『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年・ジョン・ワッツ)
ジョン・ワッツ監督『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』。109シネマズ木場、公開初日、IMAXレーザーで鑑賞しました。
https://www.youtube.com/watch?v=v-1pN-czU8Q
予想を遥かに超えて面白かった。マルチバースになっても、スパイダーマン映画の骨子は揺るがない。何を言ってもネタバレになるが、これまでの全作、7本を観ているとたまらない。大いなる力には大いなる責任が伴う。その責任を果たすための闘いに心揺さぶられる。最高!だった。ありがとうピーター・パーカーたち!
2時間28分という『クレージー黄金作戦』並みの尺(これが僕の長い映画の基準)で、スパイダーマンなのに『アベンジャーズ:インフニティ・ウォー』『エンドゲーム』のようなスケールの大きな話にしている。スパイダーマンだから映画はニューヨークから出ない。「親愛なる隣人」のピーター・パーカーの青春映画としての体もなしている。
しかもドクター・ストレンジがいろんな意味で大活躍してMCUとしてのスケールもでかい。でも腰が座っているなと思ったのは、事件を通して「ピーター・パーカーが成長する」物語をきちんと守っている。同時にソニー・ピクチャーズのこれまでの「スパイダーマン」5作を踏まえての「マルチバース」。
ヴィランは「スパイダーマン1・2・3」「アメイジング・スパイダーマン1・2」からの越境者。役者も同じ。キャラもそのまま。ドクター・オクトパス、サンドマン、エレクトロ、リザード、そしてグリーン・ゴブリン! 彼らとは「初めまして」のトム・ホランドのピーター・パーカーとの対峙が、いちいち面白い。
それを退治するのではなく救済しようとする「善意」が物語を転回させていくのが嬉しい。過去の映画と今回の映画が越境して繋がっていく。昨日も例えたけど、マキノ雅弘の「次郎長三国志」の東宝版の法印大五郎(田中春男)が、東映版にもそのまま登場してきた時の嬉しさと同じ感覚。
これまでのMCU「スパイダーマン」で、ハッピー・ホーガン(ジョン・ファブロウ)とイチャイチャしていたお色気ムンムンのメイ・パーカー(マリサ・トメイ)がとにかく素晴らしい。正義への信念。何が正しいかをきちんとピーターに教えてくれる。トニー・スタークよりも、ドクター・ストレンジよりも立派。
「スパイダーマン」シリーズは、青春の痛みが伴うので、各シリーズのピーター・パーカーは「喪失」を体験している。その痛みをどう乗り越えるか? トビー・マクガイアのベンおじさん、アンドリュ・ガーフィールドのグエン。いずれもピーターは救えずに亡くなってしまい、その喪失と孤独と闘ってきた。
トム・ホランドのピーターも、トニー・スタークの死という「喪失」を経験したが、MJという恋人、ネッドという親友を得て、アベンジャーズの一員という意識もある。しかし、今回は、自分がドクター・ストレンジに「頼み事」をしてしまったために・・・
「大いなる喪失の物語」でもあるが、それをどう克服するのか?が、このシリーズが、僕たちを惹きつけてきた。
サム・ライミの三部作があっての今回。ジョン・ワッツは大傑作にしてくれた! しかも、MCUとしては直接の続編『ドクター・ストレンジ:マルチバース・オブ・マッドネス』の演出はサム・ライミ! これは期待せざるを得ませんな!
と、ネタバレをしないで書くのも大変! クライマックスのバトルはIMAXのフル画角で堪能されんことを!
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