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『ハリキリ・ボーイ』(1937年4月14日・P .C. L.・大谷俊夫)

 古川ロッパの代表曲にして、映画の代表作『ハリキリ・ボーイ』(1937年4月14日・P .C. L.・大谷俊夫)はまず「歌ありき」だった。昭和11(1936)年6月4日に「まんざら悪くない」と共にレコーディングした「ハリキリ・ボーイ」(作詞・佐伯孝夫 作編曲・三宅幹夫)は、渡邉はま子の「とんがらかっちゃ駄目よ」のカップリングとして昭和11年9月にビクターからリリースされた。サラリーマンの心情を歌ったコミカルなノヴェルティ・ソングだが、この曲を元に、同年10月の古川ロッパ一座有楽座公演「ハリキリ・ボーイ」(古川緑波作)として劇化。ちなみに同時上演は菊田一夫作「ギャング河内山宗俊」だった。

 この舞台が好評でP. C .L.が映画化。舞台の台本を阪田英一が脚色しているので、ストーリーは至ってシンプル。恐妻家のサラリーマン・野川三平(ロッパ)が月に一度のハリキリ・デー(給料日)に、女房・よね子(三益愛子)と真っ直ぐ帰宅することを約束。ところがハリキリ袋(月給)を手にして気持ちが大きくなって、同僚・前田君(藤原釜足)と飲みに行ってしまい、月給を使い果たして午前様。家では女房が角を出していた。というお話。

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 それだけのストーリーに、とにかく歌が次々と登場。ロッパ、能勢妙子、岸井明、藤原釜足、徳山璉、神田千鶴子、江戸川蘭子と、歌える“お馴染みの面々”が、会社で、カフェーで、喫茶店で、路上で、歌いまくるのである。それを眺めているだけで眼福。戦後、東宝名物となる「サラリーマン映画」のルーツでもあり、そのバリエーションである「クレージー映画」の遙かなるルーツでもある。とにかくロッパの野川三平のキャラクター造形が楽しい。家ではぐうだら亭主で、会社では若い娘に鼻の下を伸ばし、上司にはおべんちゃらが言えない。一度酒が入れば「酔えば天国」とばかりに気持ちが大きくなる。昭和12(1937)年、都会のサラリーマン生活をカリカチュアしているとはいえ、いつの時代も変わらない、その日常は、観ていてホッとする。

 監督の大谷俊夫は、日活多摩川でオムニバス映画『わたしがお嫁に行ったなら』(1935年)や、杉狂児と星玲子のデュエット曲をフィーチャーした『のぞかれた花嫁』(同年)など明朗喜劇を手がけて、その手腕が認められてP. C .L.に移籍。エンタツ・アチャコの漫才映画『心臓が強い』(1937年1月14日)を手がけ、続いて撮ったのが、この『ハリキリ・ボーイ』である。ロッパ映画や、岸井明と藤原釜足の「じゃがたらコムビ」映画、エノケン映画など、東宝モダン喜劇のエースとなっていく。その後、満映に映って数々の国策映画を撮ることとなる。

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 いつもの朝。野川家では亭主・三平(ロッパ)が寝坊している。妻・よね子(三益愛子)は今日はハリキリデー(給料日)ということで、いそいそと朝の支度。「遅刻するじゃないの!」と言葉はキツイが、甲斐甲斐しく面倒を観ている。野川は歯磨きしながらまだ寝ている。「今日は、あなた、何日だと思ってらっしゃるの?」「月に一度のハリキリ・デーだと思ってるよ!」。月給日となると、俄然サービスがよくなる女房。晩御飯のリクエストを訊く。「エビフライとトンカツ」なんて贅沢な亭主! 先月のハリキリ・デーも野川は、途中でカフェーに引っ掛かり、給料を飲んでしまったという前科が明らかになる。今月はそんな失敗はしないと固く約束して、出勤。

 世田谷区北沢の住宅地。野川が口笛で「♪楽しい僕等 Sitting on a Five-Barred Gate」を吹きながらバス停に向かう。途中から同僚の小田君(岸井明)が合流して、口笛のデュエットとなる。この「♪楽しい僕等」は昭和11(1936)年9月に岸井明がレコードをリリースしている。イギリスのソングライター、スタンリー・ダマエルの曲。モダンで楽しい、ハリキリ・デーの朝、という感じである。

