太陽にほえろ! 1973・第59話「生命の代償」
この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。
第59話 生命の代償 (1973.8.31 脚本・石松愛弘 監督・斎藤光正)
永井久美(青木英美)
井村太一(小山田宗徳)
中光商事輸入促進課長(佐原健二)
本庁二課刑事(小笠原弘)
久野聖四郎
野崎康江(西朱実)
野崎良子(井岡文代)
佐瀬陽一
野口英行
井村和代(幾野道子)
中光商事常務(加賀邦男)
倉持部長(杉江広太郎)
予告篇の小林恭治さんのナレーション
「刑事野崎は自殺寸前の中年男を救った。逃げるように去っていく男の後に残された会社宛の封書。大手商社に渦巻く不正。企業の一歯車として歩み続けてきた男が、家族に残してやれる幸せとは? その時、男は自らを死に追いやるものへの戦いを決意した。次回「太陽にほえろ!」「命の代償にご期待ください」」
今回は久々の長さんこと野崎太郎刑事(下川辰平)主役回。ゲストにベテラン・小山田宗徳さん。東宝特撮映画でお馴染みの佐原健二さん。松竹のスターで、森川信さんと「ニコニコ大会追ひつ追はれつ」(1946年・川島雄三)で戦後初のキスシーンを演じた幾野美智子さんが小山田さんの妻役。サイレント時代からの時代劇俳優・加賀邦男さん、日活のバイプレイヤー・杉江弘太郎さんなどベテランがゲスト出演している。
小山田宗徳さんは、昭和35(1960)年に小沢昭一さんらと「俳優座小劇場」を立ち上げ、テレビドラマ、映画で活躍。洋画劇場のヘンリー・フォンダの吹き替えを生涯担当していた。「大都会PARTⅢ」(1977年)で、武井勉課長を演じている時に急逝。第31話「殺人計画No.4」が遺作となった。
長さんの妻・野崎康江(西朱実)、娘・野崎良子(井岡文代)がクレジットされているが、本編には登場しない。編集段階でオミットされたのだろう。
夏の日の夕方、新宿東口を行き交う人々。一日が終わり、家路に急ぐ人々。長さんはジーパンを誘って飲みに行こうとする。信号でサラリーマン井村太一(小山田宗徳)とすれ違う。虚ろな目つきの井村が気になる長さん。とりあえず、角打ちでと思ったが、若いジーパンが「とりあえずビールにしましょう」。店の自販機で缶ビールを飲む二人。銘柄はサッポロビール。そこへまた井村がフラフラと歩いてくる。長さん「ビールを飲むために生きているようなもんだ」。井村も小銭を出して自販機でビールを購入。近くの路上にしゃがみ込んでビールを飲む井村に、長さん「ちょっと様子が変だと思わないか」。ペーブメントで歌を歌いおかしな振る舞いをする井村が、どうしても気になる長さんは、彼をつけてみることに。
夜の新宿3丁目、アドホックビルの前で、長さん、井村にタバコの火を借りる素振りで声をかける。井村はそれを無視してビルの展望エレベーターへ。ティールームで、コーヒーを手につけず水を飲む井村を、遠くの席から見張る長さん。やがて井村は屋上へ。飛び降り自殺をしないかと長さん気が気ではない。フェンスを超えた井村に「バカなことするんじゃない」と飛びかかる。井村のメガネが下に落ち、我にかえる。「余計なことしやがって」と井村は立ち去る。長さんは逃げる井村を追う。「どこまで追っかけてくる気だ?」「何か心配事があったら」と声をかけても「冗談じゃない」と取り合わない、
アドホックビルは、新宿紀伊国屋書店の裏手にあるレジャービル。
家への帰途、長さんは井村が落とした封書を開く。それは遺書だった。
「私の不始末のために、会社に迷惑をかけ、信用を傷つけてしまいました。全て私の責任です。全くお詫びのしようもなく、死を選んだ次第です。どうかお許しください。井村太一」
