太陽にほえろ! 1974・第95話 「愛のシルクロード」
この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。
第95話 「愛のシルクロード」(1974.5.10 脚本・長野洋 監督・木下亮)
永井久美(青木英美)
及川弥生(杉田景子)
伊藤啓一(山西道広)
青木敏夫
森本三郎
尾崎八重
佐藤勝貫
荒井一雄
川越の弟分(小坂育男)
予告編
N「ホシが割れた。青春を取られた男が復讐に走る。女がいる。影が動く。ジーパンが走る。遠くの愛が近くにきたとき、ジーパンの拳銃が盗まれた。」
ジーパン「伊藤の命が危ないんだ、あんた、愛してると言ったな、愛する男をむざむざ殺してもいいのか? どうなんだ!」
N「次回「愛のシルクロード」にご期待ください」
第82話「最後の標的」以来、13話ぶり、久々のシンコ・内田伸子(関根恵子)登場、ジーパン・柴田純(松田優作)主役回。シルクロードを旅する夢を抱いていた大学生に、松田優作さんと文学座研究所同期の山西道広さん。その恋人の女子大生に杉田景子さん。前年のTBS「ポーラテレビ小説「愛子」で原作者佐藤愛子さんを演じた清楚な美人。学生時代ニッポン放送「ミス・ラジオ」に選ばれ、FM東京でDJをしていた。その杉田さん演じる女子大生にジーパンが思いを寄せ、シンコの気持ちが揺れ動く。
松本清張原作の名作『張り込み』(1958年・野村芳太郎)での張り込みや、黒澤明監督『野良犬』(1950年)での拳銃を奪われた刑事の苦悩が、リフレインされるが、むしろ微妙な恋愛心理を描くドラマとして深い印象を残してくれる。チンピラ殺害事件から浮かび上がってくるひたむきな若者の愛。そしてシンコとジーパンの愛。長野洋さんの脚本で描かれているシチュエーションを、さらに作品の体温の高いものにしてくれる木下亮監督の演出。丁寧なショットを重ねて、ジーパンと女子大生、シンコのジーパンへの思いを、セリフではなく映像で伝えてくれる。酒井和歌子さんや内藤洋子さんがヒロインをつとめた「東宝青春映画」のみずみずしいタッチを思わせる。
小田急線の高架下の工事現場。殺人事件現場、凶器のナイフが落ちている。現場検証をしているジーパン、山さんに「どうやら、チンピラ同志のいざこざってとこですね」。長さん、殿下も現場にいる。ゴリさんが何かを拾い上げてボスに渡す。「ボス、定期です」「加害者のものですかね?」と殿下。ボスは定期入れの学生証を読み上げる。
「伊藤啓一、21歳、学生か・・・」。学生証の写真は山西道広さん。文学部史学科。本籍は青森県南青森郡大崎町。住所は新宿区矢追町・・・
山西道広さんは「太陽にほえろ!」では、第65話「マカロニを殺したやつ」(1973年)から第657話「ドックの敵は白バイ?」(1985年)まで12年間に亘り、計14話出演している。
第65話「マカロニを殺したやつ」(1973年) - 木村夏子の恋人(大学生)
第72話「海を撃て!! ジーパン」(1973年) - 加納修
第95話「愛のシルクロード」(1974年) - 伊藤啓一
第199話「女相続人」(1976年) - 「トムソン」マスター
第228話「目撃者」(1976年) - 「サボテン」マスター
第269話「みつばちの家」(1977年) - 木下昇
第297話「ゴリ、爆走!」(1978年) - 星野昭二
第340話「勝利者」(1979年) - 沢信也
第419話「禁じられた怒り」(1980年) - 宇佐見
第480話「年月」(1981年) - 上杉良一
第580話「名人」(1983年) - 水島信雄
第597話「戦士よさらば・ボギー最後の日」
第598話「戦士よ眠れ・新たなる闘い」(1984年) - 今泉和之
第657話「ドックの敵は白バイ?」(1985年) - 黒崎輝夫
山さん、矢追町の伊藤のアパートに急ぐ。そこに山さんのナレーション「被害者は中村昌夫、通称マー坊、主として矢追町界隈を根城に、強請りタカリを常習としている愚連隊の一味です。なお、学生証の持ち主・伊藤啓一とも面識があったという可能性は十分に考えられます」。ゴリさんはトルコ風呂のある路地でチンピラに聞き込み、そのスジの人間に案内を受けている。
鑑識で凶器のナイフから指紋を採取。シンコが見守っている。シンコのナレーション「伊藤啓一は2年前、普通自動車の運転免許を取得しています。照合の結果、凶器に付着していた指紋と完全に一致します」。
上野駅、コートを着て出張の支度をしている長さんと殿下が歩いている。電話をかけ、改札へと向かうショットに重なる長さんのナレーション。「伊藤啓一、昭南大学文学部史学科三年、本籍青森県南青森郡大崎町字金田294番地、帰省先、同大崎町、山森平三方、これは実母の再婚先です。なお東京における住所は、新宿区矢追町三丁目八番地平(たいら)荘」。
