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『おかる勘平』(1952年3月21日・東宝・マキノ雅弘)

 昨夜のCCU=忠臣蔵・シネマティック・ユニバースは、「忠臣蔵」中盤で観客の感涙を誘った「お軽と勘平」をモチーフにした舞台の映画化、エノケン=榎本健一と越路吹雪主演のバックステージもの『おかる勘平』(1952年3月21日・東宝・マキノ雅弘)を10数年ぶりに娯楽映画研究所シアターのスクリーンに投影。

 「お軽と勘平」の悲劇は、天保四(1833)年三月に、江戸河原崎座で上演された「仮名手本忠臣蔵」の三段目の「裏」として出された清元節による「道行旅路の花聟」が初上演となる。顔世御前(瑤泉院)の腰元・おかると逢引きして、お家の大事に居合わせることができなかった塩冶家の家臣・早野勘平(モデルは萱野三平)が、おかるの実家・山城国山崎(京都郊外)へと逃げてゆく。そこへ高師直(モデルは吉良上野介)の家来・鷺坂坂内が追いかけてきて・・・という展開。

「忠臣蔵映画」やドラマでは、ちょうど中盤の箸休め的なエピソードとして描かれる。三船プロの「大忠臣蔵」(1971年)では、第25話「悲恋お軽と勘平 その一」、第26話「同 その二」として、浅野家随一の鉄砲の名手・萱野三平(石坂浩二)と、瑤泉院の腰元・お軽(山本陽子)が、元禄十四年三月十四日に、逢引きをしていたために、浅野内匠頭刃傷事件に間に合わなかったことからおこる悲劇を時系列で描いている。歌舞伎や浄瑠璃では「早野勘平」とされているがと、小山田宗徳のナレーションで説明をして「萱野三平とお軽」の物語が情感たっぷりに、その悲劇的な死まで描かれる。当初は、吉永小百合がお軽を演じる予定だったが、結局は、同じ日活出身の山本陽子となった。

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 さて、エノケン&越路吹雪の帝劇ミュージカル「おかると勘平」は、帝劇文芸部作、崎政房 水守三郎演出による、まさに自由脚色の音楽喜劇。音楽は服部良一で、ブギウギやアーヴィング・バーリンの「アニーよ銃をとれ」の“Anything You Can Do”や、菊田一夫作詞による服部良一のラブソング「アイ・ラブ・ユー」などのモダンなナンバーが次々と登場する。
物語は「仮名手本忠臣蔵」からは相当かけ離れているが、お軽(越路吹雪)と勘平(エノケン)が塩冶家をしくじり、道行をしたものの、二人で生きていくには大変。そこで、お軽が吉原に身売りをして、花魁となる。そこに目をつけた鷺坂坂内(岸井明)が、花魁は売り物買い物ということで、お軽にご執心。ヤキモキする勘平。そして恐妻家の坂内の妻(橘薫)が嫉妬して・・・という展開。

帝劇/お軽と勘平プロ

映画には登場しないが帝劇「おかると勘平」のプログラムには、エノケンがオープニングで歌う「勘平の唄」が紹介されている。

♪あっしの生まれは東京で 東京と申しても 
(合唱)広うござんす
東京で育って浅草で 浅草と申しても 
(合唱)賑やかでござんす
カジノフォーリーの昔から こいつは狭くて
(合唱)小そうござんす
見かけは小さな野郎だが その代り目玉は
(合唱)大きうござんす

皆さんご御ヒイキ有がたい
舞台に出るのが二年ぶり
舞台の味は又格別
わたしや、うれしくてたまらない
どうぞ皆さん今後とも
又改めてごヒイキと
お願ひ申す榎本勘平 間近くよってしやっつら拝み奉れ
・・・これや、どうも失礼しました・・・

 秦豊吉プロデュースの帝劇ミュージカルは「第一回帝劇コミックオペラ モルガンお雪」(1951年2月6日〜3月27日)、「第二回帝劇ミュージックオペラ マダム貞奴」(6月6日〜7月29日)に続いて「第三回帝劇ミュージカルコメデー おかると勘平」(11月29日〜12月30日)で三作目となる。越路吹雪としても「モルガンお雪」(共演・古川緑波)、「マダム貞奴」(共演・山茶花究)に続いてこれが三度目の芸者役。エノケンとは映画『エノケンの天一坊』以来一年ぶりの共演、岸井明とはこれが初共演となる。劇中、岸井明の妻を演じる橘薫は、越路にとっては宝塚歌劇団の上級生に当たる。