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 丸の内方面行きのバス停には、やはり同僚の前田君(藤原釜足)が待っていて、これまたウキウキしている。そこへバスがやってくるが満員。バスガール「重量制限がございます」と巨漢の小田君を乗車拒否、ついでに前田君もノリそびれてしまう。しめたとばかりに野川君、バスのステップから二人に傘を振る。今日は午後から荒れ模様と、よね子が傘を持たせたのである。バスガール「お危のうございます」と優しい。ロッパ「もてりゃ、まんざら悪くない」

 そこでB G Mは、ロッパが昭和11(1936)年10月にリリースした「♪まんざら悪くない」(作詞・佐伯孝夫 作曲・高木静夫)のインストとなる。音楽監督・鈴木静一編曲、P.C.L.管弦楽団の演奏がスピーディで楽しい。バスは都心へと入り、東京風景がモンタージュされる。このモダニズム! 戦後の「明るく楽しい東宝映画」のモダンなイメージは、この頃に培われたことがよくわかる。

 野川君は、早めにオフィスに到着。そこへ可愛いタイピスト・ほよ子(能勢妙子)。窓を開けて、朗らかに「♪タイピストの唄」を唄う。能勢妙子はロッパ一座の花形女優で、昭和10(1935)年ビクターから歌手としてもデビュー。ベビー・ヴォイスの戦前のアイドル的な存在。ここでも猫撫で声で、野川君に「一円貸してよ。恩に着るわよ。あたし大好きよ」なと殺し文句で、まんまと一円をせしめてしまう。鼻の下を伸ばす野川くん。「何だかヘンみたいだな」の一言から、音楽は「♪まんざら悪くない」となり、ロッパが歌い出す。♪貸した金は 戻らないが モテりゃ まんざら悪くない の歌詞のフレーズからの発想の場面だが、この歌が鮮やかなオチとなる。この音楽演出の楽しさ!

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 朝の出勤風景。ビル街、サラリーマン、女子社員たちが次々とビルに飲み込まれていく。バスに乗り遅れた二人、小田君と前田君もようやくビルへ。このビルの外景は、日比谷にあった三信ビルディングでロケーション。昭和4年に竣工された近代建築で2007年に取り壊されるまで日比谷のランドマークだった。このビルもモダン東京の象徴。

 オフィスでは野川君たちの上司である村上課長(杉寛)が、朝からほよ子に鼻の下を伸ばしている。今でいうセクハラ、モラハラ上司なのだが、これがギャグになっていた時代。ほよ子は、密かに小田君(岸井明)と交際していたが、お互いのサラリーが十円ずつ上がるまでは結婚できないと決めていた。この村上課長のモーションが執拗で、小田君は気が気じゃない。しかしちゃっかり屋のほよ子は、課長の鼻の下を利用してサラリーをあげてもらえればと、気があるそぶりをしている。

 一方、野川君の女房・よね子(三益愛子)は、日本髪に結って、夜のおかずの買い物へ。そこで前田君の細君と息子にばったり会う。前田家でも今夜は、真っ直ぐご帰還の予定。「僕んとこもご馳走だよ」と坊や。よね子、ご機嫌でいそいそと買い物へ。

 会社ではいよいよ待望のハリキリ袋(給料)の支給となる。ロッパ一座の座員たち扮するサラリーマンが、待望の月給に大喜び。ミュージカル仕立てで、その喜びが表現されるが、会社の廊下には、虎視眈々と月賦取り、借金取りが待ち構えている。のちの世代には「こち亀」の両さんの給料日に、プラモ屋たちが待ち構えているエピソードがお馴染みだが、そのルーツともいうべきシークエンス(笑) 借金取りの一人がリードヴォーカルとなり、ここで「♪コロッケの歌」の替え歌となる。

♪今日は皆さんのサラリーデー
どうでもこうでも 払わせようと
(コーラス)払わせようと
みんな揃って 待っていました
払ってください お勘定
(サラリーマン)待ってくれ
(月賦取り)待てん
(サラリーマン)待ってくれ
(月賦取り)やーよ

「今日はどうでも払ってください。もし払わぬなんぞと言うなら」課長に言いつけるだの、お宅へ伺いましょうか?と、借金取りは執拗に迫る。観念したサラリーマンたち、ハリキリ袋からお札を出しながら唄うは、「♪オールド・ブラック・ジョー」の替え歌。