まるで往年の「警視庁物語」(1955〜1964・東映)のような緊迫感のある編集。刑事たちのナレーションで状況が説明され、ドキュメンタリータッチの映像で捜査の様子が描かれる。木下亮監督の斬新な演出である。
伊藤啓一のアパート「平荘」。破れたポスター、部屋に積んである書籍。いずれもシルクロードがテーマである。ゴリさんとジーパンが家宅捜索をしている。しかし収穫はナシ。「じゃ、やっぱり飛んだのかな?」とジーパン。「あんまり金がありそうにも見えねえな」とゴリさん。「ってことはまだ都内に潜伏ですか?」「俺はそう睨んでいるが、それにしても、なんであんなチンピラと喧嘩したのかね?」。そこへ、山さんとシンコがやってくる。山さん「伊藤とマー坊の間に直接的なつながりはなさそうだね」。伊藤は真面目な学生で、チンピラとの付き合いはなかった。伊藤は一時、矢追町のスナックでアルバイトをしていたから面識があったかもしれない。
山さんが話している間にシンコは、部屋を見渡し、壁に貼ってある敗れたポスターを見ている。「これどこなんだ?」とジーパン。「中央アジアらしいわね」とシンコ。「多分、シルクロードの一部だと思うわ」「え?シルクロード」「あら?学校で習わなかった?」「あ?習ったよ、シルクロードか、知ってんだ、これ」と誤魔化すジーパン。シンコ笑って、置いてある本を見つける。「あら、本もずいぶん買い込んで、よっぽど好きだったのね」とページを捲る。すると本から一枚の写真が落ちてくる。女学生のポートレイトである。
湘南大学。写真の女子学生・及川弥生(杉田景子)が校門から出てくる。ジーパンとシンコが待っている。「及川弥生さんですね?」とジーパン。「警察のもんですがちょっと」
喫茶店。シューベルトの「ます」が流れている。「別れた?」「確かに彼とは一年前まで、恋人って呼ばれる仲でしたわ。でも去年の5月、きっぱりと別れたんです」「しかし、彼の方ではまだ貴女の写真を」「彼がどう思っていようと、私には関係ありません」。きつい調子で話す弥生。「お話はそれだけでしょうか?」と弥生は、自分のコーヒー代を置いて「失礼します」と立ち上がる。その時、シンコが「あなた、彼が何をしたか気にならないの?」「何をしたんです?」「殺人」「(一瞬、ギョッとなるが)私には関係のないことだわ」と店を出て行く。ジーパン「なんだあの女?いくら別れたってさ、昔の恋人が殺人容疑で追われているっていうのに、大体、何にも感じないものかね?」とシンコに訊く。「あの人、もしかしたら知ってたんじゃないかしら?」「何を?」「伊藤啓一、つまり昔の恋人が殺人を犯したってこと」。
捜査第一係。ボスが珍しく爪の手入れをしながら、ジーパンとシンコの報告を聞いている。こういうショットも珍しい。「なるほどな、それはシンコの考えの方が正しいかもしれんぞ。考えてもみろ、普通の人間なら、ただ顔見知り程度のものが殺人を犯したと聞いても、かなりショックを受けるはずだ」
ゴリさんが昼飯の丼をかっこんでいる。久美がゴリさんにお茶を入れている。二人ともボスの話に注目している。
「まして別れたと言っても、若い娘が、かつての恋人が殺人容疑者と聞いて、動揺しないわけがない、そうは思わんか」。話しながらボスは爪にヤスリをかけている。「そりゃ、そう言われりゃ」と釈然としないジーパン。シンコがその横顔を見る。
食事が終わったゴリさん。立ち上がり、ゲップをしてお茶をすすり「ということはアレですね、ボス、その女はどっかで伊藤と連絡を取り合っている、ということですか?」「その通りだ、ゴリ、のんびりお茶なんか飲んでいる場合じゃないぞ」。ボスも爪を研いでいるクセに(笑)「わかりました」と手にした湯呑みをシンコに「ちょっと持ってて」と渡して「行こうジーパン」「どこへですか?」「決まっているじゃないか、張り込みだよ、行くよ!」と出ていく。ボスは小指にヤスリをかけている。久美が叫ぶ「ゴリさん!カツ丼のお金!」。そのドタバタに微笑むシンコ、ボスに「張り込みといえば、青森の長さんたちからの連作は?」「ああ、まだだ。シンコ、お前、もう少し、伊藤の交友関係を洗ってくれ。害者のマー坊の線から山さんが攻めている、いいな」。ボスまだ爪にヤスリをかけているが、シンコの顔を見て言う。「はい、わかりました」。
台本では、いつもの一係のシーンだが、木下亮監督は、リアリズムに拘って、各人に細かい動きをさせながらシーンを構築している。このボスの爪研ぎで、今までにないシーンとなった。次のカットもそうだ。山さんが盛り場を歩いている。それをロングで捉えて、キャメラが引くと、手前に三人のチンピラが立っていて、山さんの姿を見つけて、慌てて外階段を昇って上へ。これだけのショットで、山さんがどれだけ怖がられているか、煙たがられているかがわかる。その直後、山さんが通りかかり、チラッと階段の方をみるがそのまま歩き続ける。しかし山さんは彼らが裏口方出てくることを察知していて、そっと物陰に立つ。次のカットで七人に増えたチンピラが走ってくる。その中の兄貴分の胸ぐらを掴む山さん。見事なシーン!
