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『ゴールド・ディガーズ36年』(1935年・ワーナー・バズビー・バークレイ)

シネ・ミュージカル史研究。Gold Diggers of 1935『ゴールド・ディガーズ36年』(1935年・ワーナー・バズビー・バークレイ)をアマプラでスクリーン投影。バークレイの「万華鏡的」ミュージカル・ナンバーをたっぷり味わう。

 アメリカ公開は1935(昭和10)年3月16日。日本では同年11月に封切られた。エノケン映画『エノケンの近藤勇』(P.C.L.・山本嘉次郎)の封切りが10月11日だからその1ヶ月後となる。古川緑波が東宝に移籍して舞台「唄ふ弥次喜多 小唄道中」をヒットさせていた時代。日本でもハリウッド映画や、ブロードウェイ・ミュージカルのヒット曲をカバーして、いち早くレビューや映画に取り入れていた。

『四十二番街』『ゴールド・ディガーズ』『フットライト・パレード』(1933年)で、ミュージカル・シークエンスを演出していたダンス監督・バズビー・バークレイが、ディック・パウエル&ルビー・キラーコンビの『泥酔夢』(1934年・レイ・エンライト)に続いて本編の演出も手がけている。

メインポスター

1919年のブロードウェイ・レビュー「ゴールド・ディガーズ」の映画化シリーズの第4作となるが、これまで同様、前作との関連性はない。あくまでも「1935年型最新レビュー」という意味で「ゴールド・ディガーズ」のタイトルを冠している。

なので、今回の舞台はニューヨークではなく、サマーシーズンだけ開業するリゾートホテル。そこで恒例の「ミルク基金」のためのチャリティー・ミュージカルを上演することになる。ところが出資者の富豪未亡人アリス・ブラィがかなりの吝嗇で、その出資をめぐって、浪費家の演出家アドルフ・マンジューたちと、すったもんだの狂騒曲が展開される。

音楽のメインは、お馴染み作曲・ハリー・ウォレンと作詞・アル・デュービンのコンビ。クライマックス、ウィニー・ショーのヴォーカルで始まるプロダクション・ナンバー”Lullaby of Broadway ”「ブロードウェイの子守唄」は、バークレイ・ミュージカルの最大のヒットとなり、今なお歌い継がれるスタンダードとなった。

ワーナー・ミュージカルのリーディング・スターで歌手のディック・パウエルがホテルのアルバイトの医学生、ヒロインは富豪夫人の娘・グロリア・スチュアート、その婚約者で「嗅ぎタバコ研究者」をコミカルに演じるヒュー・ハーバート。富豪夫人のドラ息子・フランク・マクヒュー、金儲が生きがいの装置デザイン家・ジョセフ・コーソン… などが入り乱れて「金と色と欲と純愛」のドラマが錯綜していく。

とはいえ「ヘイズ・コード」施行後なので、これまでのような性的なアンモラルさはなりをひそめ、それぞれのパートナーチェンジの狂騒と、ショーの出資金からいかに私服を肥やすかのコメディが展開される。

フランス版ポスター

 ワクサパパチー湖畔の高級リゾートホテル「ウェントワース・プラザ」が今年もシーズンとなり開業。富裕層ばかり集まる高級ホテルだが、ボーイやメイドの給料は安く、無給のものもいる。マネージャーは「その分チップで稼げる」とスタッフを鼓舞するが、実のところ上司たちがピンハネして、ほとんど手元に残らない。

 タイトルバック明けのオープニングは、ホテルのスタッフが顧客を迎えるための準備や、上述の「ケチケチエピソード」を皮肉たっぷりの唄とプロダクション・ナンバー(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン)から始まる。今までのバークレイ作品では、ミュージカル・ナンバーはショー場面やそのリハーサル場面がほとんどだったが、ここでは日常風景をナンバーで展開する「ステージ・ミュージカル」のスタイルから始まる。本作では劇中歌唱シーンも多く、バークレイにとってはシネ・ミュージカル的演出への挑戦でもあった。

 さて「ウェントワース・プラザ」のフロントで客室係をしている二枚目、ディック・カーティス(ディック・パウエル)は医学生。エレベーター・ガールのアリーン・デイヴィス(ドロシー・デア)と婚約中で、学費と彼女との結婚資金を稼ぐためにアルバイトをしている。

