Sun Valley Serenade『銀嶺セレナーデ』(1941年8月21日・FOX・H・ブルース・ハンバーストン)
6月21日(火)の娯楽映画研究所シアターは、ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究。グレン・ミラーが楽団とともに20世紀フォックスと契約、ハリウッド映画進出第1作Sun Valley Serenade『銀嶺セレナーデ』(1941年8月21日・FOX・H・ブルース・ハンバーストン)をDVDからスクリーン投影。この作品は、ノルウェー出身のアイススケーター「銀盤の女王」と呼ばれソニア・へニーをフィーチャーして、グレン・ミラー楽団のゴージャスな演奏、舞台となるリゾート地”サンバレー”の風物をたっぷりと描いたミュージカル・コメディ。
のちのエルヴィス・プレスリーの映画のように、他愛ない。音楽とスケート、そしてスキーをたっぷり味わう。リゾート映画である。日本で言うと加山雄三さんの「若大将シリーズ」のような作り方である。それがまた楽しい。企画したのは20世紀フォックスの副代表でプロデューサーのダリル・F・ザナック。ザナックは、アイダホ州のスキーリゾート地、サンバレーでの休暇中にこの映画のアイデアを思いついた。しかし、本作のほとんどのシーンはハリウッドのFOX撮影所のサウンドステージで行われている。スキー場面は、サンバレーのスキースクールのディレクター、オットー・ラングがディレクションした。ちなみに本作は、サンバレーのスキーロッジ、ホテルの客室で24時間放映されている。
さて、ヒロインをつとめたソニア・へニーは、1912年4月8日、ノルウェーのオスロ生まれ。1923年、11歳でノルウェー・フィギュアスケート選手権で優勝。1927年の世界女子選手権に優勝、1928年にはサンモリッジ五輪、1932年にはレークプラシッド五輪、1936年にはガルミッシュ=パルテンキルヘン五輪で三大会連続金メダルを獲得。世界選手権10回、ヨーロッパ選手権8回のタイトルを獲得後、1936年にプロに転向後、ハリウッドへ移住。父親がアイス・ショーをプロデュースして、女優マリオン・デイビス(新聞王ウイリアム・ランドルフ・ハーストの愛人)などの後押しで一躍スターとなる。
そこでFOXと契約、初主演作『銀盤の女王』(1936年)、『氷上乱舞』(1937年)、『天晴れ着陸』『燦く銀星』(1938年)といったアイス・ショーをスペクタクルにしたレビュー映画に連続主演。アイス・スケート・ミュージカルというジャンルが生まれた。ヒットラー政権下、ガルミッシュ=パルテンキルヘンの金メダリストということで、その時に撮影したヒトラーとの写真や、1936年『銀盤の女王』のドイツプレミアにゲッペルスらナチス幹部を招待したことが、戦後問題視されることとなり、1948年にアメリカ市民権を獲得。
ソニア・へニーの役は、ナチスから逃れてきたノルウェーからアメリカへ難民としてやってきた孤児。グレン・ミラー楽団のピアニスト役のジョン・ペインが、バンドの宣伝のために「難民を引き受ける美談」のため、気軽に書類にサインしたことから大騒動に。赤ちゃんがやってくると思っていたら、なんと美しいノルウェー娘で、ジョン・ペインに一目惚れ。ところがバンド・シンガーの恋人リン・バリがいたために恋の板挟みとなる。バンドのマネージャー役ミルトン・バールがコメディ・リリーフ。といった典型的な「恋のさやあて」と音楽たっぷりのミュージカル・コメディ。
最大のハイライトは、サンバレーのリゾート・ホテルのロッジのリハーサル場面。グレン・ミラー楽団による "Chattanooga Choo Choo"「チャタヌガ・チュー・チュー」のスペクタクル・ナンバー。グレン・ミラーがトロンボーンを吹き、リラックしたムードでリハーサルが始まる。サックスはテックス・ベネキー。演奏に続いてコーラス・チームのザ・モダネアーズのヴォーカル、テックス・ベネキーもヴォーカルに参加して、演奏は最高潮に。そこへニコラス・ブラザースとドロシー・ダンドリッジが登場、超絶タップを繰り広げる。もちろんグレン・ミラー楽団のご機嫌な演奏が続く。このプロダクション・ナンバーのインパクトは最強!
