『女軍突撃隊』(1936年1月22日・P.C.L.・木村荘十二)
戦前モダン喜劇数あれど、その最高作の一つが、中野実原作による戦前ウーマンパワー・コメディ『女軍突撃隊』(1936年1月22日・P.C.L.・木村荘十二)である。PCLのトップ女優・堤眞佐子が「秘密探偵社」に志願して女性探偵となり「女性の権利をあらゆる障害、問題から守るため」身を挺して調査をする「女性探偵もの」。相棒には女学校時代の親友・神田千鶴子が扮して、さまざまな事件に取り組む。いわば「プレイガール」や「009ノ一」のルーツともいうべき革新作。で1960年代のお色気路線では、やはり男性目線だったが、本作は「女性のために女性が闘う」というスタンスが明確で、こうした映画が作られていたことに、改めて驚いた。
東宝では、戦後、白川由美主演の『女探偵物語 女性SOS』(1958年・丸林久信)が作られることになるが、これはその遥かなるルーツでもある。原作は中野実の直木賞候補作となった、1935(昭和10)年1月から12月まで「主婦之友」誌上で連載されたユーモア小説。連載時には、挿絵画家で漫画家・田中比左良の挿絵が二色刷りで掲載され、ヒロインのファッションが読者の注目の的だった。
その人気絶頂のなか、映画化が企画された。脚色は永見隆二、監督はP.C.L.のモダンなカラーを作った一人である木村荘十二。カメラはハリー三村こと三村明。音楽は紙恭輔、演奏はP.C.L.管弦楽団。
ヒロインの由利三岐子には、PCLでモダンガールから和装婦人、女学生など、さまざまなキャラを演じてきた堤眞佐子。彼女のモダンな雰囲気を最大限に活かした企画でもある。少しぽっちゃりして、昔風の顔立ちなのだが、断髪、洋装のモダンな女探偵を生き生きと演じている。彼女のベストアクトの一つだろう。由利三岐子は、男性中心社会のなかで、女性があらゆる局面で虐げられていることに憤慨、不幸な女性を救うべく、女探偵に志願する。
東秘密探偵社・探偵局長(小島洋々)に、紹介の骨折りをしたのが、彼女の兄で冴えないサラリーマンの正一(宇留木浩)。ぬぼーっとした表情と、のんびりした態度。他の映画でもそうなのだが、これが宇留木浩のイメージだったのだろう。小島洋々の局長はいかにも昔ながらの探偵、というタイプで、「虐げられている女性を救うため」と探偵志願をした堤眞佐子を最初はいぶかしがる。
ところが由利三岐子は、この一年間、女性が泣かされた記事のスクラップノートを局長に見せて、女性である自分が、女性を救わねばならないと力説。さらに講道館で柔道をマスターしているからと、探偵・伊村くん(藤原釜足)に一本背負いをかまそうとする。プレゼンが功を奏して三岐子は無事採用と相成る。
その祝いにと、三岐子は兄・正一と銀座へ映画と支那料理をご馳走になりに出かける。その日劇のロビーでばったり会ったのが、女学校時代の親友・マルちゃんこと丸子(神田千鶴子)と、その友人で男爵令嬢・花園和子(宮野照子)。そこで和子は、縁談相手である池谷銀行頭取の長男・正太郎(北澤彪)との縁談があり、相手が相当なドンファンらしいというので、素行調査を三岐子に依頼。これが女探偵としての初仕事となる。
翌朝、池谷家に女中として入り込むために、相棒の伊村くんに頼んで、池谷家の犬を誘拐させ、三岐子はそれを届けに行く。田舎から出てきて右も左もわからない娘・ミキになりきって、池谷夫人(細川ちか子)に取り入って、無事に女中となる。夫人からは「くれぐれも」長男・正太郎の部屋に近づかないようにと釘を刺され、長男が女に手が早いことが匂わされる。
そこで三岐子は、正太郎の部屋へ、ベッドで横になっている長男はコールマン髭を生やして、いかにも「女の敵」という感じ。若き日の北澤彪が、いやらしいまでに好演。そこへ電話がかかってきて、長男の代わりに三岐子が出る。家出をして事業を成功させた次男・輝夫から「神田神保町のおでん屋へ来て欲しい」という内容。これで手がかりを得られたと大喜びも三岐子。正太郎がその身体に手を回したところで、花の一本背負い! ああ、昭和11年に、こんなプレイガール的な描写があったとは!
