太陽にほえろ! 1973・第63話「大都会の追跡」
この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。
第63話「大都会の追跡」(1973.9.28 脚本・鎌田敏夫 監督・竹林進)
永井久美(青木英美)
山下美沙子(夏純子)
戸川組幹部(田中浩)
前野妙子(皆川妙子)
山下高雄(宗近晴見)
常東信用金庫南町支店長(石井宏明)
高橋写真館店主(今井和雄)
友田順子
宮田弘子
矢島義則(江守徹)
予告篇の小林恭治さんのナレーション。
「張る。つける。そして追う。大群衆が埋め尽くしたマンモススタンドに、たった一つの点が犯罪の糸を操る。小さな幸せを投げ出してしまった女の、ひたすらな愛の逃亡。次回「太陽にほえろ!」「大都会の追跡」にご期待ください」
日活末期の人気女優・夏純子さんが登場。この年、2月公開の石原プロモーション=東宝提携作品『反逆の報酬』で、渡哲也さんの妹的存在を好演。裕次郎さんとは「影狩り ほえろ大砲』(1972年・舛田利雄)『反逆の報酬』(1973年・澤田幸弘)に続く共演となる。
クライマックスは観客に埋め尽くされた後楽園球場。ナイターが行われるなか、犯人を探す捜査一係の刑事たちの焦燥感。第三の勢力の登場。狙撃手の出現などパニック映画の要素も取り入れてスケールの大きな作品となっている。特にクライマックス、ボートによる水上のチェイスシーンなど、当時のテレビ映画としては破格の試みをしている。これも放映一年を越え、視聴率と人気が急上昇してきた証である。視聴者の期待をいかに裏切らずに、意表をついた展開をしていくか?
しかも「ジーパン刑事篇」になってからは、捜査一係の刑事たちの「全員野球的」チームワークが作品を濃密なものにしてくれている。今回のトップシーンの犯罪は、戦後まもなくの「帝銀事件」をヒントにしている。そこからパニック・イン・スタジアムへの展開の面白さ。鎌田敏夫脚本は、かつての愛人が再び現れて、現在の幸せを全て投げ出して、危険な道行きをする主婦・夏純子の揺れ動く心理を見事に描いている。
常東信用金庫・南町支店。行員の前野妙子(皆川妙子)が脂汗を流して苦しんでいる。救急車で搬送される妙子。病院から「コレラ患者」との連絡で支店長・田村弘一(石井宏明)が蒼白になる。ほどなく保健所から係員(江守徹)が消毒にやってくる。行員を一室に集めるようにと係員の指示に従い、行員たちは持ち場を離れる。妙子の机を消毒し、「前野さんが数えた札などは入ってませんか」と金庫に案内させる。支店長はなんの疑問も持たずに金庫を開けるが、係員に眠らされ、現金が強奪されてしまう。何くわぬ顔で警備員に「店内のものには触れないでください」と言って、悠々と去ってゆく。
新聞の輪転機が回る!
「常東信用金庫・・・白昼、堂々、一億二千万強奪される!」
捜査一係。長さんの調べでは妙子は昼休みに近くの喫茶店でオレンジジュースを飲んでいたことが判明。途中でトイレに立った隙に、なんらかの薬物が混入されたようだと殿下。ボスには気がかりなことがあった。
「なあ、長さん、矢島義則(江守徹)が、3ヶ月前に武蔵野刑務所を出所しているんだ」
一人でこれだけの犯行が可能なのは「矢島義則しかいない」とボス。ジーパンが確認に向かっている。もしも矢島の犯行なら前野妙子は共犯ではないとボスは踏んでいる。矢島は誰とも組まないからだ。ジーパンが帰ってくる。支店長に確認したところ犯人は矢島義則に間違いないとの証言を得ていた。
京王線の車内。ジーパンが長さんから矢島について訊く。「いつもたった一人で突拍子もないことをやる」のが矢島だ。この前も偽の夜間金庫を作って、五千万円を強奪していた。矢島の唯一の弱点は、愛人だった美沙子(夏純子)。前回も彼女と高跳び寸前に逮捕されたと長さん。しかし美沙子は、矢島が服役中に、別の男と結婚をしていた。
つつじヶ丘の住宅地。長さんとジーパンは、美佐子の家を張り込んでいるゴリさんと長さんと合流する。美沙子は前夜から家から一歩も出ていない。ジーパンの読みでは、矢島は美沙子に連絡をしてこない。「もう5年前のことでしょう。そんなに気持ちは長く続きませんよ」。美沙子は他の男と結婚しているし、矢島も高跳びするなら他の女を見つけるはずだと。そこで山さん。
