『八月生まれの女』(1963年2月19日・大映東京・田中重雄)
昭和38(1963)年の冬の東京。青年(宇津井健)のシトロエンに、由美(若尾文子)のスポーツカーが激突。気性の激しい「八月生まれの女」の由美は、自称プレイボーイの村瀬に激しい剣幕で捲し立てる。最悪の出会いをする男と女。ハリウッドのスクリューボール・コメディのような快調な滑り出し。田中重雄監督『八月生まれの女』(1963年2月19日・大映東京)は、脂の乗り切った若尾文子さんの魅力がたっぷり味わえる。いろんな意味でアベレージの作品。
脚本は明朗喜劇やメロドラマを得意としたベテランの舟橋和郎さん。田中重雄監督は大映70ミリ大作『秦・始皇帝』(1962年)を手がけた後、軽いコメディタッチの作品を任された。ボーイ・ミーツ・ガールの物語に産業スパイ、三角関係、ユニークな老人の恋、などなどを盛り込んで、主人公の男女がベストマッチとなる。若尾文子さんのコメディとしても良い意味で軽めで楽しい。
ヒロインの滝川由美(若尾)は、若くして滝川光学社長として会社を切り盛りしている。今も新製品の8ミリキャメラ「ユミカ8」を開発中で、大々的に販売しようとしている。扇千景さんがテレビCM「私にも写せます」のキャッチフレーズで一世を風靡した「コニカシングル8」の時代。また梶山季之さん原作の産業スパイ映画『黒の試走車』(1962年・増村保造)に始まる「黒シリーズ」が連作されていた頃ならではの「産業スパイ」ネタを散りばめての恋愛コメディが繰り広げられる。
宇津井健さんが前衛演劇に夢中の青年、川崎敬三さんは四国の実業家の弟で、若尾さんのお見合い相手。浜田ゆう子さんが、若尾さんの同級生の私立探偵。さらに先代社長から秘書を続けている東野英治郎さんの老獪な番頭ぶりも楽しく「社長シリーズ」のようなサラリーマン喜劇の味わいもある。その東野さんが老楽の恋を楽しんでいる相手が、若尾さんの踊りの師匠・角梨枝子さん。ベテランの村田知栄子さんが、物分かりの良い、若尾さんの祖母を好演している。このキャストによる狂騒曲が展開されるが、いつもの若尾さんのコメディ同様、彼女の可愛さを随所に散りばめ、眺めているだけで楽しい娯楽映画となっている。
滝川由美のスポーツカーが接触事故を起こすように仕向けた、演劇青年・村瀬力の強引さに、由美は呆れながらも次第に惹かれてゆく。村瀬の素性調査を、由美に依頼されて調べ始めた私立探偵・杉本早苗(浜田ゆう子)も村瀬に惹かれて、親友同士の間にも少しヒビが入る。実は村瀬には狙いがあって、とある男からの指示で、由美の会社の新製品について調べていたことが(観客には)わかる。
若尾文子さんが、極端なまでに気性の激しい「八月生まれの女」をチャーミングに演じていて、シチュエーションごとに変わる衣装も楽しい。老獪な秘書・津田数右衞門(東野英治郎)が、四国高松出張と称して由美を、愛媛県松山まで連れていき、地元のデパート・チェーンを経営する志野村一郎(北原義郎)の弟・次郎(川崎敬三)と見合いをさせる。
この次郎も相当変わり者で、家業を継ぐのが嫌で水産大学を卒業、調理師の資格を持ってるので、見合いの席で自ら捌いたフグを振る舞う。多少の毒は刺激的だと、食欲を減退左折ようなことを平気で言う。これもスクリューボール・コメディにありがちな「何かに取り憑かれた青年」の典型である。後半は、家出をしてきた次郎が滝川家の居候となり、由美と一つ屋根の下で暮らすことになる。
田中重雄監督の演出は「洒脱」や「粋」というほどではなく、いささか端正、つまり少しもっさりしている。その分、若尾文子さん、宇津井健さんが、少しオーバー気味、過剰なキャラクター造形で、それはそれで楽しい。
主題歌は、原六朗さん作詞、中村八大さん作曲による「八月生まれの女」。ジャズ歌手としても活躍していた朝丘雪路さんのセクシーな歌声がタイトルバックで楽しめる。
角梨枝子さんがお色気ムンムンで、東野英治郎さんとの逢瀬のシーンでは、精力剤のアンプルを切って、みずからチューチューと飲み干す。それだけなのに、艶かしい。滝川家のお手伝いさん・渋沢詩子さんは大映からのちに日活へと移籍、映画ファンにはお馴染みの女優さん。ここではチューインガムを食べたべ、好奇心旺盛で何にでも首を突っ込む若いお手伝いさんを演じている。
クライマックス。村瀬力の正体を知って失望した由美が、次郎との結婚を決意する。次郎と村瀬力、由美がナイトクラブで「結婚について」話をするシークエンス。村瀬がストレートに由美への想いを吐露し、次郎が本音を話す。その顛末も含めて、舟橋和郎さんのシナリオは、娯楽映画としての面白さを抑えている。華やかで楽しいプログラムピクチャー!
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