『やくざの詩』(1960年・日活・舛田利雄)
日活にはムード・アクションというジャンルがある。石原裕次郎の『赤いハンカチ』(64年)や『夜霧よ今夜も有難う』(67年)などが昭和30年代後半から40年代にかけて製作され、一時代を築いた。主人公をめぐる過去、そしてその過去のトラブルの根源と対峙することで、過去に失ったアイデンティティーを取り戻す。それは恋人との失われた時間だったり、かけがえのない人の死だったりする。そういう意味では、山田信夫脚本、舛田利雄演出による『やくざの詩』は、主題曲の持つムーディな味わいも含めて、一連のムード・アクションの萌芽ともいえる作品となっている。
この映画が公開されたのは、1960(昭和35)年1月31日。「渡り鳥」第二作『口笛が流れる港町』(1月3日公開)と、「流れ者」第一作『海から来た流れ者』(2月28日)の間にあたる。無国籍アクションのヒーローとして、マイトガイ・アキラの人気が最高潮に達する時期でもある。舛田利雄は『女を忘れろ』(59年)でマイトガイ・アキラの旅立ちを描いた監督でもある。それまでの無国籍アクションとは一線を画した丁寧なショットの積み重ね、陰影のある人物描写は、実力派の舛田ならではの味。
「なんの遺恨もなく、ヤクザの気まぐれで射殺された恋人の復讐を果たすために、将来を嘱望された若い医師の数奇な運命を描く」とは、当時のプレスシートの紹介文。寡黙なアキラの主人公・滝口哲也は、恋人を殺した38口径の拳銃「ゲルニカ」の薬莢をペンダントにし、その拳銃の主を探して暗黒街を訪ね歩いている。ピアニストとして奏でる悲しげなメロディー。それにいらだつ若いチンピラ藤本透には、『無言の乱斗』(59年)でデビューしたばかりの、ヒデ坊こと和田浩治。日活ダイヤモンドラインの一翼を担う、和田のイラついた感じが、路を踏みあやまる若者の怒りをうまく出している。
ヒロインは『孤独の人』(57年)や、『美しい庵主さん』『完全な遊戯』(58年)で、小林旭と共演した芦川いづみ。金子信雄の酔いどれ医師のしっかり者の娘でインターンという設定。この父娘が、哲也の精神的支柱になっていく。
「孤独」と「安堵」、そして「復讐」。人の命を救うために医師になった男が、人の命を奪おうと復讐を誓っている。そのアンビバレンツさ。無口な哲也は、ピアノで弾き語りをする「やくざの詩」で、自分の気持ちを吐露する。そこへ二谷英明の、哲也の「過去を知る」拳銃ブローカー相川一郎があらわれる。復讐の炎を燃やす哲也の激しさは、マイトガイ映画ではあまり見られないパターンである。
その相川の弟・次郎に扮した垂水悟郎は、哲也に追われる「逃亡生活」のなかで疲弊している。その焦燥感。次郎がなぜ、哲也の恋人を殺したか? そのコンプレックスをめぐる兄弟の屈折した葛藤。さらに南田洋子と垂水悟郎の関係含めて、モザイクのような人間模様がクライマックスに向け、絡みあっていく。本作では追う側と追われる側。どちらのドラマも拮抗しているのである。そのあたりが「ムード・アクション」の面目躍如でもある。
ディティールも実に豊かである。ビルの屋上から哲也を狙う次郎。そこへ子供たちの飼育している病気の鳩が飛び立つシーンの緊張感。鮮やかなショットが連続する。舛田利雄の技巧と山田信夫脚本が見事に絡んで名場面となった。
本作のプレスシートには「左利きのハジキ屋を殺せ! アキラ、和田、白熱のムード・アクション巨篇」とある。「ムード・アクション」というキャッチを宣伝部がきちんと使うのが、裕次郎の『夕陽の丘』(64年)とされているが、すでに本作でコピーのなかに登場しているのが興味深い。
こうしたムード作りに最大の貢献を果たしているのが、ジャズピアニストで作曲家の中村八大のスタイリッシュな音楽。小林旭によると、哲也が弾くピアノはもちろん八大の吹替えだったという。中村八大といえば、前年の暮に行われた「第一回レコード大賞」受賞曲、水原弘の「黒い花びら」や「黄昏のビギン」で押しも押されぬ人気があったころ。劇中、金子信雄が「黒い花びら」を歌うシーンで、浜口庫之助の「黄色いさくらんぼ」に変わってしまうというギャグがある。トミー藤山が歌う挿入曲「なんにも言えず」も八大作品。主題曲「やくざの詩」のジャジーなサウンドに、キャッチなメロディー。本作におけるアキラの歌声は、いつもの伸びやかな「アキラ節」とは違う、主人公の過去の象徴でもある。
マイトガイがこうしたムード・アクション的な主人公を演じたの作品には『黒い傷あとのブルース』(61年)がある。そして『望郷の海』(62年)、『波止場の賭博師』(63年)、野村孝監督の佳作『放浪のうた』(66年)が作られている。裕次郎=ルリ子のムード・アクション全盛時に、舛田利雄によるアキラのムード・アクションがつくられていたら、という夢想すら湧いて来る。
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