 今年も大富豪・マチルダ・プレンティス夫人(アリス・ブラディ)が、適齢期の娘・アン(グロリア・スチュワート)と放蕩息子・ハンボルト(フランク・マクヒュー)の三人で投宿。金持ちだがケチのプレンティス夫人は、とにかく出費にうるさく、娘にドレスをねだられても絶対に応じない。夫人はアンと大金持ちの婚約者・T・モズレー・ソープ3世(ヒュー・ハーバート)を早く結婚させて、経済的問題をクリアしたいと画策。アンは、ソープ3世と結婚するから「この夏だけは、自由に遊ばせて」と夫人に提案。

 ならばと夫人は、生真面目な医学生ディックに、500ドルでアンのお目付役を依頼。結婚資金の足しになるからとディックは「夏の間のボディーガード」を引き受けるが、ミイラ取りがミイラとなって、二人は熱烈な恋におちてしまう。アンがディックとホテルのショッピング・プロムナードへ繰り出すナンバー”I'm Goin' Shoppin' with You”(ウォレン&デュービン)が楽しい。下着ショップ、靴屋、高級ブティック、ビューティ・パーラー、宝石店で、次々と買い物をするアンとディック。全部母親のツケである。横ワイプを駆使した構成で、ゴージャスなヴィジュアルが繰り広げられる。しこたま買い物をしてきたアンはごきげんだが、請求書を見て夫人が気を失うオチもおかしい。

 アンとディックが、夜半に湖にボートで出かけ、二人でデュエットする”The Words Are in My Heart”(ウォレン&デュービン)は美しいラブソング。タイトルバックの登場人物紹介と、後半のショー場面でもこのメロディが流れる。

 ディックがアンと恋に落ちて、ディックの婚約者・アリーンは嫉妬するかと思いきや、アリーンもアンの兄・ハンボルトと熱烈交際する。恋愛というより彼女こそ「ゴールドディガーズ=金持ちから財産をむしり取る女」で、プレンティス家の財産が目的、というドライ娘。

 さて、アンの婚約者で大富豪だが変わり者のT・モズレー・ソープ3世は、「嗅ぎタバコ」研究に余念がない。この夏も600ページの大論文を執筆すべくホテルの部屋にこもりきり。ヒュー・ハーバートは、ワーナー・ミュージカルではお馴染みのコメディ・リリーフ。ヴォードヴィリアン出身でコメディ作家としても活躍。『フットライト・パレード』『泥酔夢』などにも出演している。ここでは「嗅ぎタバコ」のことしか頭がない変人をコミカルに演じている。

 さて、ソープ3世が雇った速記者ベティ・ホウズ(グレンダ・ファレル)もまた相当な「ゴールドディガーズ」。ソープがアンのために、夫人に強制的に書かされたラブソングの原稿にサインをさせて、自分へのラブレターだと弁護士に訴えて「婚約不履行で訴訟する」と脅かす。おまけにゴシップ紙の記者たちもソープ3世のスキャンダルを聞きつけてホテルに殺到してしまう。

 さて、奇妙な登場人物ばかりのなかで、最もエキサイティングというかメチャクチャなキャラクターが、ロシアから亡命してきた(と思われる)舞台演出家・ニコライ・ニコレフ(アドルフ・マンジュー)。借金まみれで無一文なのに、ホテルのレストランでは贅沢三昧。おまけに「こんなキャビア食えるか!」「このシャンパンは、酢を炭酸で割っただけか!」と難癖つけるクレーマーで挙句に支払いを踏み倒し続けている。

 そこでホテルのマネージャーが、プレンティス夫人が恒例の「ミルク基金チャリティー・ショー」の演出家に、ニコライを推薦。そのギャラでホテルの支払いをさせて、さらには儲け分をピンハネしようとの悪巧み。夫人からの話を引き受けたニコライは、四万ドルの借金をしている舞台装置家・オーガスト・シュルツ(ジョセフ・コーソン)を呼んできて、三人で「いかにピンハネするか」の相談を始める。

 金の匂いに敏感な「ゴールドディガーズ」の速記者・ベティは、その三人の悪巧みを「夫人に告げ口する」と脅して、一枚噛むことに。このお金をめぐるやりとりのドタバタがおかしい。ワーナー・ミュージカルは、庶民目線なので他社のミュージカルの上流社会のゴージャスな描写とは違い、いかに上流階級からお金をむしり取るか、をいつも描いている。「ゴールドディガーズ」シリーズの所以でもある。

 ショーの主役には、ディックとアンのカップルが選ばれ、ホテルでのリハーサルが進められていく。アドルフ・マンジューの舞踊演出家ぶりが大袈裟でおかしい。この時代、ヨーロッパからさまざまな演出家や芸術家がハリウッドにやってきたが、この大仰な芝居は、そのパロディというか揶揄も入っている。

