太る才能
実は今だから白状するが、去年の年始に体重が100kgになってしまった。
0.1トン。ショックだった。
その昔、バランスボールを割ってしまった以来のショックだ。
意を決してダイエットを始めた。
自分を追い込むために友人とも賭けをした。
その甲斐あって、ダイエットは成功し、半年で10kg痩せた。
これだけ痩せれたのは生まれて初めてだった。
40年生きてきて初めて少しだけ自信をもてた。
自分にも何かやり遂げられる、という自信だ。
ダイエットに成功した後は、会う人会う人にも痩せましたか?と訊かれたものだ。
正直嬉しかった。
その言葉をおかわりしたいために、街に出て人に会っていたようなものだ。
訊かれる度、緩む頬を気持ちで抑えながら、控えめなそぶりで(心は大仰に)
「ええ。。。まあ」
と頷くようにしていた。
どうして痩せれたの?と訊く人もいた。
そんな人には、自分が通ってきた道を、その場で許されてる時間内で語ってきかせた。
短ければ、端的に「糖質制限」「毎日プール」といったキーワードで納得させた。
長い猶予が与えられていれば「賭けをした」話を細部に渡って聞かせ、面白エピソードに仕立てた。
やがて、そんなダイエットフィーバーも終わりを迎えた頃だった。
友人である丸山朝光君が近所でライブをするというので観に行った。
彼は以前はスラッとした体型だったが、みるみるうちにふっくらとしていった。
一番最近会った時は、もう少し太れば自分くらいだな、と親近感を持っていた。
もっと言えば、彼がゆっくり肥えていくのを、背徳感を抱きながら応援していた。
つまり、同士よ!もっと太れ、と思っていたのだ。
ところが、しばらくぶりに会った彼は激変していた。
体重はおそらく90kg前半だった(92kgと彼は言っていた)はずだが、どうみても65kgくらいまでに減っていて、出会った頃の彼に戻っていた。
「え、え、え? ひょっとして痩せた?」
「ひょっとしてじゃなく痩せましたよ」
「どうやって・・・」
そう言って、私は絶句してしまった。
気が付いた。みんなが私をみていた時の気持ちはこんなだったのだ。
しかし、驚きはそれの何倍もあっただろう。
何せ、痩せ幅が私の3倍近いのだから。
彼は事も無げに
「まあ、食べる量減らして、少し運動したら痩せました」と言った。
そんな簡単に・・・。
またしても私は絶句してしまった。
これまで同士だと思っていた男は、私よりも何倍もダイエット優等生だった。
勉強しようと思ったらすぐに点数を取れてしまう奴だったのだ。
チクショウめ!騙された。
すると彼は言った。
「いやあ、実はもっと太りたかったんですけどね。92kgから全然太れなくて。それで太るのやめちゃったんですよ」
意味がわからなかった。あえて太ろうとしてたというのか?
そうですよ、と彼は涼しげに言った。
「その方が貫禄がつくかな、と思って。でも太れなくて。中途半端なデブだと嫌だから痩せました」
自然と太ってしまう自分は、彼の言葉の意味がよく理解できなかった。
さらにダメ押しがこの言葉だった。
「自分には才能がなかったんですよね。太る才能が」
太る才能? 太ることに才能なんてあるのか?
「ありますよ! 太れるのは才能です」
彼は羨望の眼差しで私をみた、ような気がする。
私と言えば、心は千々に乱れていた。
同士→仮面を被った優等生で裏切り者→崇拝者
彼の立ち位置が一瞬で目まぐるしく変わるのに適応できなかった。
嬉しいような、皮肉を言われているような、複雑な気持ちだった。
そんな私の心を見透かしていたのだろうか。
彼はこう言った。
「トシさんは才能の塊ですよ。100kg太れるなんて凄いですよ」
ありがとう、元同士よ。
しかし、私はその才能よりも、痩せれる方を選びたい。
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