『無頼 黒匕首』(1968年・小澤啓一)
「無頼シリーズ」第5作!
小澤啓一監督によるシリーズ第5作。1969(昭和44)年の正月映画として、石原裕次郎の『忘れるものか』(松尾昭典監督)と二本立て公開された。一年間に5作品つくられた「無頼」シリーズが、メイン番組として正月にラインナップされていることからも、このシリーズの人気が伺える。脚本は、第1作の世界観を作った池上金男。
タイトルの「黒匕首(ドス)」は、前作から登場した主題歌「無頼 人斬り五郎」(作詞:滝田順 作曲:伊部晴美)の歌詞にも登場する、五郎の持つドスのこと。ちなみに作詞の滝田順は、赤木圭一郎の「若さがいっぱい」(『錆びた鎖』1961年・主題歌)、石原裕次郎の『花と竜』(1962年)、『泣かせるぜ』(1965年)など、日活映画主題歌を多く手掛けている。
作曲は第1作『大幹部より 無頼』から第3作『無頼非情』で、このシリーズの音楽を手掛けた伊部晴美。『生きていた野良犬』(1961年)を皮切りに、小澤啓一監督の師匠、舛田利雄作品の音楽を手がけてきたラテンギターの名手。第4作『無頼 人斬り五郎』からシリーズの音楽は坂田晃一にバトンタッチされたが、第1作のメインテーマをモチーフにした主題歌の旋律が随所に流れ、シリーズでの“人斬り五郎”の音楽イメージを形成。
さて『無頼 黒匕首』は、これまでのようにアバンタイトルはない。主題歌とともに、敵と斬り合う五郎の姿を、効果的なストップモーションで描いている。観客にとって、藤川五郎という男のキャラクターは織り込み済み。アクションで見せる。そして街には累々たる死体の山。
「やくざの身の行く末は、みんなこんなもんだ。ツラもろくに知らねえもん同志が、まるで獣みてえになって殺し合って、俺もその一人だ。身体一つにドス一つ、今日は死ぬ、もう明日って日は来ねえんだ、そう言い聞かせながら、下らねえ義理に縛られて、血みどろになって斬り合った。それもこれも、虫けらみてえな、この俺のことだ。別に悔いもねえ、ただ一つ気がかりなのは、もとの堅気の暮らしに戻してやりてえばかりに、叱りつけるようにして旅立たした女のことだ。今頃は、真っ暗闇を突っ走る汽車の中で、遠くに行っててくれりゃいいが・・・」と五郎のモノローグ。
これまでのシリーズのエッセンスを凝縮したオープニング。五郎を狙うのは、総長・志下寛市(菅井一郎)率いる武相会。襲いかかる雑魚を刺す五郎。そこへ「待て、俺がやる」と、総長の息子・末雄(川地民夫)が登場。日活アクションをクールなキャラクターで支えてきた川地の登板は、第1作以来。白いマフラーに黒い皮ジャンスタイルで、五郎の好敵手として強烈なインパクトがある。その一騎打ちに「五郎さん!」と、逃がした筈の由利(松原智恵子)が戻って来る。五郎に駆け寄る由利の身体を、末雄の刃が貫く。眼の前で恋人が死んでしまうのだ。
由利を喪失した五郎の悔しさと、誤って由利を刺してしまった末雄の後悔。これが本作の、主人公をめぐる“過去”となる。これまでヒロインは決して死ぬことがなかった。第3作『無頼非情』を除けば、クライマックスで死闘を繰り広げ瀕死の五郎を受け止めてくれたのは、松原智恵子のヒロインだった。しかし、今回の物語は、この喪失から始まる。それが「無頼」の世界の情感を高めてくれる。この巻頭の7分の濃密さは、実に素晴らしい。
それから二年、1962(昭和37)年頃“東京、ある基地の街”とスーパーが出て、立川駅に降り立つ五郎。戦後、辛酸をなめてきた五郎と米軍基地。物語では具体的に触れられていないが、観客には、この映画が作られた昭和43(1968)年時点で泥沼化していたベトナム戦争のことが頭をよぎるように、輸送機のランディングがインサートされる。五郎は、この地で砂利採掘業を営む、旧知の元やくざ三浦健介(中谷一郎)を訪ね、そこで働かせてもらうことになる。ところが現場で作業中に仲間が大ケガ、担ぎ込まれた病院の看護婦で、健介の妹・志津子(松原智恵子)が、亡くなった由利の生き写しだったことから、五郎の気持ちは揺れ動く。
一方、立川では、武相会が古くからの地元のやくざ嶋岡組(葉山良二)を狙って画策している。さらに五郎の昔の女・小枝子(北林早苗)が、嶋岡組代貸・武宮国松(露口茂)の女房になっていて、五郎は再び、やくざの汚い世界の対立に巻き込まれてゆくことになる。
志津子を見かけた末雄は、由利を刺したことを後悔して、それゆえ志津子に近づく。五郎も志津子に由利との経緯を話す。由利と五郎の関係は、これまでの「無頼」シリーズでの松原智恵子との関係そのもの。志津子に、由利への思いを聞かれた五郎は「好きだと思った。その時は。好きになっちゃいけねえんだ。そう思いながら、好きになってたんだなぁ。」と正直に胸の内を話す。志津子は「好きなんです、五郎さんが。好きになんかならない、そう思っていて、やっぱり好きなんです」二人は見詰め合い、志津子が駆け寄る。二人が恋するプロセスを丁寧に描いた、この夕焼けのススキの原のシーンが印象に残る。
正月映画らしく、キャストも豪華。第2作『大幹部 無頼』で、五郎を兄貴分の仇と狙っていた侠客を演じていた田中邦衛は、今回は、志津子のつとめる本郷医院の医師・本郷道夫。日活アクションでは伝統ともいうべき、人間味溢れる好人物を演じている。いつも五郎は、ヒロインを助けたことで、慕われるという展開だったが、今回は、ケガをしたところを助けてもらう、という逆パターン。
また、青木義朗扮する武相会幹部・安本英健のサディスティックなキャラも印象的。小枝子のバーで因縁をつけているときに、止めに入った嶋岡組の西山(吉田昌史)をカード博打に誘う。「持ち合わせがなければ、指一本十万ずつでいいぜ」と、実に悪辣な顔をする。こうした脇のキャラのディティールが楽しいのは、シリーズものとして成熟しているということ。安本と一緒にいる、武相会の山本を演じている郷鍈治も、いつもながらクセのあるキャラを楽しそうに演じている。
毎回、往年のヒット曲が歌われるが、今回は、ギターの流しの女の子(大橋レミ)が、1959(昭和34)年の第1回レコード大賞受賞曲「黒い花びら」(水原弘)を歌う。
クライマックス。志津子の思いを断ち切って、五郎が死地に赴く、武相会との対決のシークエンスにも立川基地のショットがインサートされる。米兵相手のクラブの前の路地や、店の中で、例によって移動しながらの斬り合いが展開されていく。五郎にとってはたった一人の戦争なのだ。すべてが終り、米軍基地のフェンス伝いに瀕死の五郎が歩いてゆくショットに、作り手の思いが感じられる。
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