女ものの下着と赤いセーターが干してあるアパートの2階。向かいの建物の一室からジーパンが双眼鏡で様子を見ている。脚立などが雑然としていて工事中の部屋であることがわかる。トランシーバーで連絡が入る。「今、帰り着くぞ」ゴリさんの声。「了解」。子供たちの遊ぶ声がする。
やがて弥生が帰宅してくる。小さい子供たちが遊んでいる。先程の声の主だ。洗濯物が干してある部屋にキャメラはゆっくりとズーム。ヘリコプターの音が遠くに聞こえる。弥生がカーテンを開けて、洗濯物を取り込む。一人暮らしの女子大生の生活。ジーパンが双眼鏡で覗く。ピーピングトムであるが張り込みなので。弥生の部屋からのショット、ジーパンのいる建物は建設中のビルであることがわかる。
ジーパンの肩をゴリさんが叩く。「ご苦労さん、どうでした?」「相変わらず、こともなし」だなとゴリさん。「真面目に講義に出て、帰りに女友達三人とちょいとお茶飲んで、本屋を冷やかして、角のスーパーで晩飯の材料を買って、真っ直ぐにご帰還だよ」と話しながら、ピーナッツか何かを口に入れてポリポリ。木下監督、かなり細かい芝居をつけている。「それだけ?」「それだけだよ。俺、女子大生ってのは、もうちょっと派手に遊ぶもんだと思っていたけどなぁ」「いやいや、それはね、週刊誌の読みすぎですよ、ゴリさん」。ゴリさんお菓子を食べ終わって、袋をぽいっと捨て、続いて灰皿からシケモクを漁っている。「おいジーパン、晩飯、何しようか?」「晩飯ねぇ、たまにはうなぎなんかどうですか?」「うなぎか?」「そうしましょうよ」「よし、悪くねえな」とタバコに火をつける。この張り込みシーンもかなり細かい演出。
夜、弥生の部屋に電灯が灯っている。キャメラがパンするとジーパンとゴリさん、ラーメンをすすっている。「これが、うなぎって言うんですね」とジーパン。「文句があったらな、経理課に言えよ」「いや、まるでラーメンみたいですね。あ、美味しい」。キャメラはロングショットで暗がりに、裸電球ひとつ、ラーメンを啜る二人の刑事を捉える。侘しさ漂ういいショット。
工事現場のネコ(運搬手ぐるま)の下にラーメン丼二つ。キャメラがパンアップすると朝の日差し。ジーパン寝ている。ゴリさん眠い目で、弥生の部屋を見ている。外の様子に動きがあった。「おい、起きろよ、出かけるぞ」とジーパンを起こす。
弥生、爽やかな表情で、朝の住宅街を歩いている。一本手前の道を隔てた空き地越しにジーパンがいて尾行を続ける。小田急の跨線橋。小田急電車。車内では寝ているサラリーマン、その隣で本を読んでいる弥生。真面目な女子大生。ジーパンが少し離れたところに立っている。停車駅から乗ってきた老婦人に「どうぞ」と席を譲る弥生。
高井戸西一丁目12、昭南大学。通学する弥生。ブレザーにチェックのミニスカート。清楚なお嬢さんというイメージである。ジーパンが校門に立っていると、「しばらく」とシンコが肩を叩く。「もう張り込み初めて五日目でしょう?」「そういやそうだな」「少し痩せたみたい」「そうか」「ちゃんとお食事している?」「うん、昨夜なんかさ、鰻重二人前食っちゃった」笑うシンコ。恋人同士のような会話。「じゃ、頑張ってよ」とシンコ、学校の中へ。「どこへ行くんだ?」「1時間目、経済学なの、バイバイ!」「経済学ね」といってジーパン、カメラ目線で「経済学?」。カットがわりにカメラ目線で観客につぶやくのは「社長シリーズ」の森繁久彌さんの常套手段。松田優作さんがやるのがおかしい。それもそのはず、木下亮監督は「社長シリーズ」の助監督も務めていた。