♪月に一度 二度とない
哀れ悲しき サラリー・デー
月給袋を 貰っても
すぐに借金取りが 来る

泣いたり 笑ったり
心細だよ 月給もらえば
皆来たり

月に一度 二度とない
哀れ悲しき サラリー・デー
月給袋を 貰っても
すぐに借金取りが 来る

 舞台で歌われたものをそのまま映画で再現しているのだが、このオペレッタ展開が楽しい。ロッパ一座の芝居のモダンさを(片鱗であるが)味わうことができる。さて、野川くん(ロッパ)がトイレで一人、ほくそ笑みながら、悦に入っている。「いくら入っているか、って開けてみなくてもちゃんとわかってるんだけど、妙なもんで、やっぱり袋を破いてみないと、落ち着かない。幸いあたりに人もなし。どれちょいと、破いて中身を見物しようかな?」

 その独り言を、トイレの外で聞いていた前田君(藤原釜足)が、野川君を屋上に誘い、自分の密かな楽しみ(サラリー袋の中身を数える)を告白。二人で思う存分数えているうちに、気持ちが大きくなり「ね、前田くん、久しぶりに(一杯)どうだい?あんまり遅くならない程度に、僕が奢るがね」。前田くん「君のサラリー袋が軽くならない程度に、奢られるかな」と、交渉成立。やがて5時の終業時間となる。

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 廊下では小田君(岸井明)がほよ子(能勢妙子)の帰り支度を待っている。「今日は貧弱ながら、ポケットにはお札ってものが入ってるんだ。久しぶりに銀座へノそうよ」とランデブーの約束。ほよ子も「あたしだってハリキリ袋を持ってるのよ、ビフテキぐらい奢るわよ」とご機嫌。まだ課長が帰っていないからと、ほよ子は小田君といつもの喫茶店で待ち合わせすることに。「じゃちょっとだけサヨナラ」と別れる。しかし課長は、ほよ子に昇給をちらつかせて食事に誘う。全くモラハラ、セクハラ課長である。

 5時半、野川家の食卓にはトンカツ、エビフライが並び、よね子がおめかしして亭主の帰ってくるのを待ち構えている。

 その頃、野川君は前田君とおでん屋で一杯。そのうち「カフェー行こうか?」「ちょっと寄って行こうか?」「帰りが遅くならない程度にな」「月給袋が軽くならない程度にな」

 ここでラジオ局のスタジオ。「只今から、修養唱歌のお時間でございます。唱歌はおなじみの徳山璉さんがお歌いになります。」そこで徳山璉登場。「修養唱歌 題して『賢夫人』」と歌い出す。

♪サラリーマンよ やよ聞けよ
月に一度の この良き日
忘るな 今日の 月給日
されどもしばし 青春を
讃えんことも 忘るまじ
夜の酒場に 友は待つ

家には妻も 化粧して
待てば カイロの 日よりかな
許せよ 妻よ 今夜だけ

昔 恋人たりし時
女は男を 待たせたり
その罪 今ぞ 報い込む

それゆえ妻は 笑顔して
狭い我が家に 待つこころ
サラリーマンの 賢夫人

既に気分は 出にけり
ネオンサインは 輝けり
それ進みゆけ サラリーマン

 歌がどんどんエスカレートしてきて、アナウンサーはついに徳山璉を歯がいじめして止めようとするギャグで、シーンはオチとなる。

 さて、野川君たちは、いよいよカフェーへ。先月、ここで有り金叩いてしまったのに、懲りずに野川君、やってくる。女給たちは良いカモがきたとばかりに、カクテル奢って!の連発。いつの世にも変わらない。ここでむしりとられるのだ。このカフェーのシークエンスからエンディングまでが、この『ハリキリ・ボーイ』のハイライト。次々と歌が唄われ、ミュージカル・シーンが続いていく。まずは女給たちが「♪お酒良いもの」を大合唱。

♪お酒良いもの たらふくお飲み
どうせこの世は 酒よ酒
お酒よ お酒
みなお飲み
飲めば はればれ 気が晴れる

♪お客可愛や 酒飲むお客
酔ってクダまきゃ なお可愛い
お客よ お客
さあさお飲み
飲めば はればれ 気が晴れる

 一方、銀座の喫茶店では、小田君が何時間も、恋人・ほよ子を待ち侘びている。野川家では妻・よね子に角が生えて怒り心頭の時間。カフェーでは、放送を終えた徳山璉が、もらったばかりのギャラを女給たちに気前よく配っている。「もう一度歌ってよ」のリクエストに歌い出すが、酔っ払って唄うことができない(笑)。