 その舞台を映画化したわけではなくて、マキノ雅弘監督のアプローチは、「おかると勘平」上演中の帝劇のバックステージを舞台に、ベテラン喜劇人・羽根木健一(エノケン)と、トップ女優・山路吹雪(越路吹雪)、そして役者であることに悩みを抱いている岸明人(岸井明)たちの物語をさまざまなエピソードで綴っていく。バックステージものとして構成されている。なので舞台のシーンは帝劇で上演された「おかると勘平」をオリジナルキャストで再現。これが何よりの貴重な芸の記録となっている。小国英雄の脚本は、主演の三人だけでなく、日劇ダンシングチームの現役レビューガールたちが演じているダンサーにもスポットライトを浴びせている。

 映画は、稽古→初日→中日→千穐楽。と四部構成になっていて、帝劇の練習場で、山路吹雪とハネケンが、舞台の段取りをリハーサルするところから始まる。「アイ・ラブ・ユー」(作詞・菊田一夫 作曲・服部良一)をピアノ伴奏で歌う二人。越路吹雪もエノケンも“素の自分”を演じている。もちろん演技なのだけど、ああ、越路さんてこういう感じだったのね。エノケンさんて、やっぱり芸には厳しかったんだ。と、観客が本人をイメージする、いわばメタフィクションとして楽しめる。

 もう一人のスター、巨漢が売り物の岸明人は、食堂でカツライスの大盛りを食べようとしていると、リハーサルの声がかかって食べられず、大いにクサる。これが三回ほどルーティンギャグで描かれる。慌てて稽古場に上がっていくと、遅刻してきたダンサー・高砂松子(岡田茉莉子)とぶつかる。“サゴちゃん”のニックネームの松子は、毎日遅刻しているが、何か屈託を抱えているようだ。それが明らかになるのが千穐楽の開演直前となる。

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 稽古場で、岸は女房役・戸山霞(橘薫)と、掛け合いソング“Anything You Can Do”のデュエットを練習。この二人は、戦時中のマキノ正博監督の音楽映画『ハナ子さん』(1943年・東宝)でも“山田さん夫妻”を演じている。映画『アニーよ銃をとれ』(1950年)が日本で公開されたのが昭和26(1951)年10月10日で、「おかると勘平」の初日が11月29日だから、映画公開の翌月に帝劇で歌われたことになる。とはいえ服部良一は、笠置シヅ子と一緒に、昭和25(1950)年6月から11月にかけて渡米。ハリウッドで『アニーよ銃をとれ』のベティ・ハットンと会っている。なので、その時にこの曲を“仕入れた”のだろう。

 “Anything You Can Do”は、アニー・オークレー(ベティ・ハットン)とフランク・バトラー(ハワード・キール)、タイプの違う二人が、それぞれの好みや主張でぶつかり合う様を歌った「唄げんか」のナンバー。この「おかると勘平」でも、鷺坂坂内夫妻、おかると勘平のデュエット・ソングとして随所で歌われる。エノケンと越路吹雪の掛け合いは、こんな感じである。

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(越路)♪私はいつもあなたより なんでも素敵、素敵
(榎本)♪冗談でしょ?
(越路)素敵ですよ
(榎本)とんでもない
(越路)素敵です
(榎本)とんでもハップン
(越路)素敵です
(榎本)とんでもハップンです

(越路)♪私はいつもあなたより 背が高いでしょ どうです?
(榎本)冗談でしょ?
(越路)高いです
(榎本)♪僕だってこんなに 高いよ(台に乗って)
(越路)低いわ
(榎本)高い
(越路)低い
(榎本)高い
(越路)低い

(越路)♪私はいつでもあなたより 素敵よ実際 素敵よ
(榎本)僕だってなんでも 負けない 負けない
(越路)ほほう
(榎本)♪私はいつもあなたより 目玉がでかい どうです?
(越路)私も大きい
(榎本)ダメダメちっちゃい
(越路)私の方が大きいわ
(榎本)私の方が大きい
(越路)私の方が大きいわ
(榎本)私の方が大きい

