『ゴールドディガーズ』(1933年・ワーナー・マーヴィン・ルロイ)
シネ・ミュージカル横断。草創期のワーナー作品ということで、ドル箱シリーズ”Gold Diggers of 1933”『ゴールドディガーズ』(1933年・ワーナー・マーヴィン・ルロイ)を久しぶりに堪能した。アマプラでこの時期のハリウッド映画がたくさん配信されているのは、気軽に映画史に触れるチャンスでもある。
この映画が作られた1933年は、まだ、ヘイズ・コード前夜の”プレコード期”で、セックスやモラルの表現もかなり自由。それゆえ「1930年代初期のブロードウェイのショーガールたちの奔放さ」を赤裸々に綴った(印象の)「風俗映画」としても楽しめる。”ゴールド・ディガーズ”とは「紳士をたらし込んで、金を搾り取る女」という意味で、本作でのブロードウェイのショーガールたちの呼び名でもある。
ヘイズ・コード(ハリウッドの自主倫理規制)がスタートするのは翌年だから、なんでもアリというのがいい。なんたって主人公ディック・パウエルとルビー・キラーの結婚を認めさせるために、堅物の兄・ウォーレン・ウィリアムに、ショーガールのジョーン・ブロンデルたちが「美人局」まがいのことをしてしまうのがメイン・ストーリーだから、今見ても「ここまで描けたのか!」と驚いてしまう。
本編の演出はマーヴィン・ルロイ監督。ミュージカル・シークエンスの演出はバズビー・バークレイが手がけ、独特の「バークレイショット」を生かした「万華鏡的ミュージカル」で世界中の観客を驚嘆させた。
音楽は、作曲・ハリー・ウォレン、作詞・アル・デュービンの黄金コンビ。この二人は前作『四十二番街』(1933年・ロイド・ベーコン)や次作『フットライト・パレード』(同)などでワーナー・ミュージカルの音楽イメージを創り上げた。
脚本はアーウィン・ゲルシーとジェームズ・シーモア。この時期のワーナー映画ではお馴染みのキャストも楽しい。ゴールドディガーズの娘たちには、妖艶なジョーン・ブロンデル、年増の魅力のアリーン・マクホーン、そして純情可憐なルビー・キラー、この年アステアとのコンビを組むジンジャー・ロジャースと、それぞれタイプの違うショーガールたちが、作曲家志望の青年ディック・パウエルを中心に、賑やかなドラマを繰り広げる。
「ゴールドディガーズ」は、もともとブロードウェイで1919年から1920年にかけて一年間で282回上演された同名レビュー(作・エイヴァリー・ホップウッド)が原作である。これまでサイレント期に”The Gold Diggers”『百花笑えば』(1923年・ハリー・ボーモント)、トーキー初期に”Gold Diggers of Broadway”『ブロードウェイ黄金時代』(1929年・ロイ・デル・ルース)と二度映画化されている。ワーナーのドル箱ミュージカルとして、『ゴールド・ディガーズ36年』(1935年・バズビー・バークレイ)、『踊る三十七年』(1936年・ロイド・ベーコン)、『夜は巴里で』(1938年・レン・エンライト)と連作されていく。
タイトルバックが開けると”We're in the Money”のナンバーから始まる。フェイ(ジンジャー・ロジャース)がコインをあしらった露出度の高い(ほとんど裸に見える)衣装をまとってヴォーカルを担当。ステージには巨大なコインのセットが配置され、金貨をまとったショーガールたちが華麗なダンスを踊る。バズビー・バークレイといえばこのヴィジュアル、というほどのイメージの源泉となった。
ウォレン&デュービンの”We're in the Money”は、日本でも大ヒットして、なんと東海林太郎が「素敵な天気」としてカヴァー。「金持ちじゃ 成金じゃ」の歌い出しから「ゴールドディガーズ」のムードが楽しめる。
さて物語は、世界大恐慌後の不景気となったブロードウェイを舞台に「大恐慌ショック」で出資者がどんどん手を引き、借金まみれの演出家・ホプキンス(ネッド・スパークス)は、新作舞台の初日を前に、債務不履行で差し押さえを受けて、舞台は中止。ショーガールたちは失業してしまい「無一文」となってしまう。
「仕事がないから」アパートのベッドで昼まで寝ている”ゴールドディガーズ三人娘。純情娘のポリー(ルビー・キラー)、トーチソングが得意なキャロル(ジョーン・ブロンデル)、姉御肌のコメディ・リリーフ担当のトリキシイ(アリーン・マクマホン)たち。お金がないので隣の牛乳を盗んで朝食にしている。そこへドラッグストアでアルバイトをしている、お色気担当のフェイ(ジンジャー・ロジャース)が「ホプキンスが新作舞台に着手した!」とビッグニュースを持ってくる。四人は「仕事にありつける」と大喜び。