 野川君と前田君。しこたま酔っているうちに、魂が幽体離脱して、二人で自己正当化を始める。結局「今日、このチャンスを外さずに大いに飲もう! クヨクヨするなサラリーマン、ハリキレハリキレサラリーマン」と気持ちがさらに大きくなって、女給たちと、藤山一郎のヒット曲「♪チェリオ!」を歌い出す。

♪チェリオ! チェリオ!
 夢ではないかしら

 ここで「唄ふ女給」神田千鶴子も参加して、大ミュージカル・ナンバーとなる。さらには花売り娘(江戸川蘭子)が店に入ってきて、酔った野川君の目には、花売り娘が二人に増殖。江戸川蘭子が「♪めしませ愛の花を」と歌い出して、これまたハリウッド・ミュージカルもかくやのプロダクション・ナンバーとなる。振り付けは舞踊家の益田隆! バズビー・バークレイのワーナー・ミュージカルのような祝祭空間となる。

 一方、モラハラ、セクハラ課長の毒牙から逃げ出したもよ子(能勢妙子)は、夜の銀座を彷徨い、野川君たちがいるカフェーへと逃げ込んでくる。ここで能勢妙子さん、江戸川蘭子さんと同じ、花売り娘のコスプレ(酔った野川君のイメージ)でミュージカル・ナンバーに参加。映画はどんどん派手になっていく。

 そして課長もカフェーに。しかし目的を果たせなかった課長、禿頭から湯気を立てている。これは、ロッパが昭和12(1937)年4月にリリースした「うそ倶楽部」(作詞・伊藤松雄 作曲・三宅幹夫)の歌詞のヴィジュアル化でもある。そこで、野川君が「♪うそ倶楽部」を歌い出す。

♪お湯を沸かすに 火はいらぬ
 水を薬缶に入れたなら ガミガミ叱るに限ります
 はてねはてね はてねはてね
 薬缶怒って 湯気立てる

 このセンス! しかし、ほよ子は恋人とのランデブーの予定が台無しになってつまらない。そのつまらない気持ちが「♪タイピストの唄」の替え歌となる。

♪タイプライターの ベルのような
 薬缶オヤジに 追い回されて
 ネオンの街を 西東
 心もそぞろに 探しているのに
 恋しあの人 今どこに?
 つまらない

 店を出ていくほよ子。キャメラがスピーディにパンをすると、3時間待ちぼうけの小田君が、大きなあくびをして歌い出す。この曲は、岸井明が昭和11年5月にリリースした「家へなんか帰るかい I Don't Wanna Go Home」の替え歌である。

(岸井明)
♪つまらんぞ つまらんぞ
 一体 いつ逢える
 タバコを吸うこと30本
 お腹は紅茶で ダブダブだ

 そこへほよ子が現れる。

(能勢妙子)
♪許してね 許してね
 それでも逢えたわね

 
(岸井明)なんだい!
♪逢うにゃ 逢えたが 
もう夜更け

(二人)
♪つまらない

 キャメラは再びカフェーへスピード転換。野川君と前田君、女給たちを前にご機嫌に「♪酔へば大将」(作詞・佐伯孝夫 作曲・鈴木静一)を唄う。ロッパの代表曲だが、この映画版のために書き下ろされた新曲で、昭和12年4月にリリースされた。カフェーの巨大セットは、このナンバーのために設計されたもので、安倍輝明による美術は、ハリウッド・ミュージカルを意識している。中央の丸いステージ。両サイドの丸い階段。ロッパと藤原釜足中心にシンメトリーをとって、一大ナンバーが展開される。

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 唄うほど、飲むほどに、野川君のボルテージが急上昇! そこへ真夜中の野川家で、涙ながらにエビフライ、トンカツを口に頬張るよね子の姿がインサートされる。またまたキャメラはスピード転換して、「唄ふ女給」神田千鶴子「♪お酒良いもの」のプロダクションナンバーとなる。