とまあ、こんな調子である。映画『アニーよ銃をとれ』(10月)→舞台「おかると勘平」(12月)→映画『おかる勘平』(3月)と、わずか半年の間に、スタンダード化されているのだ。この掛け合いは、昭和42(1967)年、帝劇の近くの日生劇場で中継録画された「植木等ショー」第一回「江利チエミと共に」で、植木等と江利チエミが再現している。江利チエミが「アニーよ銃をとれ」を上演していたことでのナンバーだが、人々の記憶には“エノケンと越路吹雪”があった時代である。

 さてこの歌のように、羽根木健一(エノケン)と山路吹雪(越路吹雪)は全く違うタイプのスターとして描かれている。羽根木は、戦前、浅草で「ハネケン一座」で一世を風靡。当時の座員たちも多く、帝劇の舞台に出ている。幹部格の塙沖一(如月寛多)、今は引退して近くでおでん屋を営む・三好青海(中村是好)。演じる二人はエノケン一座出身。若い時に、意中の彼女から、その容姿を笑われて大失恋して以来「女人禁制」の芸一筋の人生を歩んでいる。マネージャーの根岸天外(田島辰夫)もエノケン一座出身で、ハネケンのマネージャーに対するぞんざいな態度も、リアルである。そんなハネケンは、山路吹雪にほのかな恋愛感情を抱いている。

 一方、山路吹雪は、(おそらく)歌劇団出身のレビューの女王で、舞台に生きがいを感じているが、長年付き合っていた恋人・相馬直彦(竜崎一郎)と近く結婚予定。女優としての山路吹雪に対して理解のない直彦の結婚の条件は「引退すること」。なので、この「おかると勘平」をラストステージと決意している。その吹雪の付き人として、身の回りの世話をしている桜井とも子(木匠久美子)は、完璧な付き人であり、吹雪の最大の理解者。女性だが吹雪へ付き人以上の感情を抱いている。まるで越路吹雪さんと岩谷時子先生の関係を見るようで、さりげないカットに、彼女の吹雪への感情が滲み出ている。この辺りの演出、さすがマキノ雅弘である。

 レビューガールたちに待望の給料が支給された日。舞台から女の子が戻ってくると、全員貰ったばかりのギャラを「楽屋ドロ」に盗まれてしまい、大泣きとなる。それを知ったハネケン先生、ポケットマネーで補填しようとするが、財布には3300円しかない。貯金も5千円しかないので無理。そこで、マネージャーを通して、座員に高利で金を貸している食堂のおばさんから50000円を借金して、レビューガールたちに「給料の代わり」として配る。自分の名前は絶対に出さないようにと。実際にこういうエピソードがあったんだろうなと思わせる。エノケンの人徳、を映画的に描いたイイシーンである。

 そのレビューガールの中に、N D T(日劇ダンシングチーム)在籍中だった、北原三枝を発見。セリフは一つしかないが、岡田茉莉子と並んでいてもその美しさは遜色ない。またN D Tのトップスターとして昭和30年代、「お姐ちゃんシリーズ」で映画にも進出した重山規子もセリフのある役で登場。やはり際立っている。

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 演出家の牛島牛太郎(森健二)が、物語の狂言回しを担っている。マキノ雅弘監督の「次郎長三国志」シリーズで関東綱五郎を演じる森健二が、破格の抜擢、と言う感じで、楽屋を駆け回り、さまざまなエピソードを繋いでいく。舞台の“勅使”役に、セリフは三つしかないが、かつて帝劇の舞台でならした往年のスター・伊達満(市川小文治)がキャスティングされる。座長格だった男が脇役に回る悲劇。初日、開演直前になり、伊達がゴテていると聞いて、牛島が大部屋に慌てて飛び込んで、降りると言い張る伊達を宥める。このシーンも、実際にあったんだろうな、と思わせる。

 ベテランの市川小文治の芝居がいい。なんたって、マキノ雅弘監督の父・マキノ省三監督『忠魂義烈 実録忠臣蔵』(1922年・マキノプロ)で、吉良上野介と片岡源五右衛門の二役を演じた「忠臣蔵映画」スターでもある。結局、牛島の機転で、幹部俳優の楽屋に移動してことなきを得る。

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 この幹部俳優が、塙沖一(如月寛多)や、綿貫次男(田武謙三)たち。なかでも新劇一筋で「スタニスラフスキーは・・・」なんて演説している青田伍作(沢村いき雄)がおかしい。戦後、東宝特撮映画やサラリーマン喜劇などのバイプレイヤーのイメージが強い、沢村いき雄は大正10(1921)年、沢村宗十郎門下として初舞台、戦前は前進座、ムーラン・ルージュ新宿座などの舞台を踏んでいたベテラン。戦後映画に転身した人だけに、インテリ演劇人のカリカチュアが見事。