東京防犯協会連合会・警視庁のカレンダー。5月3日から8日まで✖️マーク。ボスが5月9日もマークする。「一週間か」。久美がボスのデスクに雑巾をかけながら「ボス、その女の人、今でも犯人と何か繋がりがあるんですか?」と紙屑をゴミ箱に入れたり。「さあね、あるかないか、まだわからんよ」「じゃあ、ゴリさんたちの張り込み、全然無駄になるかもしれないんですね」「或いはな、青森へ飛んでいる長さんや殿下も同じことだ、捜査ってのはな、百のうち九十九までが無駄なことをやってるんだよ。だが、その無駄が最後の一つを生かす」ボスの手にはマジックインキ。「それが捜査ってもんだ」。
工事中のビルから下の空き地で子供たちがサッカーをしている様子が見える。キャメラが弥生の部屋にパンをする。掛布団が干してある。エプロン姿の弥生が、敷布団も欄干にかけ、手で叩いている。
その様子を双眼鏡で見ているジーパン。「日曜日だってのに、若い娘が外出もしないのかね?」とゴリさん。「いやあ、家庭的なんですよ、彼女は」とジーパン、すっかり弥生が気に入っている。すると部屋に誰かが来て、窓を閉める弥生。「出かけるみたいですね」とジーパン。ゴリさんが変わって双眼鏡で様子を見る。
白いパンタロンの弥生がアパートから出てくる。その後をゆっくりと尾行するジーパン。キャメラはロングで二人を捉え、それぞれをズームで撮影。なので手間の垣根や樹木越しに人物。これもリアリティを感じさせる演出。BGMはピアノのスローバラードのテーマ。
駅の前に、老夫婦が立っていて、弥生は二人に挨拶をして荷物を持って、歩き出す。駅の切符販売機には30円とある。昔は金額(区間)ごとに販売機があった。
「おじさん夫婦?」とゴリさん。「ええ、今、それとなく調べて来たんですがね、間違いありませんよ」「ほう」。ジーパン、すっかり弥生に参っている様子。「今夜、泊まるのかなぁ」「なんだい、やけに嬉しそうだな」「いや、別にそんな」と誤魔化し口笛を吹くジーパン。
新宿駅のホーム。おじさん夫婦にお土産を渡す弥生。「大月、塩山、山梨、甲府、甲府から身延線に入る曽下部方面、身延ゆき」のアナウンス。ホームの陰で、弥生たちを見ているジーパン。
ゴリさん、疲れて眠っている。犬の遠吠え。ジーパン、窓の外を見ている。パジャマ姿の弥生が窓を開け、外を見て、笑顔で深呼吸。夜の空気を吸い込んで、窓をしめ、部屋の電気が消える。完全にジーパン、清純な弥生に惚れてしまったようだ。「おやすみ」と囁き、満足そうにタバコに火を付ける。
捜査第一係。殿下の報告を受けて「すると伊藤が故郷に立ち回る可能性ってのがほとんどない、ってわけか」とボス。「ええ、なにしろ、相当な過疎地帯で誰か入ってくればすぐわかりますし、それに伊藤は母親が再婚したことに、相当拘って、これまでもほとんど帰ったことがないそうです」「うん、やあごくろさん」。
ゴリさんが見張っていると、ガタンと物音。「誰だ?」「僕です」と殿下。「いつ帰ってきたんだい?」「今朝です。長さん、まだ残ってますけど」。ゴリさん殿下と変わって、差し入れをぱくつく。「出かけているみたいですね」「うん、今、ジーパンがつけてるよ」「留守中でも張ってるんですか?」「いつホシが舞い込んで来んとも限らんからな。全く張り込みってやつはしんどいよ」「雨だ」と空を見上げて殿下。
雨のなか、ずぶ濡れになって走っている弥生。ゆっくりとジーパンが尾行している。左折するクルマに水をはねられて、ズボンが濡れてしまうジーパン。「馬鹿野郎!」。するとその車が目の前で停車、中から四人にヤクザ風の男が出てきて、弥生を拉致しようとする。ジーパン、走ってその現場へ。「何やってんだ、てめえら!」ジーパン、久々の怒りの鉄拳が炸裂。チェーンで首を絞められて三人の男たちに囲まれても、最強パワーでやっつけてしまう。車内からのアングルで雨の中の大乱闘が展開される。ブルース・リー・キック、パンチ、パンチ、で三人の男をノシてしまう。兄貴分らしい男(前に山さんが胸ぐらを掴んだ)をボンネットに叩きつけるジーパン。男たち、恐れをなしてクルマに乗り込み逃走。ジーパンが振り向くと、感謝の気持ちでいっぱいの表情の弥生が立っている。ずぶ濡れの二人。恋愛ものなら、ここで恋に落ちるところ(笑)