1944年、アーミー・エア・フォースバンドを率いて、イギリスからフランスへ軍用機で飛び立ったまま消息不明となるグレン・ミラーは、ジャズのみならずポピュラー音楽界にとっての伝説となる。特に没後10年を記念して作られたジェームズ・スチュワート主演『グレン・ミラー物語』(1954年・ユニバーサル・アンソニー・マン)によって、さらに伝説が深化。なのでこの "Chattanooga Choo Choo"「チャタヌガ・チュー・チュー」のナンバーは、その伝説のグレン・ミラーのベスト・パフォーマンスとして記録されているので、遅れてきた世代にはたまらない。
この "Chattanooga Choo Choo"「チャタヌガ・チュー・チュー」のナンバーは、『グレン・ミラー物語』でも再現されていて、ハリウッド進出したグレン・ミラー(ジェームズ・スチュワート)がスタジオでフィルムを上映しながら演奏するシーンとして描かれている。そのスクリーンでは、ニコラス・ブラザース風のダンサーと、ドロシー・ダンドリッジ風の女の子がプロダクション・ナンバーを演じている。
"Chattanooga Choo Choo"「チャタヌガ・チュー・チュー」は、1941年のビルボード・シングルチャートで1位となり、1942年に120万枚の売上を記録してRCAビクターはグレン・ミラーにゴールドレコード賞を授与した。当初RCAは "I Know Why (And So Do You)"「アイ・ノウ・ホワイ」をA面曲としてリリース、"Chattanooga Choo Choo"はB面曲だった。
グレン・ミラーによる演奏は、 "Moonlight Serenade"「ムーンライト・セレナーデ」、 "It Happened in Sun Valley"「サンバレーの出来事」、 "I Know Why (And So Do You)"「アイ・ノウ・ホワイ」、"In the Mood"「イン・ザ・ムード」などたっぷり。本作から生まれたビッグヒット”At Last”「アット・ラスト」はインストゥルメンタル・バージョンで録音され、ジョン・ペインとパット・フライデー(リン・バリの吹き替え)のデュエット・ヴォーカルも録音されたが本編では未使用となっている。本編では3チャンス流れるが、ロング・バージョンが使用されなかったのは残念。ちなみに「アット・ラスト」は翌年の『オーケストラの妻たち』(1942年)でレイ・エヴァリーとパット・フライデーによって再録音されて、本編で使用されることに。
ちなみに、本作のサントラはマルチ録音され、オーケストラのさまざまなパートにマイクを設置。本編ではそれをモノラル・ミックスしたが、素材がそのまま残っていたので1990年代にビデオ・ソフト化された時にステレオ・ミックスされた。なのでFOXの正規品DVDはステレオ・ミックスが収録されている。
フィル・コーリー(グレン・ミラー)楽団の人気ピアニスト、テッド・スコット(ジョン・ペイン)は、バンドの広報マネージャーであるジェローム・K”ニフティ”アレン(ミルトン・バール)のパブリシティ戦略のため、外国人難民を養子に迎えることに。用紙にサインするための万年筆をたまたま持っていたとい理由で。赤ちゃんが来ると思っていたら、なんと現れたのはノルウェーからやってきた美しい娘カレン・ベンソン(ソニア・へニー)だった。
カレンはたちまちテッドに一目惚れ。しかしテッドにはバンドシンガーの恋人、ビビアン・ドーン(リン・バリ)がいて、彼女に求婚していたので、カレンには冷たい。バンドはアイダホ州のスキーリゾート、サンバレーのホテルとの契約のため巡業へ。カレンは、マネージャーのニフティに懇願して、テッドに内緒でサンバレーへ同行。
サンバレーの駅についてから一行がホテルに、馬橇に乗って移動するシーンで歌われる "It Happened in Sun Valley"「サンバレーの出来事」が快調で、ワクワクする楽しさ! 実はカレンはスケート選手で、スキーの腕前も上々。ビビアンはスキーに興味がないので、テッドが一人でゲレンデで滑っていると、カレンが現れて、二人は楽しくスキーを味わう。リハーサルが始まってもテッドは遅刻しているので、ビビアンが気を揉む。このリハーサル・シーンで演奏されるのが本作の最大のハイライト "Chattanooga Choo Choo"「チャタヌガ・チュー・チュー」である。
結局、カレンの同行はバンド仲間にも知れ渡り、彼女がマスコット的な存在となる。面白くないのはビビアン。カレンはどうしてもテッドと結婚したいので、ライバル心剥き出しで、二人は火花を散らす。
といったまさに「若大将映画」「プレスリー映画」のルーツのような展開。ビッグトラブルは、ある夜、山頂のレストランでバンドメンバー一行が食事をした後に起こる。この食事会の席で、ビビアンがテッドとの婚約を発表。カレンは慌てる。やがてリフトの最終が出ることになり、フィルやニフティ、ビビアンはリフトで麓のホテルへ。テッドとカレンはスキーで山を降りることになるが、この時、カレンがとある計画を実施する。
クライマックス、山でカレンが怪我をして山小屋に避難、捜索隊が救助に向かう。もちろんケガはカレンの茶番なのだけど。これも「若大将」の澄子(星由里子)と同じ行動パターン。嫉妬のチカラは恐ろしいのだ!