向かいのアパートに住む作曲家志望の青年・ブラット(ディック・パウエル)は今日も新曲をピアノで弾いて、作曲活動に余念がない。ポリーとブラットは相思相愛。『四十二番街』のクライマックスで"42nd Street"を歌い踊った二人が本作の主人公。”ゴールドディガーズ”三人娘のアパートにやってきたホプキンスは、ブラットの曲を気に入って「ウォレン&デュービンをクビにして君を採用する」と宣言。こういう楽屋オチが楽しい。
しかしホプキンスの話を聞けば、出資者が見つからずに資金のメドが立たない。「絵に描いた餅」とガッカリする娘たち。そこで「1万5000ドルは僕が用意します」とブラット。貧乏作曲家にそんなお金用意できるわけない。誰もがそう思うが、翌日、ブラットはホプキンスのオフィスに資金を届ける。
こうしてリハーサルが始まる。ホプキンスの新作舞台のテーマは「大恐慌による不景気」。ミュージカル・コメディには相応しくないが、時代をビビッドに反映させるのがショーマンの矜持。ということでブラットが作曲したマイナーコードの行進曲"Remember My Forgotten Man"「忘れ去られた男」をクライマックスにしたミュージカルが企画される。
第一次世界大戦に参戦したアメリカでは「国の英雄」として若者たちが次々と出征。しかし彼らが戦地で地獄を体験してようやく帰ってきたら世界大恐慌。かつての英雄たちは失業者となり、ホームレスとなって苦しんでいる。「これでいいのか?」という問題定義なのである。これもプレコード期なればこその企画だろう。
さて、ステージでは"Pettin' in the Park"のリハーサルが行われている。ポリー(ルビー・キラー)とベテラン歌手(クラレンス・ノードストーム)がデュエットしているが、唄にハートがないとベテラン歌手を叱咤するブラット。ならば「君が歌え」とホプキンスに言われるが「それだけはできない」と固辞するブラット。彼はボストンの御曹司で、ステージ出ると「顔バレ、身分バレ」してしまうのが困るのだ。しかし、その理由を言わないために、ポリーやトリキシーは「逃亡中の銀行横領犯」ではないかと疑う。
いよいよ舞台の初日。主演のベテラン歌手が腰痛で出演不能となり、ブラットは「覚悟をして」舞台に立つ。ここで"Pettin' in the Park"のプロダクションナンバーが展開される。テーマは恋人たちの「ぺッティング」。これもプレコード期なればこそ。ディック・パウエルとルビー・キラーのデュエット、そしてルビー・キラーのタップ。雨の降るステージで、たくさんのショーガールたちが男性コーラスとカップルで愛を囁く。そんなカップルを冷やかすのがベビーカーの赤ちゃん芸人(ビリー・バーティ)。当時9歳で、わが白木みのるのようなベビースターで、バークレイのナンバーにはしばしば登場する。俳優としてのキャリアは長く、ロン・ハワードの『ウィロー』(1988年)でのアルドウィン長老役や『メル・ブルックス/逆転人生』(1994年)などに出演している。
で、クライマックス、いよいよ彼氏は彼女の服を脱がせようとするが、なんと服はブリキで出来ている。そこへビリー・バーティの赤ちゃんが缶切りを持ってきてディック・パウエルに渡して… というオチ。
これでショーは大成功。翌日の新聞にはボストンの御曹司ブラットのステージデビューが大々的に報道され、親族一同が大騒ぎ。特に財産管理をしている堅物の兄・ローレンス(ウォーレン・ウイリアム)は激怒。しかもブラットはショーガールのポリーと結婚すると言い出す始末。ローレンスは一族の顧問弁護士・ピーボディ(ガイ・キビー)とともに”ゴールドディガーズ”のアパートへ。ポリーと手切金の交渉をするためだった。
アパートではポリーが不在。事情を飲み込んだトリキシーが、キャロルを”ポリー”に仕立てることに。つまりトリキシーが弁護士・ピーボディを誘惑し、キャロルが”ポリーとして”ローレンスを籠絡してしまおうという大胆な作戦を開始する。それを知ったブラットも大喜びして悪ノリ。”ゴールドディガーズ”の言葉通り、ローレンスとピーボディを誘惑して搾り取ってやろうということに。
弟の恋人と知りながら(思い込んで)ローレンスは、キャロルに夢中になり、ついには酒を飲まされて意識を失う。気がついたらキャロルのベッドで目覚めて、パニック状態になるローレンスは、トリキシーの言われるままに10000ドルの小切手を切ってしまう。あ、これって「美人局」じゃないの!