でもこれで尾行していたことがバレてしまった。気まずいジーパン。弥生は、ジーパンの右拳から血が出ていることに気づいて、ハンカチで応急手当てをする。弥生を見て、目線をそらすジーパン。ジーパンを見上げる弥生。終始無言の二人。音楽もなく、ただ雨音だけ。ロングショットで、雨の中立っている二人を捉える。弥生がハンカチをキュッと縛る。完全に恋愛映画の手法で演出している。フォトジェニックでいいシーン。弥生、頭を下げてゆっくりと歩き出す。そこからピアノのスローバラードのテーマが流れる。これぞ60年代末、東宝青春映画のきらめき、のテイスト!
捜査第一係。ボスの前に立っているジーパンの右拳のショット。ハンカチに血が滲んでいる。無言のボス。瀬角の張り込みが水疱に帰してしまったことが残念。「うーん、そいつはまずかったな」と山さん。「どうも、申し訳ありませんでした」「いやいや、まさか拉致されるのを黙って見ているわけにはいかないから、それは当然のことなんだがね、しかし・・・ボス、こいつは何か他の手を考えないと」。その様子をじっと見ているシンコ。刑事というより、女の目である。
「いや、あのう」とジーパン。「なんだ?」とボス。「彼女は関係ないんじゃないかと思うんですが」。
シンコ、顔を上げる。ハッとした表情。
「どういう意味だ」「いや、彼女は、ホシの伊藤とはもう別れているんですよ、で、やつとはなんの関係もない暮らしをしているし、二人が連絡を取り合うということは、ありえないんじゃないんでしょうか?」「根拠があるのか?」「は?」「はっきり断定できる理由でもあるのか!」強い口調のボス。「いや、それは、俺の強い勘みたいな」「勘だけで物事を決めつけんじゃないよ!」
シンコ、虚な表情・・・(ここは女の勘ですね)
ボス、立ち上がって「な、ジーパン、お前、彼女に会って来い。こうなったら逆手を使って、堂々とデートするんだ、デートを」「え?」戸惑うジーパン。「なるほどそいつは手だ。ホシが近づけばすぐわかるし、近づくのを諦めたとしても、少なくとも立ち回り先が確実に減る」と山さん。「いや、俺はちょっと出来ないよ、それは」「嫌とは言わさんぞ、これは命令だ」とボス。「はあ」「ジーパン、振られんなよ」と山さん。
この一連の会話を、シンコと久美の背中からのショットで捉えている。長野洋さんのホンではコミカルになるシーンを、木下監督は、ジーパンを愛しているシンコの目線で描くことで、恋愛ドラマとしての純度を高めている。
照れてモゴモゴしているジーパン。シンコがツカツカと歩いてきて、弥生が巻いた右拳のハンカチを解く。「なんだよ」「洗って返さなきゃ悪いでしょ」とプンプンした表情で洗いに行く。戸惑うジーパン。笑う山さんとボス。この回で、シンコのジーパンへの恋心が明確になり、小学生の僕は胸がキュンキュンした(笑)
弥生のアパート。ジーパンが訪ねる。「あのう」「え?」手にはピンクのハンカチ。「これ」「わざわざどうも」と笑顔で受け取る弥生。「どうも」と何度か頭を下げて、立ち去ろうとするジーパンに、弥生「ちょっとお上がりになりません?」。
