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『素浪人罷通る』(1947年10月28日・大映・伊藤大輔)

 阪妻映画連続視聴、今回は、昭和22(1947)年10月28日公開、GHQによる「チャンバラ禁止令」のなか、剣戟スター・阪東妻三郎の「チャンバラ映画が観たい!」という観客のために、伊藤大輔監督が苦心して作った『素浪人罷通る』(大映京都)。題材は、お馴染み「天一坊と伊賀亮」もの。いわゆる「天一坊事件」を題材に、GHQの民間情報局CIEの要望する「民主主義啓蒙」「封建主義否定」を盛り込んだ(今から観ると)異色作。阪妻が伊賀亮、片山明彦が天一坊を演じて、史実を自由脚色して「新説・民主主義版・天一坊物語」となっている。

 『天一坊と伊賀亮』(1926年・牧野省三)では市川猿之助が「天一坊と伊賀亮」二役を演じている。天一坊が将軍吉宗の御落胤と自称し、それを浪人・山内伊賀亮が利用して、幕府に挑戦する。しかし大岡越前(八代目・市川八百蔵)によって、その悪巧みが露見、二人は裁かれるというもの。講談やお芝居でお馴染み、あまりにも有名なこの物語を、あっと驚く脚色で「民主主義啓蒙映画」に仕立てたのがこの『素浪人罷通る』。脚本は八尋不二。トップシーンに「封建制度の轍の下に圧し潰された 罪無き人の子の記録」とスーパーが出る。CIEのガイドラインに従って、封建主義の犠牲者となった天一坊の悲劇という新解釈である。

 さて、天一坊とは、元禄12(1699)年、紀州田辺に生まれた山伏の「天一坊改行」のこと。その母・よしが、紀州藩主時代の徳川吉宗のお手つきとなり、里へ返されて生まれた。14歳のとき、母が亡くなり山伏となるが、この頃から自分は「八代将軍・吉宗の落とし胤」であると表明。「自分は、将軍の落とし胤で、近々大名に取り立てられる」と浪人を集めた。享保13年(1728年)のことである。それを不審に思った関東郡代が取調べ、天一坊は翌年に捕えられ、勘定奉行・稲尾下野守の裁きで死罪となった。

 この「天一坊事件」は、のちに「大岡政談」に取り入れられ、大岡越前の名裁きとして知られるようになったが、南品川宿は、町奉行の担当エリアではないので、実際には勘定奉行・稲尾下野守が手がけている。江戸時代末に神田伯山の講談「大岡政談天一坊」が評判となり、芝居や映画の題材となった。

 この講談に登場する、もう一人の主役が山内伊賀亮(やまのうち・いがすけ)。伊賀亮は、赤川大膳らと共謀して、紀伊感応院の法択天一坊を八代将軍吉宗の落胤に仕立て上げるが、大岡忠相(越前)にその陰謀を見破られて、天一坊らが捕らえられたのを知り切腹する。

 これまでは「天一坊と伊賀亮」は幕府に楯突いた悪役として講談や映画で描かれてきたが、封建主義を否定する戦後のGHQの指導のもと、この二人を「悲劇のヒーロー」にしてしまおうというのが『素浪人罷通る』である。

 十八歳の山伏・宝沢(片山明彦)は、幼くして母と死別。その死に際に自分が徳川吉宗の落とし胤だと知る。宝沢は、片見の短刀と墨附を証拠に「瞼の父」を訪ねるべく、故郷・紀伊を後にする。将軍の御落胤を盛り立てて、自分も大名にとの、功名を焦る浪人や僧侶たちが、宝沢を「徳川天一坊」と名付けて、江戸に乗り込もうと、勝手に大名行列を始める。この取り巻き連中のなかに、まだ前髪立ちの若者・相良伝八郎役で伊達三郎がいる!

 とある町で、寺子屋の師範を勤めている浪人・山内伊賀亮(阪東妻三郎)は、元九條関白家に仕えていた名のある侍。その教え子で孤児の三吉(澤村マサヒコ・津川雅彦)が、天一坊の行列に粗相をしたことがきっかけで、伊賀亮は天一坊と面談する。『狐の呉れた赤ん坊』(1945年・大映・丸根賛太郎)から2年、マサヒコ君もずいぶん大きくなったなぁと(笑)すでに後年の津川雅彦の面影がある。

 さて、伊賀亮は天一坊の「父に会いたい」という純粋な気持ちを聞くも、その暴挙を戒める。いくら吉宗公が会いたいと思っても、老中・松平伊豆守(大友柳太朗)はじめ幕府の連中はそれを認めないだろう。将軍もまた、その決定に従わざるを得ない。と滔滔と天一坊を諭す。これは、先の大戦での「軍部の暴走を止めることができなかった為政者の悲劇」の構造と重ね合わせている。

 というわけで「すべての理」を理解している伊賀亮がヒーローとして「瞼の父に会いたい」天一坊のために、一緒に江戸入りをすることになり。ここから先の展開は、すべて講談の裏返し。最大の悪役・松平伊豆守は、すべてご政道のためと、大岡越前(小堀誠)に「天一坊を召し取れ」と命ずる。そこで伊賀亮は、自ら南町奉行所に乗り込んで、大岡越前に直談判。「天一坊の真意」を伝える。それを知った将軍・吉宗(守田勘彌)の心も動くが、「天下政道のため、公儀の権威のために」の伊豆守の主張に従わざるを得ない。

 しかも伊豆守は、大岡越前の任を解いて、天一坊一味捕縛を、火付盗賊改方に命じる。クライマックス、天一坊と、彼を慕うお千枝(喜多川千鶴)の二人を逃がす。でも、ちゃんと吉宗と天一坊の対面シーンを用意しているのもいい。「鷹狩りに行く!」と吉宗は大岡越前に謎をかけて、天一坊とお千枝の道中手形を用意させていたのだ。吉宗(守田勘彌)と天一坊(片山明彦)が一瞬だけだが、視線をかわすショットがいい。こういう場面に映画ファンは心を動かされる。

 やがて、単身で火付盗賊改方に立ち向かう伊賀亮! 満身創痍のヒーローが無駄と知りながら数十名の追ってと戦う。このヴイジュアルは、阪妻十八番の『雄呂血』(1925年・二川文太郎)のイメージと重なる。派手なチャンバラはないが、伊藤大輔のモンタージュで、壮絶なチャンバラを観ている気持ちにさせてくれる。

 ちなみに、大友柳太朗の松平伊豆守は、悪役ながら精悍で、なかなかカッコいい。当初は月形龍之介が演じる予定で、大岡越前も岡譲司が予定されていた。

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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