「お前たち若い奴の5年と、中年になってしまった男の5年とは、長さが違うんだよ。青春を過ぎた男にとって、一度惚れた女は、そうそう忘れられるもんじゃないんだ」
山さんの深い言葉。これぞ鎌田敏夫脚本。このセリフがラストのジーパンと山さんとの会話に生かされてくる。今回のテーマでもある。
やがてゴリさんと山さんは署へ。長さんとジーパンと張り込みを交代する。住宅では美沙子が庭に出て洗濯物を干している。部屋に掃除機をかけ、甲斐甲斐しく主婦として働いている。そこへ「美沙子か?」と矢島から突然の電話。「やっぱり、あなたがやったのね?」「ああ・・・美沙子、お前と逃げたい」「・・・」「今度はきっと逃げてみせる」「あたしは結婚したのよ」「幸せか?」「ええ」「嘘だ。お前は同じことを繰り返しているような生活に満足できる女じゃない」心が動く美沙子。矢島は偽造パスポート用の写真を用意するように伝える。「どこへ行くの?」「お前の好きなところだ。一生遊んで暮らせる。それだけの金は十分にあるんだ」
しかし、美沙子は「ダメよ。行けないわ」と断る。矢島は自信たっぷりに「お前は必ず来る。必ず」と電話を切る。
張り込んでいるジーパン。矢島が美沙子を諦められなくても、美沙子はついていくはずはないと、つぶやく。「あんな幸せそうな家庭なのに・・・」「そう、ついて行かん方がいい」と長さん。地味でも今の生活が美沙子には幸せだと、苦労人の長さんらしい言葉。買い物に出かける美沙子を尾行するジーパンと長さん。商店街で、ごく普通の主婦として振る舞う美沙子。しかし写真館の前で、矢島の「写真3枚用意しろ」の言葉が頭を掠める。スーパーで買い物を続ける美沙子。しかし頭の中では矢島の言葉が・・・
夕餉のひととき。山下高雄(宗近晴見)との幸せなくらし。しかし、美沙子は上の空である。「お前、写真撮ったのか?」高雄が写真屋の前を通ったら主人に「どこか外国でも行くんですか?」と聞かれたと、笑いながら言う。「なんとなく撮りたくなったのよ。あそこのウィンドウに飾ってある赤ちゃんの写真があんまり可愛かったから」「来年あたり子供でも作るか」と明るく笑う高雄。「ええ」。ごく普通の夫婦の会話に見える。
高雄がテレビのスイッチを入れ、ジャイアンツ戦をビール飲みながら楽しそうに見ている。「お前、同じような生活を繰り返している生活に満足できるような女じゃない」と矢島の声。「お前、必ず来る。必ず」。何かを決意した美沙子の表情。夏純子さんは、こうした無言の芝居で気持ちを表現するのが実にうまい。腰の据わった女優さんである。
翌日、ゴリさんと殿下が張り込み。「長さんとジーパンの報告によると、美沙子は動きそうにもありませんね」と殿下。今回のエピソードは、松本清張の名作とその映画化『張り込み』を想起させてくれる。ゴリさんは「当たり前だよ。せっかくつかんだ幸せを自分で壊すことはないよ」。これが「太陽にほえろ!」と1970年代のお茶の間のモラルでもある。
しかし美沙子は、じっと矢島からの電話を待っていた。「写真を撮ったか?」「ええ」。美沙子が刑事に張り込まれていると矢島。「巻けるか? やれるよ、お前なら」「やるわ」。美沙子は矢島と逃げる決意をしたのだ。支度をして家を出た美沙子を殿下が尾行する。ゴリさんは覆面車で追跡。「やっぱり出かけたか」とボス。美沙子は造成中の空き地から、舗装されたばかりの真新しい道路で立ち止まる。振り返り殿下をじっと見る。尾行がバレたとゴリさんに報告する殿下。
商店街の写真館で、高橋写真館店主(今井和雄)から、パスポート写真を受け取る美沙子。写真館の裏口からそっと出ていく。待ち伏せしていたゴリさんが追跡を代わる。つつじが丘駅で切符を買い、京王線に乗る美沙子。ゴリさんは警察手帳でパススルー。長さんがバトンタッチして美沙子と同じ車両に乗る。
新宿駅西口地下を美沙子が歩く。やがて地下鉄丸の内線へ。長さんも同じ電車に乗った瞬間。美沙子は下車。向かいのホームから銀座方面へ。しかしその電車にはシンコが乗車していた。銀座で降りた美沙子をシンコがおう。三越に入る美沙子。ドレッサーに映ったシンコの顔を確認して、走り出してエレベーターに美沙子が乗ると、そこにはジーパンと山さんがいた。見事な連携プレー! 揺れる美沙子のイヤリングを見つめる山さん。やがてエレベーターは7階へ。婦人服売り場を歩く美沙子を静かに追う山さん。しかし美沙子は美容室に入ってしまう。