弥生の部屋。簡素だけど知性的な感じ。女の子の一人暮らしらしくきちんと片付いている。お茶を淹れる弥生。「いい部屋ですね」「そうですか?」と微笑み、居住まいを正て「昨日は、どうもありがとうございました」とお礼を言う。「いや、とんでもない、それより、風邪引かなかったですか?」「あたしは大丈夫ですわ。あなたは?」「いや、俺はもう全然大丈夫っすよ、馬みたいに異常ですからね」と言ったそばからクシャミをするジーパン。笑う弥生。せっかくシンコが洗ってくれたハンカチで鼻をかんでしまう。「あのそれ?」と弥生。ドギマギするジーパン、ハンカチを胸にしまう。声をあげて笑う弥生。
向かいの建設中のビル。ゴリさん、弥生の部屋を張り込んでいると、爽やかそうな顔をして窓を開けるジーパンの姿が。「あの野郎」とゴリさん。
ジーパン「いい天気ですね」「そうね。そうだ、久しぶりにお買い物でも行こうかしら?」「出かけるんですか?」「ね、付き合ってくださる?」「あ、いいですよ、喜んで」「じゃちょっと、あたし着替えるわ」「ええ、表で待ってますから」と立ち上がったジーパン、鴨居に思いっきり頭をぶつける。
その様子を見ていたゴリさん、笑って「馬鹿野郎!」とつぶやく。
新宿の雑踏。都営新宿線の工事をしている。スクランブル交差点の向こうからロングショットで、楽しそうな弥生とジーパンの歩く姿。トランペットのテーマが流れる。二人はどう見ても恋人同士。新宿サブナード地下街の洋服屋、ウインドウ越しに、ディスプレイされている洋服を眺めている弥生。彼氏のような感じで横にいるジーパン。時々顔を見合わせる。
東急百貨店東横店の屋上。ジーパンが買い物袋を下げてあくびをしている。アイスクリーム・コーンを二つ持って階段を駆け上がってくる弥生。「はい」「ありがとう」。アイスを食べる二人。「あそこ座んない?」とベンチに誘う弥生。せっかく二人で仲良くしていると、おばさんが「こんにちわ」とベンチに座り、ぎゅうぎゅうに。ジーパンおかげで半分お尻が出てしまう。寅さん映画のような笑い。
地下への階段を降りる二人。弥生はジーパンの腕に手をかけている。「新宿東宝ボウル」跡に出来たレーザークレー「ゴルゴ」。シューティングゲームのショットガンを構える弥生、ジーパン、的確に指導。弥生のガン捌きはなかなかのもの。ショットガンを構える目つきは鋭い。少し驚くジーパン。弥生、ジーパンに甘えるように話しかけ、偶然、胸ポケットに手を添えると拳銃のホルスターに気づく。現実を思い知らされて、はっとなる弥生。この一連の芝居は、セリフなしで展開される。
雑踏を歩く二人。先ほどとは打って変わって、距離感がある。行き交う人の足音だけが聞こえる。弥生からは笑顔が消えている。トランペットのスローバラードのテーマが流れ出す。
「彼のことをお話ししましょうか」
弥生の回想シーン。二人で例のシルクロードのポスターを貼っている。シルクロードの写真、楽しそうに話す啓一。デートをすっぽかされてがっかりする弥生。ひとりぼっちの喫茶店・・・「彼とは大学に入ってまもなく知り合って、彼、その頃からシルクロードを車で走ることを計画中でした。私、そんな彼の一途さがとっても好きでした。でも、彼はその費用を作るために、アルバイトを重ねて、何度もデートをすっぽかすようになったんです。結局、彼にとっては私よりシルクロードを走る夢の方が大切だったんです。それがはっきりわかった時、私は・・・」
「もういい、もういいよ、そこまで聞けば十分だ」とジーパン。「でもあたし・・・」「聞きたくない・・・」「ごめんなさい」。ジーパン、完全に恋をして、啓一に嫉妬までし始めている。