捜査一係。昨日の顛末をボス、ゴリさん、山さん、ジーパンに話す長さん。遺書を見てゴリさん「この分じゃまたやりますよ。井村って男・・・」。長さんはボスに、2〜3日井村をマークさせて欲しいと頼む。「おいジーパン、お前も調査に付き合ってやれ」とボス。事件じゃないからと、不肖服のジーパンにボスは「人生勉強だと思え。若いだけが取り柄じゃないんだぞ」。
井村の勤務先の中光商事で、人事課長(久野聖四郎)に井村のことを尋ねる長さんとジーパン。「なにしろ我が社は大所帯ですからね」と口を濁す。久野聖四郎さんは久野征四郎として東宝の大部屋で活躍。この頃は加山雄三さんの運転手をしていた。北川欽三名義で加山さんの「雲の果てまで」や「びっこの仔犬」の作詞も手がけている。
井村は中光商事輸入部第三係長、52歳だから叩き上げだということが判明。中光商事社宅の井村宅をに向かう長さんとジーパン。部屋に入ることを躊躇する長さんに「行ったらいいじゃないですか」とジーパンが呆れ気味に背中を押す。揉めている二人の前を、井村の息子・実が通りかかり、ベランダから井村の妻・和代(幾野道子)が息子に声をかける。
ジーパンが訪ねると、部屋の中では、まだ寝ている井村を和代が「あなた早く」と起こす。今日は気分が悪いからと会社を休んでいる。和代が麦茶を出すとジーパン「砂糖はないですか?」「は?」「人生勉強が足りないもんですから、まず甘い方から」とジーパン。井村に自分が刑事で、昨日の「角刈りの男」の使いだと正直に話す。バツが悪そうに井村は「昨夜のことは誤解ですよ」。何かを隠しているようだが、普通のマイホームパパ。息子はジーパンに立ってみてくれと頼む。身長185センチ、体重76キロと聴いて、井村も、和代も、息子も感心する。パンツ一丁の息子を抱えたジーパン、井村に「ちょっと下の心配性に、ここの平和の姿を」とベランダへ向かう。
「ジーパン、お前、相変わらず無神経だな」
「しかし、ふた親が揃っているっていうのは、いいもんですね」
昨夜のことは、みんな誤解だと、井村のメッセージを伝えるジーパン。「まさか」と腑に落ちない山さん。
井村家の夕餉。井村は食事せずに「ちょっと散歩へ行ってくる」と下駄ばきで出ていく。何か屈託を抱えているようである。息子が「僕も散歩付き合うよ」と降りてくる。親子の会話。「どうして勉強しないんだ?」「なんだか気分が乗らなくてね」「そんないい加減な気持ちじゃ都立には入れんぞ」。井村は夜間大学を出て苦労してきているので、息子にはそんな思いはさせたくないのだ。「お父さんのいうことさえ聞いていれば間違いないんだ」反発する息子。どこにでもある光景である。
踏切の前で、長さんが井村に声をかける。「いっぱい行きましょう」。二人で飲む。「あんた幸せな人だ」と井村。自分は取り返しがつかない、このままでは、と諦め気味。とはいえ長さんの善意は嬉しい。トイレへ中座する井村。酒場では美空ひばりさんの「悲しい酒」(作詞・石本美由起 作曲・古賀政男)が流れている。結局、長さんは井村に巻かれてしまう。踏切に飛び込むのではないかと、必死に走る長さん。井村は小田急線の線路へ走る。「井村さん!」長さんの声が電車にかき消されてしまう。しかし、井村にはその勇気がなかった。ホッとする長さん。
「僕はもう死ねない。そうそうあんな恐ろしい目に・・・あんたに止められたからなんだよ!」
捜査一係。再び井村が自殺未遂をしたと長さんから聞いたジーパン。子供を残して勝手に死ぬなんて!ひどい親だと激怒。ジーパンは早く父親を殉職でなくしているから余計に腹が立つのだ。井村が自殺を諦めたからといって、このままでは済まないだろうとボス。会社に迷惑をかけたというのは、一体どういうことなのか?
