『河内カルメン』(1966年・鈴木清順)Part2
野川由美子の登場は、清順映画に生々しい「肉体」と「官能」の魅力をもたらした。センセーショナルなデビュー作となった『肉体の門』(64年)では焼け跡の娼婦ボルネオ・マヤを体当りで演じた。続く『春婦傳』(1965年)では、日中戦争の戦火のなか、命がけで男を愛する慰安婦・晴美を熱演し、女優として演技開眼。その三部作の最終作にあたるのが、『河内カルメン』(1966年2月5日)。清順監督としては、前年1965(昭和40)年の『刺青一代』と、『東京流れ者』(1966年4月10日)の間の作品にあたる。河内生まれのヒロイン、武田露子(野川由美子)が、持ち前の肉体の魅力と、その天使のような性格で、様々な男性遍歴を重ねていく。この頃の野川由美子は、フリーとして各社の映画に出演しており、単なるお色気女優ではなく演技派として注目を集めていた。
原作は「河内もの」を得意とした今東光。日活でも清順監督の『悪太郎』(1963年)、『悪太郎伝 悪い星の下でも』(1965年)をはじめ、宍戸錠、川地民夫、山内賢の「河内ぞろ」三部作(1964〜65年)などが作られていた。この「河内カルメン」は、当時、週刊アサヒ芸能に連載された風俗小説で、この映画が封切られた頃には、YTV(読売テレビ)系で、山田五十鈴と瑳峨三智子、母娘の共演でテレビドラマがオンエアされていた(1965年10月5日〜66年3月29日)。
『河内カルメン』は、まさしく野川のために用意された企画。故郷の河内での、初恋の男・ボンこと彰(和田浩治)との逢瀬の純情。源七(野呂圭介)たちにレイプされてもめげる事なく、大阪でキャバレー勤め。その「ダダ」で、露子にモーションをかけるのがうだつの上がらない信用金庫の職員・勘造(佐野浅夫)。口八丁だがどこか憎めない好人物。勘造の露子への思いがユーモラスかつ哀切を込めて描かれている。二人が同棲するアパートは、美術の木村威夫が縦長に設計。このセットについて木村威夫と清順監督が述懐している。
木村「小さな木造アパート。ひょろ長いセット。おかしくないんだよね、変なことやっても、演出に当てはまっているから見てられる。あれ普通のリアルな演出やったんだったら、見てらんないよ。変な部屋になっちゃうよね。だから形式美的な演出仕法で見てられるというか。あの辺から随分私自身も教えられましたよ。こうやれば面白いんだなとかね。」
鈴木「みんな木村さんが作って、後は知らん顔するんだよ。これが困る。こっちはこんなはずじゃなかったって、常に思いますよ。監督の方は常に考えるのは、(俳優たちの)出入りだから、普通のセットでどういう風に出てくるか、どっち外れるか。入ったり出たりの動きね。それがうまくいかないセット建てられちゃうと大弱りする。ちっとも面白くない。いかにして右から入って左に出て行くかという、その謎解きが考えていく面白さだよね。」(2005年4月 鈴木清順と木村威夫対談)
キャバレーを辞め、モデルとなった露子は、その先生・鹿島洋子(楠侑子)のレズの相手として狙われる。そのピンチを救ったのが、洋子のセックスフレンド・高野誠二(川地民夫)。誠二と洋子がセックスをしているシーンの屋敷は、日活ステージに舞台セットのように組まれたもの。そのシーンで睦言の声を、猫に置き換えている。この誠二のキャラクターもユニークで、恋人にするには物足りないが友人としては最高という存在。和田浩治演じる初恋のボンは、典型的なダメな男。家が破産し、一攫千金を夢見て、貧乏暮らしをしている。金貸しの齋藤長兵衛(嵯峨善兵)が、露子を囲ったと知るや無心に行く。長兵衛は、露子を抱く事もなく、ただ歩かせて、その脚を鑑賞するだけ。倒錯した旦那が、土蔵で露子に強要するのがコスプレによるブルーフィルムの撮影。その相手がなんと・・・という展開のなかで、露子は女としての悦びを知る。浮世絵にかぶさる露子の声。
ところどころにインサートされる不動院の良巌坊(桑山正一)の不気味なショット。この破戒僧が母(宮城千賀子)と密通していたことが、露子のトラウマになっている。父親も織り込み済みというその関係。監督によれば良巌坊が露子に祟るシーンが、公開前にカットされたという。その良巌坊をめぐるエピソードが、クライマックスの故郷での衝撃のシーンとなる。余談だが母役の宮城千賀子は、清順監督がかつて憧れた女優。ドライでコミカルなタッチの中に通底する情念の世界。リズミカルなカッティング。斬新なショット、大胆な演出。清順監督の充実ぶりが堪能できる。なお特報(特典収録)ではカラー映像が残っており、もしもカラーだったら? という夢想も湧いて来る。
主題歌「河内カルメン」は、今東光が命名したコロムビアレコードの東ひかりが歌っている。「ダダ」のハウスバンドのリードボーカルが、テイチク専属歌手の藤原伸。「夢は夜ひらく」などで知られる作曲家・曽根幸明(藤田功の名で過去に『今夜の恋に生きるんだ』1960年・など日活映画に出演)である。「ダダ」で演奏される「燃える恋の炎」は、次作『東京流れ者』のジャズ喫茶で「ハートを握りしめろ」という題名で、再び使われることになる。
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