「俺たちが中に入るわけにいかんだろう」。山さんはジーパンと外で待つことに。しかし長髪のジーパン「じゃあ、俺入ります」。ジーパンが入ってしばらくすると、セットを終えた美沙子が出てくる。再び山さんが尾行する。シャンプーを終えたジーパン、ようやく出てくる。しばらく店内を歩いていた美沙子、女子トイレへ。山さんお手上げだ。そこへジーパン。「まさか、今度は、お前も入るわけにいかんだろう?」
この、休日の銀座三越での追跡シーンは、ロケーションならではの魅力に溢れている。1973年夏の東京に生きる人たちの「休日の晴れがましさ」が、デパートの賑わいからも伺える。時代の空気を知るにはこうした何気ないシーンが、今では貴重な映像資料なのである。
美沙子はボブのショートのウィッグにサングラス。白いスーツ姿に変身して堂々とトイレから出てくる。しかしイヤリングが同じなのをジーパンと山さんが気づく。再び追跡が始まる。地下鉄銀座駅の通路を、美沙子を追って二手に分かれる山さんとジーパン。しかし美沙子を見失ってしまう。仕方なく地上に出る二人。三越の前には、マクドナルド一号店がある。カウンターだけの販売だが、日曜日の「歩行者天国」の若者やファミリーに人気だった。
日曜日、歩行者天国にはたくさんの人出。これでは美沙子を探すのは至難の業となる。美沙子はあらかじめトイレに着替えを用意していたのでは?とジーパン。その時山さんが「おい、美容院で誰かと連絡を取らなかったか?」。三越に戻るジーパンと山さん。おいおい、そっちは松屋だよ!方角が違うよ。
三越の美容サロン。美容部員(友田順子)が、美沙子から買い物リストを渡され、品物を購入したらトイレに持ってきて欲しいと頼まれたと証言。リストには「パンタロン、かつら、ハンドバッグ・・・」「やっぱり」。そこで店員「あの、まだあったんです」。一階のプレイガイドに預けてある「野球の切符」を受け取ってきて欲しいと・・・
満員の後楽園球場。ナイターが行われている。スタンドを歩いて美沙子を探すジーパン、長さん、山さん、殿下、シンコ、ゴリさん。184の席が空席のまま。やがて美沙子が三塁側スタンドの184の席に来る。「矢島はどこかにいるはずだ」と長さん。一係、全員が矢島の姿を探す。遠く離れた一塁側のスタンドから、矢島は双眼鏡で美沙子の姿を確認する。
しかし、ここで矢島の席の隣に男(田中浩)が座る。「矢島、そうつれなくするなよ」「誰だ?」「あんたの味方だよ」サングラスを外した男「組のものがドヤであんたを見かけてな。あんたがドヤに潜んでいる時は、必ず何かをやらかした時だ。金はどこだい?」。男が指さす一塁側のスタンド上部には、ライフルを持った組の者が狙っている。「奴は鉄砲撃ちの名手でな、真っ当な暮らしをしていればオリンピックに出られるはずだった。あそこからは三塁側の見通しがいいぜ。特に美沙子の席がな」。ヤクザは怖いねぇ。横からきてもうけを分取ろうとする。こういうのが嫌だから、矢島は一人で犯行を重ねていたんだろうね。
「この回が終わるまで待ってやるぜ。ラッキーセブンだぜ、お前にも美沙子にも」
美沙子は矢島を待っている。ジーパン、長さん、シンコたちの張り込みは続く。「あとひとりだぜ矢島さん。俺が指示をしなければ奴は撃つ。人間が撃ちたくてウズウズしている奴なんだぜ」。
しばらく考えていた矢島「待ってくれ」。男はハンカチで狙撃手に合図する。矢島はベストから新宿駅西口地下道のコインロッカーの鍵を渡す。男は子分に鍵を持たせる。「もし金がなければ、美沙子の命もない」。
ジーパンが一塁側二階スタンドの端の狙撃手に気づいて、山さんに報告する。「行ってみよう」。山さんとジーパン、狙撃手を追い詰める。後楽園球場のスタンド、通路、何もかも懐かしい。狙撃手はライフルを取り出し、通路でジーパンたちを撃つ。歓声にかき消される銃声。反対側から拳銃を手にした殿下が、狙撃手の肩を射抜く。