ボスは、本庁の二課が中光商事を内定しているフシがあると、みんなに話す。二課は「汚職に経済犯。そうですねボス」と首を突っ込む久美。井村の役職が第三輸入部係長と聞いたボス「危ないポストだな」。
中光商事に出勤する井村。大会社らしく、無機質な社員たち。非人間的な組織として描いている。輸入促進課長(佐原健二)に、平身低頭に挨拶をする井村。相当卑屈な態度である。課長がめくばせをして、倉持部長(杉江広太郎)が近づいてくる「井村くん。ちょっと話があるんだよ」。
乗務室で倉持部長は、「まさか気が変わったわけじゃ無いだろうね」と釘を刺す。「警察が動き出すと真っ先にマークされるのは君だ。新聞ダネにでもなったら、家族に辛い思いをさせるんじゃないか。君のことは決して忘れないよ」。会社が存続する限り井村の妻と息子は一生保証するからと念を押す部長。遺書は、汚職の罪を井村独りに被せるために、おそらく部長が書かせたに違いない。
常務室へ、本庁二課刑事(小笠原弘)が訪れ、「輸出入贈賄容疑」で家宅捜索を始める。刑事は井村に任意同行を求める。そこへジーパンが現れる。本庁刑事「なんだ君は?」。結局、井村は本庁へ。
翌日、新聞に「大手商社に不正」と井村の写真とともに、行方不明金10数億と大々的に報じられる。井村の使い込みの話題で一係も持ちきり。しかし長さんは、井村は窓口に過ぎない。いくらなんでも10数億の金を使い込めるもんじゃないと、井村を擁護する。「彼を自殺に追い込んだ奴が張本人なんだ」。しかし本庁二課の事件じゃ、七曲署捜査一係ではなんともできない。
ボスによると井村は黙秘を続けている。山さんは「案外手こずるかもしれませんね。なにしろ死ぬ気になった男ですからね」。会社を庇って一生を台無しにしようとしている井村を「バカなやつだ」と心配する長さん。その時、ボスがジーパンがいないことに気づく。久美「彼、今日、休むそうです」。
中光商事社宅。悔しさ、寂しさを紛らわすように、ひとりでボールを壁に投げつけている井村の息子・実。そこへジーパンがやってくる。「どうしたんだ?」「どうもしてないよ」と立ち去る実。近所の奥さんたち、実を見て「泥棒がきたわよ」。ひどいなぁ。実の悔しさがわかるジーパン、黙って壁に向かってボールを投げる。それをキャッチする実。キャッチボールをするのではなく、壁に投げてバウンドした球を互いに受け止める。このシーンは、孤独を知っているジーパンならでは。良い場面!
警視庁から出てくる井村。黙秘を続けて粘り勝ちをしたようだ。ジーパンと長さんが井村を見張っている。そこへ輸入促進課長(佐原健二)の車が迎えにきて井村が乗る。その後をジーパンの車がつける。車内では倉持部長が「よく頑張ったね」と井村を労う。「しかし、警察も今度は本腰だな」「いずれにせよ、君の逮捕は時間の問題だね。じゃ頼んだよ、あの件。会社にはもう出てこなくていいから」。あくまでも自殺を促す気の部長。
社宅で降ろされる井村。「これから女房、子供に会うのか、彼も辛いところだな」と長さん。ジーパン、たまりかねて車を降りる。社宅の住人たちの井村への冷たい視線。やっとの思いで部屋に帰る井村。実は怒りを父にぶつける。「なんで中光商事なんかに入ったんだよ!」実は母・和代が恥ずかしくて買い物に行けなかったじゃないかとぶちまける。それを聞いた井村「親の気持ちもわからないで!」と実を殴る。「そんな父さんなんか、いない方がマシだよ!」実を殴り続ける井村。修羅場である。たまりかねた実、家を飛び出す。
ジーパン、井村家へ。