そして恋のさやあての決着がついたところで、クライマックス。ソニア・へニーのアイスダンス・ショーとなる。スタジオに設置されたスケート・リンクには、パフォーマンスを効果的に見せるため、氷の上に水を張っている。さらに軌跡を美しく見せるために、黒い染料を水に混ぜているので、白いスケート靴のスケーターは、靴が汚れないように滑るために苦労をした。
余談だが、この映画は1944年6月にソ連で、第二次対戦中の人民の「エスケープ・ムービー」として公開された。それからしばらくの間、アメリカ映画や音楽が禁止された冷戦初期に「アメリカのライフ・スタイル」に憧れていたソ連の若者たちの「お手本」となっていた。また、ホロコーストから逃れたユダヤ人避難民キャンプでも繰り返し上映され、ソニア・へニーのキャラクターのアメリカ生活に馴染んでいく姿が、ユダヤ人避難民にとって移民するときの潜在的なイメージの源泉になったという。
アカデミー賞では、最優秀撮影賞(モノクロ)にエドワード・クロンジャガー、最優秀歌曲賞「チャタヌガ・チュー・チュー」(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン)、最優秀作曲賞にエミール・ニューマンがそれぞれノミネートされた。
【ミュージカル・ナンバー】
♪チャタヌガ・チュー・チュー Chattanooga Choo Choo(1941)
作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
パフォーマンス:グレン・ミラー楽団
唄:テックス・ベネキー、ポーラ・ケリー、ザ・モダネアーズ
ダンス・唄:ニコラス・ブラザース、ドロシー・ダンドリッジ
♪アイ・ノウ・ホワイ I Know Why (and So Do You)(1941)
作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
唄:リン・バリ(吹替:パット・フライデー)、ザ・モダネアーズ、ジョン・ペイン
♪サンバレーの出来事 It Happened in Sun Valley(1941)
作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
唄:リン・バリ(吹替:パット・フライデー)、グレン・ミラー楽団、レイ・エヴァリー
♪ザ・キス・ポルカ The Kiss Polka(1941)
作曲:ハリー・ウォレン 作詞:マック・ゴードン
パフォーマンス:グレン・ミラー楽団(オープニング・クレジット)、後半のレストランでのダンス場面
♪アット・ラスト At Last(1942)
作曲:ハリー・ウォレン
パフォーマンス:グレン・ミラー楽団(” "In The Mood"の次に演奏・映画の終わりのスケートシーンでも流れる)
♪ムーンライト・セレナーデ Moonlight Serenade(1939)
作曲:グレン・ミラー
パフォーマンス:グレン・ミラー楽団
♪イン・ザ・ムード In the Mood(1939)
作曲:ジョー・ガーランド アレンジ:エディ・ダーハム
パフォーマンス:グレン・ミラー楽団
テナーサックス:テックス・ベネキー、アル・キリンク
トランペットソロ:ビリー・メイ
♪農家の仕事 The Farmer in the Dell
曲:トラディショナル
演奏:グレン・ミラー楽団(エリス島で)
♪あの子が山にやってくる
She'll Be Comin' 'Round the Mountain When She Comes
曲:トラディショナル
演奏:ミルトン・バールのスキー場面で流れる
♪ジングルベル Jingle Bells(1857)
作曲:ジェームズ・ピアポント
演奏:ミルトン・バールのスキー場面で流れる