夕方、神保町のおでん屋に、マルちゃんと二人で入る三岐子。カウンターにはすでに、学生服姿の伊村くんが赤ら顔で飲んでいる。潜入捜査なのにすでに出来上がっているのがおかしい。カウンターにはおでん屋の主人らしき男(佐伯秀男)が一人で切り盛り。「おでんには一本つけるのが常識よ」と飲み始める三岐子。カウンターで酒を飲むモダンガール。これも先端的である。店の主人らしき男は、置いてあった本の署名から、家出中の池谷輝夫であると確信した三岐子。奥で赤ん坊が泣いていて、慌てて輝夫が中に入るも、赤ん坊をあやすのは三岐子が上手。そこへ赤ちゃんの母・おつた(澤蘭子)が戻ってくる。
おつたは、池谷家の女中だったが、正太郎のお手つきとなり妊娠。私生児を産んだものの、正太郎は認知しない。義憤に感じた輝夫が、おつたの世話をしていることが判明。これで男爵令嬢・花園和子の縁談相手の素行が明らかになったと、三岐子とマルちゃんは初仕事に手応えを感じる。
そして伊村くんと三人で銀座へ。日本劇場で、先夜、観そびれたロードショーを見ようとしたが、局長からの依頼があり、事務所へ。今後の事件は、銀座の宝石商・秋元(森野鍛治哉)がどうやら浮気をしていると、秋元夫人(清川虹子)からの依頼。結婚して30年、バナナの叩き売りからスタートして今では立派な宝石商となったが、芸者遊びに入れ上げている夫の「愛を取り戻したい」という依頼に、三岐子は大ハリキリ。
夜行で大阪へ出張するという秋元の行動が怪しいと、三岐子とマルちゃんは同じ汽車に乗る。案の定新橋から、女将(清川玉枝)と芸者・秀奴(高尾光子)が、熱海行きの切符を買って乗ってくる。マルちゃんは秋元夫人に連絡のため下車、翌日、三岐子の筋書き通りに、秋元をギャフンと言わせる作戦である。熱海の旅館で、秋元の隣の部屋をとった三岐子は、銀座フロリダのダンサーに化けて、秀奴と仲良しになり、彼女の貞操を守り抜く。秋元は鼻の下を伸ばして家族風呂の湯船に浸かるが。待てど暮らせど、秀奴はこない。のぼせて真っ赤に。ムーラン・ルージュ新宿座の人気者・森野鍛治哉のなんとも言えない芝居がおかしい。
翌朝、女将の後をおって秀奴は東京へ。それを知って唖然とする秋元に「ダンサーじゃお嫌?」とお色気攻撃。二人は腕を組んで、熱海散策へ。ちょうど秋元夫人と、伊村くん、マルちゃんが到着。秋元夫人は、若い学生!(またしても伊村くん)とお忍び旅行の体。それを秋元に目撃させる三岐子。案の定、嫉妬した秋元は、女房に詰め寄るも、三岐子が全てのネタをバラして、秋元夫妻は元の鞘に収まる。
といった感じで、次から次へと事件が発生し、それを三岐子の機転とマルちゃんのサポートで解決していく。クライマックスは、秋元夫人の姪・時子(菊川郁子)の縁談相手の素行調査。その相手がなんと、三岐子が恋をし始めていた池谷輝夫で、しかも時子が本当に愛しているのは、三岐子の兄・正一で、というややこしい事態に。果たしてこのもつれた糸は? また、正太郎はおつたの子を認知するのか?
木村荘十二監督の演出もテンポが良く、女性映画だけあって、女優陣がいずれもチャーミングに撮られている。堤眞佐子も、神田千鶴子も、これまでのどの映画よりもキラキラと輝いていて実に魅力的。この頃のPCL映画らしく、東京ロケーションもまるでハリウッド映画のようで、なかなか楽しい。特に有楽町日劇の前、切符売り場での芝居シーンは、日劇の建物のディティールがよくわかる。後半、正一から恋人の話を三岐子が打ち明けられるシーン。ドラゴン石油のガスステーションのアールデコの建物がかっこいい。その向かい、マルちゃんと三岐子がパフェを食べている喫茶室もモダンで、いかにもP.C.L.映画という感じである。
戦前の映画で、ここまで「女性の人権擁護」「女性の職業的自立」を前面に打ち出した作品が作られていたとは! これには本当に驚いた。フェミニズムをテーマに、女の子たちの生き生きとした活躍が、明るい笑いのなかで描かれている。男性の都合で、泣かされてる女性を救済するために立ち上がるヒロインがいい。『女軍突撃隊』という勇ましいタイトルは、はるかのちの「女性上位時代」を予見させるが、この映画の翌年に日中戦争がはじまり、5年後には太平洋戦争開戦…と考えると複雑な気持ちになる。