「ちょっと失礼します。息子にとって親父とは一体どういうものだと思っているんですか!」「息子さんをあのままにしちゃっていいですか?」「他人様には関係ないでしょう」「親父と息子のことを言ってるんです。親父ってのは強くなくちゃいけないんですよ。息子にとって親父ってのは憧れなんだ。その息子の期待を裏切るようなことは、やめてくださいよ」。
実の気持ちなって、井村に思いを伝えるジーパンの真剣な眼差し。それから長い時間。沈思黙考している井村。
翌日、中光商事。倉持部長に井村から電話。中光商事常務(加賀邦男)も同席している。井村は「常務も一緒なら尚更都合がいい。私はもう死ぬのはごめんだ!あんたたちの犠牲になるのはまっぴらだと言ってるんだ」。狼狽える倉持部長。井村は会社を辞める。退職金として中光グリーンタウンの分譲住宅を要求する。「気でも狂ったのか?」「私が死んだらどうせ、家族にくださる、約束だったじゃないですか」。妻和代名義の権利書も出来ているはずだ。午後四時に中央公園の噴水に倉持部長で一人で来るようにと井村はきっぱりと言い放つ。
「会社が不当に儲けた金に比べたら僅かなもんでしょう。私が逮捕されて喋ったら、何もかもふいになるんですよ」。自分には刑事の尾行がついているから下手な気を起こせば命取りになると倉持部長を脅す。
タクシーを拾って中央公園へ向かう井村。ジーパンと長さんの覆面車が追う。やがて噴水の前で倉持部長を待つ井村。公園でチンピラが若い女性に、いきなり襲いかかる。張り込んでいたジーパンと長さんが、飛び出てきて、チンピラともみ合いに。その時、井村にやくざ風の男が近づいてきて、井村を拉致してしまう。まんまと陽動作戦に引っかかってしまう。井村を乗せて逃走するクルマを追う、ジーパンと長さん。
「約束通り、自殺をしてもらうだけだよ」とやくざが凄む。クルマは渋滞に引っかかる。たまりかねたジーパン。クルマを降りて、井村たちのクルマを見つける。渋滞の車の上を飛び歩くジーパン。ついに井村の乗ったクルマの屋根に。まるで『大冒険』(1965年)の植木等さん。今回もジーパンが底力を発揮。長さんが必死に追う。屋根にしがみついたジーパンを振り落とそうとするヤクザを必死で止めようとする井村。かなり無茶なシーンだが、見ていて楽しい。「太陽にほえろ!」史上、最も派手なカースタントである。ジーパンは走るクルマのドアを開けて、車内へ入る。エノケンかよ!
最後は例によってジーパンの「怒りの鉄拳」が炸裂。今回は長さんもアクション! こうして中光商事の手先を一網打尽にする。その一部始終を見ていた井村。申し訳ない思いでいっぱい。ジーパン「あんたみたいな親父でも死んだら実くんが可哀想だ。でも井村さん、一体どういうことなのかを聞かなければなりません」と署に同行を求める。頷く井村。
捜査一係。「俺だって、彼の立場だったら、大人しく殺されるのを待っちゃいない。彼はやっぱり生きようとしたんだよ。女房子供のために。自分の身を犠牲にしてね」と長さん。「彼は立派な父親だ。誰よりも家庭の行く末を思い、家族を愛していたんだ」
ジーパンが出て行こうとする。久美「どこへ行くの?」「甘ったれのガキに会ってくるんだよ」。ジーパンは何もかもわかっている。「あいつは井村の息子に、昔の自分を見たんだよ」と山さん。ボス「さあ、後始末だ。とにかく井村の鬱憤を晴らしてやらないとな、なぁ長さん」と警視庁捜査二課に電話をかける。
今回は長さんが、小山田宗徳さん演じる井村の心情に共感し、ジーパンがその息子・実に自分の子供時代を重ねる。そのドラマと、クライマックスの派手なカーアクションのメリハリが効いている。こうした濃密なドラマを毎週、作り上げてきた作り手の胆力は本当に素晴らしい。話数の数だけ、さまざまなドラマがある。
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