結局、ミイラ取りがミイラになるのがおかしい。キャロルはローレンスを愛し、トリキシーとピーボディは婚約することに。結局、”ゴールドディガーズ”の言葉通りになってしまう。もちろん、ブラットとポリーの幸せも約束されることに。他愛はないけど、上流社会への皮肉もたっぷり。”ゴールドディガーズ”の強かな生き方も頼もしい。プレコード期のアンモラルなコメディとしてなかなか楽しめる。
そしてステージでは、これもバークレイ・ミュージカルの代表的ナンバー、ウォレン&デュービンのロマンチックなラブソング”The Shadow Waltz”が繰り広げられる。ルビー・キラーとディック・パウエルのデュエット、そしてバイオリンを手にした沢山のコーラスガールたち、立体的なセットで優雅にバイオリンを弾く娘たち。画面は暗転し、ネオン管でできたバイオリンと弓だけが光る。バイオリンの一つ一つが俯瞰ショットでマスゲームとなり、大きなバイオリンを形作る。『ザッツ・ダンシング!』(1985年・MGM)でも紹介されていたこのナンバーは、バークレイが昔観たヴォードヴィルから着想。
このナンバーの撮影をしていた1933年3月10日、カリフォルニアをマグネチュード6.4の地震が襲った。ロングビーチ地震である。地震の影響で停電、いくつかのバイオリンがショートして、カメラクレーンに乗っていたバークレイは投げ出され、片手で宙吊り状態に。高さ9.1メートルのセットで怯えるコーラスガールたちに「セットのドアが開くまでそのままで」と指示をしたという。
やがて、全ての問題が解決。ブラットとポリー、ローレンスとキャロル、ピーボディとトリキシー、三組のカップルが成立したところで、いよいよクライマックスのナンバー”Remember My Forgotten Man”となる。ジョーン・ブロンデルとエタ・モートン・バーネットによるヴォーカルは、暗く沈んだ大恐慌時代の不安を全面にしたかなりヘビーなもの。失業者たちが街に溢れ、それを取り締まる警官に、娼婦が「彼は国の英雄だった」と抵抗する。バークレイの映像設計は「ドイツ表現主義」的なイメージで。かつて第一次世界大戦に参加した復員兵たちが、食料配給の列に並ぶ姿を描いていく。
このナンバーは、1932年6月、第一世界大戦の復員軍人とその家族たちが31000人が、軍人恩給=ボーナスの繰上げ支払いを求めて、ワシントンD.C.
に更新した「ボーナスアーミー」を題材にしている。勇ましい出征の行進と失業中の復員兵たちのデモを重ね合わせる演出は、バークレイにとっても渾身のナンバー。タイトルの Forgotten Manは、フランクリン・ルーズベルト大統領が演説で述べた「忘れられた人々(Forgotten man)」からバークレイが着想した。
当初は映画の中盤に登場する予定で、エンディングは"Pettin' in the Park"が用意されていたが、試写を観たワーナーのトップ、ジャック・L・ワーナーと、撮影所長・ダリル・F・ザナックは、”Remember My Forgotten Man”のテーマとナンバーのクオリティに感動して、エンディングに差し替えられることになった。
また、ジンジャー・ロジャースが”I've Got to Sing a Torch Song”を歌うナンバーも追加撮影されたが、最終的にオミットされた。この曲が劇中、ブラットが自作の曲を披露するシーンで少しだけ歌われている。のちに短編漫画映画”I've Got to Sing a Torch Song”でフィチャーされ、スタンダードとなった。
【ミュージカル・ナンバー】
♪ゴールドディガーズ・ソング
The Gold Diggers' Song (We're in the Money)(1933)
作詞:アル・デュービン 作曲:ハリー・ウォレン
*唄・ダンス:ジンジャー・ロジャース、コーラス
♪シャドウ・ワルツ Shadow Waltz(1933)
作詞:アル・デュービン 作曲:ハリー・ウォレン
*唄・ダンス:ディック・パウエル、ルビー・キラー、コーラス
♪アイヴ・ゴット・トゥ・シング・ア・トーチソングI've Got to Sing a Torch Song(1933)
作詞:アル・デュービン 作曲:ハリー・ウォレン
*オープニング音楽
*唄:ディック・パウエル
♪ペッティン・イン・ザ・パーク
Pettin' in the Park(1933)
作詞:アル・デュービン 作曲:ハリー・ウォレン
*唄:ルビー・キラー、クラレンス・ノードストーム(リハーサル)
*唄:ディック・パウエル、ルビー・キラー、アリーネ・マクマホーン、ビリー・バーティ、コーラス(ショー)
♪忘れられた男 Remember My Forgotten Man(1933)
作詞:アル・デュービン 作曲:ハリー・ウォレン
*唄:エッタ・モートン、ジョーン・ブロンデル、コーラス