捜査第一係。ボス「シルクロードか」。シンコが報告を続ける。「休学届けを出して、出発しようとした直前になって、急に取りやめているんです」「理由は?」「誰も知りません。でも、その頃から急に人が変わったように陰気になったそうです」「出発を取りやめたっていうのは、いつ頃だ?」と山さん。「先月の末です」「時期が一致するな・・・」「え?」「(ボスに)殺されたマー坊ですがね、先月の末、一時、矢追町近辺から姿を消しているんです。なんでも方々、豪遊してきたって言いふらしていたとか」。ボス「匂うな・・・」
ジーパンと弥生、歩道を歩いている。花園神社を参拝して御神籤を引く弥生。笑顔で「私ってズルいでしょう」と御神籤を開くと「凶」。顔が暗くなる弥生。ジーパンに見せて「やあね」と木の枝に結ぶ。そこで弥生、他の御神籤を、ジーパンを気にしながら、それをバッグにしまう。物陰からその様子を見ている啓一。まだ若い、山西道広さんのヒゲに違和感あり(笑)
トイレで、先程の御神籤を開く弥生。やはり啓一からのメッセージだった。「頼む、君だけが頼りなんだ。頼む」。少し考えて弥生、トイレから出てきて待っているジーパンに声をかけるが、笑顔が硬い。地下街を歩く二人。啓一の声がリフレイン「頼む、今の俺にはそれしかないんだ、頼む」「ダメよ、私にはそんなこと絶対にできない、だめよ、絶対にダメ」と弥生の声。新宿サブナードの雑踏。
小田急線「本厚木行」。満員電車、抱き合うような姿勢で立ってるジーパンと弥生。すぐ後ろに、新聞を読んでいるヒゲの男。啓一である。チラッと弥生の目を見る。弥生、迷っているが、啓一首を振って促す。ジーパンの胸のホルスターの拳銃を奪え、という指示なのだ。電車が揺れた拍子に、弥生が拳銃を奪って啓一に渡す。下北沢駅のホーム、ジーパン、降りるが弥生の姿を見失う。ホルスターの銃がない!あ、あの時だ!と揺れた瞬間のことを思い出すジーパン。
下北沢駅の階段を降りてくるジーパン。弥生の姿を探す。トランペットのテーマが流れる。大丸ピーコックの前、今と変わらぬ雑踏。人をかき分け走るジーパン。音楽は続く。
捜査第一係。殿下「ジーパンが拳銃を?」「ああ、おそらく伊藤に唆されて、女がスリとったんだろう」とボス。「女の行方は?」と山さん。ボス、首を横に振る。
夜道、意気消沈したジーパン、タバコを吸いながら歩いている。弥生の部屋の電気がついている。慌てて部屋に向かい、ドアを開けると、ゴリさんがいる。「女は帰ってないよ、おそらく二度と帰って来んだろうな、さっきな、女から管理人のところに、お前宛に電話があったそうだ」「なんて言ってました?」「ごめんなさい・・・ごめんなさい、その一言だ」。外に飛び出すジーパン。
小田急線の線路脇の公園。ジーパンが呆然と立っている。後ろから一人の女性が近づく。「柴田くん!」シンコである。振り向くジーパン。シンコはジーパンの無念さをよくわかっている。
捜査第一係。殿下がボスに報告。「預金?」「ええ、伊藤は先月の末、それまで貯めている銀行預金を全額下ろしているんです。これは、伊藤本人であることに間違いはありません」「ちょっと待て」と山さん。「すると・・」。ボス「どうした?」「実はあの、マー坊の兄貴分で川越って男がいるんですが、こいつがマー坊が殺された直後から姿を消しているんです。しかもこいつは、しょっちゅう拳銃を持ち歩いているという噂がある男で」「山さん」「これは一つの仮定に過ぎませんが、伊藤は銀行から全財産をおろした直後に、川越とマー坊に奪われた。伊藤がシルクロードに行くってことは、かなり知れ渡っていましたから、奴らの耳に入ったとしても不思議じゃありませんね」。
シンコ「何よ、これぐらいのことで。あなたらしくもない」「馬鹿野郎、刑事としてこれ以上の失敗があると思うか?」「だったら、なぜその失敗を取り戻そうとしないの?あなた、それでも男?」。シンコの顔を見るジーパン。さすが宗吉(ハナ肇)の娘、言う時は言うね!