 こうしたエピソードの数々の合間に、舞台「おかると勘平」のハイライトシーンがたっぷりインサートされる。幕間で鷺坂坂内の妻を演じる戸山霞(橘薫)と渡辺綱(山田周平)の道行きがあるのだが、渡辺が戸山から借金をしていて、観客にわからないように催促され、謝る。これが初日、中日、楽日と、ルーティーンの笑いとなる。もちろん、エノケンと越路吹雪のデュエットが最大の見せ場。エノケンと越路吹雪が、浄瑠璃の人形の扮装をして「道行旅路の花聟」を再現するナンバーもある。

 中日には、山路吹雪のフィアンセ・相馬直彦(竜崎一郎)が最前列で見ていて、山路吹雪はウットリ、ハネケンは気が気ではない。そこで二人が歌う「アイ・ラブ・ユー」が素晴らしい。

(越路)アイ・ラブ・ユー アイ・ラブ・ユー
    あなたとなら どこまでも
(榎本)アイ・ラブ・ユー アイ・ラブ・ユー
    地球の果てまでも
(越路)恋は楽しく 
(榎本)恋は悩ましく
(越路)雨の日も
(榎本)風の日も
(二人)いつもささやく アイ・ラブ・ユー

 こうした悲喜交交のエピソードを展開しながら千穐楽を迎える。「結婚引退」を吹雪から聞いて意気消沈のハネケン、開幕直前に最愛の母の訃報が入って泣き崩れる“サゴちゃん”(岡田茉莉子)、恋人のラストステージを見届けにきた直彦・・・。それぞれのドラマのフィナーレが近づく。「サゴちゃん、お帰りなさい、ね」と山路吹雪に言われるが「いえ先生、舞台をやらして、やらしてください。でないとお母さんに叱られます」とキッパリ答える。ショー・マスト・ゴー・オンの精神である。

 千穐楽のステージは、ダンサーたちの踊りに続いて、花魁姿でオーストリッチの扇を靡かせて遊郭の階段を降りてくるおかるが歌う「フジヤマ・ゲイシャ」のブギウギナンバー。服部良一のブギウギ・ソングの楽しさが、ここで一気に爆発する。

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♪フジヤマ ニッポン 花盛り
  ゲイシャ・ガールは 色盛り
  歌麿から抜け出し 広重から飛び出し
  あらま お久しぶりだわ
  三味線担いで ブギウギ
  アメリカ口紅 
  マチスやピカソの 帯模様
  ハローカモン! こんばんは
  ハロー あなたはワンダフル!
  チラリ チラリ 心を溶かす
  色目 流し目
  その日 その夜を暮らす

  それがゲイシャ・ガールよ
  なんと のんきな いそがし 嬉しい
  悲しい 楽しい 苦しい 素晴らしい
  素晴らしい 素晴らしい ああ
  おお ワンダフル ゲイシャガール

 笠置シヅ子のブギウギも素晴らしいが、越路吹雪の色気が加わるとまた味わいが深くなる。スピーディな演奏、ゴキゲンなリズムに、ああ、昭和26年にタイムスリップしたくなる!そしてフィナーレ

(岸井)私の大事な 薫代さん
(橘) てなこと言うのも ここだけで
(榎本)浮気も 喧嘩も 忘れましょ
(越路)男も女も お互いに
(全員)愛すればこその 喧嘩です
    めでたくおさまり ハッピーエンド

 そして、越路吹雪とエノケンの「金毘羅ブギー」でダンサー総出演でステージの幕が閉じる。千穐楽が終わり、山路吹雪は惜しまれつつ、恋人・直彦の車に乗って劇場を去る。それぞれが別れを告げ、宴が終わった後の寂しさがしんみりと描かれる。こうした千穐楽の別れを繰り返した帝国劇場の夜は更けてゆく・・・が、その後、あと口の良いラストシーンが待っている。これぞショー・マスト・ゴー・オンの精神。バックステージ映画の傑作である。

この映画の三年後、昭和30(1955)年11月、東京宝塚劇場での「東宝歌舞伎十一月公演 お軽と勘平」で、エノケンと越路吹雪が舞台で再演している。

帝劇/お軽と勘平プロ3


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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