、左右対象のサンルームが特徴です。

大磯迎賓館HPより


ちょっと気になるレストランもあります。
次回はランチの予約をしてみたいところです。

#大磯
#湘南発祥の地
#鴫立庵

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