レーザークレー「ゴルゴ」のあるレジャービル。シンコとジーパンが出てくる。「落ち着いて、歩き回ったコースを思い出すのよ」とシンコ。「ここからどこへ行ったの?」「歩行者天国、それから・・・」「それから?」「それから」「どうしたのよ?」「まさか!」。
サングラスをかけて顔を隠して歩く弥生。白いツーピースを着ている。あたりを気にしながら、先日の花園神社の境内へ。御神籤が結んである木。啓一へのメッセージがなくなっているのでホッとする。その肩に誰かが手をかける。ジーパンである。サングラスを外す弥生。「やっぱりここだったんだな、ここが奴との連絡場所だったのか? 今度はなんの連絡だ? 奴からなんて言ってきたんだ?」「何にも、私の連絡を彼が取りに来たかどうか、確かめにきたんです」。ジーパン、弥生に近づき、顔を見つめて「どんな連絡をしたんだ?」。
雀荘。山さんがチンピラを取り押さえる。ゴリさんが川越の弟分(小坂育男)の胸ぐらを掴む。「俺は知らねえ!知らねってんだよ」「貴様、川越にヤサを貸したのはわかってんだ」とぶん投げる。「川越はどこだ!」「兄貴は電話がかかってきて・・・」。
花園神社の境内。ジーパン「なぜだ?どうして言えないんだよ」「あの人は、愚連隊のために、一生の夢を台無しにされたのよ、その上、やっと見つけたひとりに、逆に襲われて、それで弾みで殺してしまったんだわ」「そんな話、俺が信じるとでも思っているのか!」「私は信じるわ」「しかしあんた、あの男と別れたはずじゃなかったのか?」「あの人の生き方についていけなくて、それで私、別れたわ、でも、今でも愛してます。あの人には、わたしの助けが必要だったのよ」ピアノとギターのスローバラードのテーマ。ジーパン、横を向いて「わからんな」とため息。「俺にはわかんないよ、頼む、教えてくんないか、伊藤はどこにいるんだよ」「・・・」「おい、奴はまさか、川越を?」「そうよ、私がその男の隠れ家を見つけ出したの、いやらしいチンピラと一日付き合ってね」。走り出す弥生。「待てよ」追いかけるジーパン。
「伊藤の命が危ないんだ。俺の拳銃はな、22口径、鉛筆の芯ぐらいの弾しか撃てないんだよ、その拳銃でまともに撃ち合ったって、伊藤に勝ち目はないんだよ。あんた、愛していると言ったな、その愛している男をむざむざ殺してもいいのか!どうなんだ!」。泣きそうな弥生。
ゴリさんと山さんの覆面パトカー。ボスが運転する覆面パトカーの助手席で心配そうなシンコ。ジーパンの覆面パトカーの助手席には弥生が乗っている。走る、走る、走る。
高速道路の高架下で向き合う、川越と啓一。西部劇のような構図である。「川越、てめえ」「どうやら俺の顔だけは覚えていたらしいな。するってえと、あの電話は?」「オレさ、まんまと引っかかりやがって」と啓一。「確かにお前の銭を巻き上げるのを見ていた、と言われて、泡食ったことは確かだが、まさか当の御本尊が現れるとは思わなかったぜ。それにしてもいい度胸だぜ、てめえは今、殺しのホシなんだぞ」「正当防衛だよ」「サツが信じるかね?」「信じないだろうな」「どういう気で俺を呼び出したんだ?」「金を返してもらおうと思ってな」「金?ふっ、なんだそんなことか、いいとも、今、返してやるよ」と胸に手を入れる川越。
拳銃を向け合う二人。「てめえ」と川越。「そんなことだろうと思ったよ、金はどうしたんだい?」。発泡する二人。その音を聞いて「!」ジーパンと弥生。撃たれてその場にしゃがむ啓一。起き上がる川越。「くそう!」と啓一が発泡するが、川越に肩を射抜かれてしまう。「伊藤!マー坊のところへ行きな」銃口を向ける川越。クルマのブレーキ音がする。ドアの開く音。振り向く川越。
「川越、銃を捨てろ!」ジーパンが叫ぶ。走るジーパン。柱の影に隠れる。発泡する川越に少しずつ近づく。ジーパン、啓一が落とした自分の拳銃を咄嗟に拾って、川越に二発撃つ!よろける川越に、ジャンプしてキック!手の拳銃を蹴り飛ばす!間髪を容れずにキック、そしてチョップ。絶叫して倒れる川越。
ボスのクルマ、ゴリさんのクルマが到着する。心配そうなシンコ。
その場に立ち尽くし、瀕死の啓一を見ている弥生。キャメラがゆっくり引くと、俯瞰気味のショットで、ジーパン、弥生、倒れている啓一のワンショットとなる。拳銃をホルスターにしまうジーパン。
救急隊員が啓一を救急車に乗せる。ゴリさんが川越をパトカーに連行する。山さんが弥生に手錠をかけ、車へ。立ち止まり、ジーパンに振り向く弥生。それを見つめるジーパン。山さんが弥生を促し歩いていく。テーマ音楽がスネークイン。ジーパン、ゆっくり歩き始めると、シンコとボスが立っている。シンコ、ジーパンに近づいて「助かるわよ、彼・・・」「あの二人、どうなるかな?」「大丈夫よ、きっと立ち直る日が来るわ」。ジーパン、怪我をした右の拳が痛むのか、唇を近づける。シンコ、バッグからハンカチを取り出して、ジーパンの手に巻く。「ハンカチ、ちゃんと洗って返してね」「ちゃんとアイロンかけて返すよ」。若い恋人たちを見守るボス。頬を手に当てて微笑んで、ストップモーション。
ところで、青森に捜査に行った長さんはどうしたのだろうか?(上野駅の改札口のカット以来、何処へ?)
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