見出し画像

『新書・忍びの者』(1966年12月10日・大映京都・池広一夫)

 カツライスの「ライス」こと市川雷蔵が昭和38(1963)年から主演、空前の忍者ブームを映画界から牽引してきた「忍びの者」シリーズ第8作にして最終作『新書・忍びの者』(1966年12月10日・大映京都・池広一夫)を娯楽映画研究所シアターのスクリーンに投影。DVDは持っているが、Amazonプライムビデオの「シネマコレクションby KADOKAWA」の配信で観た。便利な時代になったものだ。


画像1

 第1作『忍びの者』(1963年・山本薩夫)から第3作『新・忍びの者』(1963年・森一生)にかけての主役は天下の大泥棒・石川五右衛門が実は忍者で、織田信長、豊臣秀吉に戦いを挑む物語だった。第4作『忍びの者 霧隠才蔵』(1964年・田中徳三)から第7作『忍びの者 新・霧隠才蔵』(1966年・森一生)にかけては、伊賀忍者・霧隠才蔵が徳川家康暗殺に挑む姿を描いている。うち第6作『忍びの者 伊賀屋敷』(1965年・森一生)は、才蔵の死後、息子・才助(市川雷蔵)が二代目・霧隠才蔵を名乗り、由井正雪の乱をサポートして徳川幕府転覆を目論んだ。

 ことほど左様に「忍びの者」シリーズは、強大な権力を持つ為政者に利用され、生命を奪われる名もなき下忍たちを描きつつ、その巨悪に立ち向かう市川雷蔵の忍者の活躍を描いてきた。これは、先日亡くなった白土三平が「忍者武芸帳」「カムイ伝」「サスケ」などの漫画で描いてきたテーマと通底している。

 さて、結果的にシリーズ最終作となった『新書・忍びの者』は、時代が遡って、天文年間末期が舞台。天下統一を狙う、甲斐の武田信玄(石山健二郎)、それに対抗する織田信長、徳川家康(内藤武敏)たちの闘いに、喇叭として駆り出され、生命をかけて闘いを続けた忍者たちの物語。武田信玄の晩年を描いていて、黒澤明監督『影武者』(1980年)のちょうど前日譚にあたるので、併せて観ると一層興趣が湧く。

画像2

 武田家の戦のために火薬を調合している霞勘兵衛(須賀不二男)が、織田信長が放った喇叭=忍者たちに、惨殺される、ショッキングなヴィジュアルで物語が始まる。勘兵衛にはまだ幼い息子・小次郎がいるが、物陰に隠れていた小次郎の目の前で、喇叭たちの凶行が繰り広げられる。子供時代の小次郎を演じているのが、本作と同時上映の『大魔神逆襲』(森一生)で、一番幼い杉松役の長友宗之くん。なんと二本立のどちらの映画にも出演している。

 それから二十年、霞小次郎(市川雷蔵)は父の仇を討つために、穴山梅雪(杉山昌三九)の下で忍術修行を終えた。「もう教えることはない」と師匠から告げられた小次郎は、甲斐国で武田勢のために喇叭を勤めている伊賀忍者・黒戸左太夫(伊藤雄之助)を訪ね、更なる忍術修業を続ける。左太夫は、武田信玄に惚れ込み、打倒・織田信長のために、鬼笛の音吉(伊達三郎)たち、手練れの忍者を率いていた。若き小次郎は、一人前の忍者になるべく必死の修業を続ける。伊藤雄之助といえば、第1作と第2作で、老獪な百地三太夫を演じていて、この黒戸左太夫も、かなりクセのあるキャラクター。小次郎は師匠として尊敬するが、三太夫の娘・茜(安田道代)から「三太夫は父を殺した仇」なのに養女として育てられていると告白をされる。父の仇を討つことが目的の小次郎は、それが理解できない。これが後半の伏線となっていく。

画像3

 市川雷蔵は修業のシーンで、寄りの画面では吹き替えなしで、何度もバク転を続ける。スタントなしで、ということに映画俳優・市川雷蔵の心構えを感じる。やがて、一人前の忍者として左太夫に認められた小次郎は、武田勢の喇叭として、姉川の合戦、二俣城攻めで、仲間たちと共に暗躍する。しかし、二俣城の兵糧攻めで、井戸を枯らすために、左太夫の陣頭指揮で穴を掘り進めているうちに出水。目的は果たすが、信玄はそのまま掘り進めさせ、ついには火薬を仕掛けて爆破。ほとんどの忍者は無駄死にしてしまう。その信玄の裏切りに、左太夫と小次郎は怒り心頭、武田信玄の生命を狙うべく、深く静かに身を潜めて・・・

 こうして、信玄最後の日々に、暗躍した忍者たちの物語が繰り広げられる。武田勢を攻める徳川家康は、まだ三十一歳。武田勢の猛攻に、腰が引けてしまう感じを、内藤武敏が好演。やがて野田城の戦いのさなか、信玄は左太夫の鉄砲で撃たれて重傷。瀕死の状態のまま、蓬莱寺に運ばれる。ここで信玄の最期が描かれる。

 一方、小次郎は、父の仇である矢伏の猪十(五味龍太郎)の居所を、酌婦で猪十の情婦・千歳(冨士真奈美)から突き止めて、父がされたように右腕を切り落とす。二人目の仇、班夜叉丸(井上昭文)と壮絶な死闘を繰り広げるが、左太夫が夜叉丸の身体に刀を突き刺して止めを刺す。その殺し方に、小次郎の記憶が蘇って・・・ 

 クライマックスは、信玄の終焉の蓬莱寺。信玄は「越後国の長尾謙信と和睦し頼ること」「(嫡男・勝頼に対しては)長男・武王(信勝)継承までの後見として務めること」「自らの死を三年の間は秘匿し、遺骸を諏訪湖に沈めること」と遺言を残す。『影武者』や『信虎』(2021年・ミヤオビピクチャーズ・金子修介・宮下玄覇)でも描かれているこの遺言は、「甲陽軍鑑」の記述がもとになっている。

 信玄の死を見届けた小次郎と左太夫。追手が迫るなか、小次郎の最後の闘いが繰り広げられる。そして・・・ これまでの「忍びの者」シリーズは、完成されたスーパー忍者の活躍を描いていたが、今回は発展途上の若者が主人公。なのでシャープで非情の世界、というほどではなく、それが少し物足りないが、『大魔神逆襲』との二本立て公開は、少年観客たちにとっては特撮映画と忍者ものという「夢のような組み合わせ」だったことだろう。シリーズでは珍しく、ラスト市川雷蔵の爽やかな笑顔が印象的。


いいなと思ったら応援しよう!

佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。