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『俺の血が騒ぐ』(1961年・山崎徳次郎)

 トニーこと赤木圭一郎の代表作『霧笛が俺を呼んでいる』を演出した山崎徳次郎監督は、トニーの憂いを帯びた表情が持つロマンチシズムを巧みにスクリーンに引き出し、そのイメージを決定付けた。実生活でも海を愛し、船を愛したトニーの銀幕における「海の男のイメージ」は、山崎監督の功績が大きい。この『俺の血が騒ぐ』が公開されたのは1961年1月、トニーにとっても大きな飛躍の年になる筈だった昭和36年の第一弾映画として封切られた。

 シナリオは『錆びた鎖』で、ジェームス・ディーンの『エデンの東』風な兄弟の確執を描いた池田一朗と、後に日活ニューアクションの牽引となる長谷部安春、そして加藤新二。トニーと沢本忠雄の兄弟愛と確執をベースに、父の死の真相を突き止めるために、暗黒街に足を踏み入れた男の復讐のドラマが、ミステリアスに展開される。

 オープニング、商船大学の練習船が漂流するタンカーを発見。船内調査に赴いた学生の沢本忠雄が何かを目撃して茫然自失の表情で立ち尽くす。沢本たちが練習船に戻った直後、タンカーが謎の大爆発をする。沢本が「兄さん!」と叫ぶとタイトルバックとなる。真相を隠したままクライマックスから始まるユニークな滑り出し。

 練習船の帆船と、タンカーの対比。正義と悪の対立の構図と、父の死の真相を探るためにダークな世界に入り込む赤木と、健全な商船大学生である沢本との対比。いくつもの対比がこの映画のドラマの主軸となっている。

 南田洋子のバーの乱闘騒ぎは、暗黒街の戦いではなく、主人公たちのキャラクターを印象付けるための重要なアクセント。ヤクザと乱闘するトニーと沢本たちに、助っ人として参入してくる葉山良二。彼はトニーの好敵手であり相棒的存在となる。そんな二人を温かく見守る南田洋子のマダムも、日活アクションのヒロインの典型とはいえ、独特の存在感がある。

 葉山とトニーがバーのカウンターで「海」談義をしていると、いつしか照明が変わり、二人の男による「海への憧れ」を表現するシーンとなる。照明とキャメラ、そして効果を巧みに使って、ミュージカルのダンスナンバーさながらの呼吸で、二人の男の友情の成立のシーンが展開される。一歩間違えば陳腐な描写になってしまうところを、演出の良さと絶妙の編集タイミングで名場面となった。このシーンのおかげで、トニーと葉山の「言わずもがな」の交流が自然なかたちで成立するのである。

 許嫁でありながら、父の復讐にのめり込んで行くトニーについて行けずに、弟に心を寄せる清純なヒロインに笹森礼子。可憐な笹森と、成熟した大人の魅力あふれる南田洋子も、またこの映画の対比の構図の一つである。

 葉山を通じ、組織との接触に成功したトニーが、ボルネオ航路の貨客船・玄海丸に乗り込む中盤から、ドラマは一気に海洋アクションとなる。その玄海丸には笹森礼子の父であり、トニーにとっては伯父にあたる小沢栄太郎も船医として乗船し、店も処分した南田洋子も船上の人となる。

 映画では太平洋を南下するという設定だが、実際は東京釧路間を航行する定期船で撮影されたという。前年12月、冬の荒れる海での撮影には、様々なエピソードが残っているが、それはDVD収録の山崎徳次郎監督と南田洋子さんによるオーディオ・コメンタリーに詳しい。

 山崎監督の大映時代からの盟友である姫田真佐久による洋上シーンの撮影は実に効果的である。特にクライマックス、船上での銃撃戦は、実際の航行中に、メインキャメラ一台で撮影されたという。そのコンテは、早撮りの名人・渡辺邦男監督に師事したという山崎監督自身が切って、渡辺流の中抜き撮影術を最大限に活かして演出している。

 また、いつもながらの阿部徹の憎々し気な悪役ぶり、弘松三郎や高品格といった日活バイプレイヤーたちのディテイール豊かなキャラクター造型も作品を楽しいものにしている。クライマックス、トニーと対峙する小沢栄太郎も難しい役どころを個性的に演じている。

 そして、すべてが終わったあと、ファーストシーンの練習船の場面となる。観客である我々は、ここで初めて冒頭の沢本の台詞「兄さん!」の意味を知ることになる。ミステリアスなシナリオの構成を、娯楽映画のさまざまなテクニックを使ってフィルムに定着させていく。娯楽映画本来の楽しさとミステリーのカタルシスがバランス良く配分されている。

 残念ながら本作の後、『紅の拳銃』と撮影半ばの『激流に生きる男』を残し、トニーは夭折してしまう。Pコート姿のトニーが吐く白い息を見ていると、この冬を越すことが出来なかった赤木への思いが一層強いものとなる。日本映画はこれだけの未完の大器をかくもあっけなく失ってしまったのか、と。

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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