♪お酒良いもの たらふくお飲み
どうせこの世は 酒よ酒
お酒よ お酒
みなお飲み
飲めば はればれ 気が晴れ

 紙テープが降りてきて、紙吹雪が舞う、祝祭空間で、神田千鶴子を先頭に、ロッパ、藤原釜足、女給たちが大行進。観客のテンションもグッと上がってくる。

♪お客可愛や 酒飲むお客
酔ってクダまきゃ なお可愛い
お客よ お客
さあさお飲み
飲めば はればれ 気が晴れる

 いつしか銀座の路上の大行進となっている。野川君も前田君もサラリー袋のお札を、どんどんばら撒きながら大行進。もちろんイメージカットなのだけど、この開き直り方に、のちのクレージー映画のような高揚感を感じる。空に舞うお札、紙吹雪、大笑いするロッパ、神田千鶴子たち。まさに「太平楽」を絵に描いたよう!

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 しかし楽しい時はいつまでも続かない。野川君と前田君。路上で目が覚めて、我にかえって蒼白となる。七十円のサラリー袋には、残金なんと十三円八十銭・・・五十六円二〇銭を飲んじゃったのである。さあ、どうしよう! ここでロッパと藤原釜足、歌舞伎の口調で、慰め合うのがおかしい。ゴーンと鐘が鳴って、鳴り物入り。そこへワンタン屋の屋台が通りかかり、笛の音が深夜の銀座に響き渡る。拍子木!

前田「泣くんじゃないよ、泣くじゃない。泣いて昨日が来るじゃなし。五十六円は高かったが、考えてみりゃ、仕方がない。会社出るなり張り切って、バーに飛び込み飲み放題。モテたモテたが仇となり、ハリキリ袋がペチャンコにぃ」

野川「お察しください、この気持ち」

前田「だがな、力を落とすなよ。ハリキリ・デーは今日だけじゃあるまいし、月給日はきっと来月も回ってくるぜ。それに、大いにハリキレよ。ボーナスの出るのも近いうちだ」

前田「なるほどな、なるほど君の言う通り」

ここで主題歌「♪ハリキリ・ボーイ」のイントロが流れる。

前田「クヨクヨしたは、僕の間違い。来月も来る月給日。来月も来る月給日」と見栄を切ったところで「♪ハリキリ・ボーイ」の歌いだしとなる。

♪会社出るときゃ 膨らんでたが
 酒場出たときゃ ペチャンコだ
 なんの気になろ 月給袋
 飲んで トコハリキレ 
 ハリキレホイホイ 
 ハリキリ・ボーイ
 トコハリキレホイ

 全く呑気なものである。ここからラストにかけての十分間、なけなしの金で円タクに乗った車中、家の前を歩く重い足取りの中、この「♪ハリキリ・ボーイ」が繰り返し歌われる。家の近所では、まだ、ほよ子に待たされたことを怒っている小田君が「♪あゝそれなのに」を未練がましく歌い、それを宥めるほよ子ちゃん。「ヨォ」の声がけから能勢妙子の「♪とんがらかっちゃダメよ」のヴォーカルとなる。ベビー・ヴォイスの能勢妙子の声が可愛い。岸井明もデュエットとなり、二人は仲良く、夜のアパートへ消えていく。

 若い二人を見送った、野川君と前田君。時計を見る。「1時半じゃ夕飯は食えない」とこれから怒る惨劇を前に縮み上がっている。「いい月だ。月は冴えれど、心は闇だ」とまだ芝居掛かっている。二人は大学の同級生。学生時代は良かった「遅く帰っても、ワイフにのされなくて良かったな」と変に慰め合う。

 そしてまた、悲壮感たっぷりの「♪ハリキリ・ボーイ」となり、いよいよ野川家の前、前田君から「無事を祈るよ」と励まされて、「♪ハリキリ・ボーイ」を力なく口ずさむ。そっと家に入った野川君だったが・・・ ラストカットは、恐怖におののくロッパの顔のアップでストップモーション、エンドマークとなる。

僕はこの『ハリキリ・ボーイ』がお気に入りで、2015年、ビクターから「ザッツ・ニッポン・エンタテインメント」シリーズ第一弾としてCD「ハリキリボーイ ロッパ歌の都へ行く」(二枚組)の監修・解説をした時にもタイトル「ハリキリボーイ」を冠した。ぜひ、映画のDVDもリリースしてほしい!





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