♪心の言葉 The Words Are in My Heart(1935)

”The Words Are in My Heart”のコーラス・ガールとピアノ

 欲望が渦巻く中、やがて「チャリティ・ショー」の幕が開く。最初のナンバーは”The Words Are in My Heart”(リプライズ)。56台の白いグランドピアノとピアニストのダンサーたちをマス・ゲームのように自在に動かしての万華鏡的スペクタクル・ナンバー。グランドピアノがまるで生きているかのようだが、白いピアノの下に黒い服を着た男性たちがピアノを動かしている。まさに物量作戦。しかもエレガントなワルツで、観客を夢見心地に誘う。

♪ブロードウェイの子守唄 Lullaby of Broadway(1935)

 続いて本作のハイライト”Lullaby of Broadway ”「ブロードウェイの子守唄」となる。ニューヨークの夜を満喫して、朝にアパートに帰ってきて眠るヒロイン「ブロードウェイ・ベビー」の1日を大胆な演出で描いたプロダクションナンバー。まずは暗闇に小さな顔が浮かぶ。ウィニー・ショーが”Lullaby of Broadway ”を歌っている。その顔がどんどんキャメラに近づいて、クローズアップとなる。やがてウィニーの頭部からの俯瞰ショットとなり、タバコをくわえたウィニーの顔がマンハッタンのヴィジュアルとなる。

 そこから「ブロードウェイ・ベビー」の夜と昼がドラマチックに描かれる。ディック・パウエルとナイトクラブをはしごして享楽の夜を過ごすウィニー。ナイトクラブというには巨大すぎる空間で、100名を超えるタップダンサーの男女が、超絶技巧ともいうべきマス・タップを繰り広げる。このシークエンスを、ぼくは『ザッツ・ダンシング!』(1985年・MGM・ジャック・ヘイリー・ジュニア)で初めてスクリーンで観た。第一回東京国際映画祭、NHKホールの巨大スクリーンでこのナンバーは圧倒的だった。バークレイの常軌を逸したセンスに、クラクラしながら、1930年代のバークレイの世界に浸った。

 やがてダンスのクライマックス。ウィニーは謝ってスカイスクレバーのバルコニーから転落してしまう。なんとこの巨大ナイトクラブは高層ビルの上にあったのだ! 落下していくウィニーの主観カット。あ、これは夢オチかな?とタカを括っていると、そのバッドエンドにびっくりする。で、またウィニー・ショーの頭部のカットになり、キャメラが引いていってナンバーは終わる。後味はあまり良くないが、ダンス構成やスケールでは、バークレイ演出ナンバーの代表曲となった。本人も気に入っていたという。

【ミュージカル・ナンバー】

♪ショッピングに行こう I'm Goin' Shoppin' with You(1935)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*タイトルバックのインスト
*唄・パフォーマンス:ディック・パウエル、グロリア・スチュワート

♪心の言葉 The Words Are in My Heart(1935)

 作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*タイトルバックのインスト
*唄:ディック・パウエル(ボート・シークエンス、ショーの中で)

♪テーマ曲 Opening

作曲:ハリー・ウォレン 
*タイトルバック
*ショー場面のインスト

♪昨夜の星の影 The Shadows of Yesterday's Stars(1934) 

作曲:ハリー・ウォレン 
*ホテルの部屋でプレンティス夫人がベルボーイにチップを払った後で

♪タンゴ・デル・リオ Tango del Rio(1934) (uncredited)

作曲:ハリー・ウォレン
*ソープ3世がホテルに到着したシーンで

♪テル・ミー・アゲイン Tell Me Again(1934)

作曲:ハリー・ウォレン
*アンと未亡人がエレベーターを降りて、ソープ3世が部屋に入るシーン

♪月影の君 Moonlight and You

作曲:ハリー・ウォレン
*ボートのシーンでラジオから流れる

♪ダガー・ダンス Dagger Dance

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*ショーのリハーサルで

♪白鳥 Le cygne (The Swan)(1845) 「動物の謝肉祭」より

作曲:カミール・サン・サーンス
*ショーのリハーサルでキャストがスワンに扮して

♪ゴールドディガーズ・ソング 
The Gold Diggers' Song (We're in the Money)(1933) 

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:グレンダ・ファレル

♪テル・ミー・ザット・ユー・ケア Tell Me That You Care

作曲:ハリー・ウォレン
*ソープ3世が弁護士からの手紙を読むシーン

♪ブロードウェイの子守唄 Lullaby of Broadway(1935)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ウィニー・ショー ダンス:レイモン&ロシータ、タップダンサーたち


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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