双眼鏡で一塁スタンドを見た矢島「あんたの大事な子分、いなくなったぜ」。確認する男・・・。「デカに見つかったんだろう。この球場デカだらけだからな。コインロッカーに入っているのは俺の着替えだよ」不敵に笑う矢島。「俺を撃ちゃ、あんたはただの人殺しだ。一銭の儲けにもなりゃしねえ」。矢島の方が一枚上手である。
試合終了。人々が立ち上がり出口に向かう。美沙子も立ち上がる。美沙子を追う長さんとゴリさん。人の流れに阻まれる。その時、矢島が「美沙子!」「あなた!」。先程の男(田中浩)は戸川組の幹部。子分を連れて、矢島と美沙子を探している。
球場の外にはボス。殿下たちがボスに報告。すごい人混みである。「もう一度探すんだ」とボス。
矢島と美沙子は、後楽園から下水道を通って、お茶の水の運河へと向かう。そこに矢島が用意したボートがあり、夜が明けたらそのままヘリポートへ向かい、日本海まで行く計画である。金は香港ドルで受け取る算段になっている。どこまでも周到な矢島の計画。
戸川組幹部(田中浩)の元に、子分の組員がコインロッカーの荷物を持ってくる。矢島の着替えの中にメモがあった。「415-2139」電話番号である。早速調べることに。
ようやくお茶の水運河のボートにたどり着いた矢島と美沙子。夜明けまでボートで待つことに。「もうすぐだ。美沙子、すまなかったな。俺はお前の幸せをぶち壊した」。微笑む美沙子「いいのよ。幸せじゃなかったわ。少なくとも、あなたとこうしているよりかわね」。美沙子のつけていたイヤリングは、7年前に矢島がプレゼントしたものだった。
「結婚した時、一度捨てようと思った。でも、どうしても捨てきれなかったの」。矢島が美沙子の左の耳を見て「もう片っぽうどうしたんだ?」
後楽園の外に立つボス。殿下が「こんなもの落ちてました」と美沙子の左のイヤリングを見つけてくる。球場の脇の袋小路。マンホールの口があるだけの場所で見つけたと殿下。矢島の思考回路を考えるボス。「奴は日本を脱出するつもりかもれん。すると船か飛行機だ」。
下水道を捜索する殿下、ゴリさん、ジーパン。
夜明け。お茶の水運河からボートを発進させる矢島と美沙子。ジーパンもモーターボートで追跡。ゴリさんは車で追う。殿下もボートを操縦している。やがて浜離宮を抜けて、東京湾へ。ヘリが近づいてくる。ジーパン、ゴリさん、殿下、ヘリに気づく。桟橋にボートを横付けする矢島と美沙子。埠頭のヘリポートが目前。しかし、そこへ戸川組幹部たちが銃を構えてf近づいてくる。逃げ出す美沙子が撃たれる。「銃を捨てろ!」ゴリさん、殿下、ジーパンは戸川組と対決。ジーパンの空手技がいつものように炸裂。瀕死の美沙子を抱えて、ヘリポートへの階段を昇る矢島。
「美沙子、聞こえるか? ヘリだ。美沙子、行こう」
「私を置いて、一人で逃げて、お願い・・・私は、もうダメ・・・」
「美沙子!」
美沙子を抱えてヘリコプターに近づく矢島。「美沙子、勝った。俺たちが勝った」。満足げな矢島の腕の中で美沙子は絶命。目的を失った矢島は、その場で動けなくなる。そこへゴリさんとジーパン。矢島を逮捕する。
「矢島を捕らえました。美沙子は死んでます」。ジーパンの報告にボス、絶句する。
ヘリは何も知らずにチャーターされただけだった。美沙子の遺体を救急車が運んでいく。
ジーパン「バカな女だ。あんな男のためにあの人は・・・」
山さん「幸せだったかもしれんよ」
ジーパン「死んでしまったんですよ」
山さん「美沙子は自分で選んだんだ。自分の幸せをな・・・」
ボス「俺たちは犯人を捕まえた。それだけのことだ。行こう」。
山さんの「美沙子は自分で選んだんだ。自分の幸せをな」は、前半の「青春を過ぎた男にとって、一度惚れた女は、そうそう忘れられるもんじゃないんだ」を踏まえてのことば。銀行強盗とかつての愛人だった主婦の逃避行。という図式ではなく、美沙子もまた矢島を愛していたのである。だからこそ美沙子は「幸せだったかも」と中年の山さんがポツリとささやくシーンが深い印象を残す。鎌田敏夫脚本の素晴らしさ、魅力は、こうした心理を視聴者にさりげなく伝えてくれるところにもある。
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