『忠臣蔵 天の巻・地の巻(総集編)』(1938年3月31日・日活・マキノ正博、池田富保)
『忠臣蔵 天の巻・地の巻(総集編)』(1938年3月31日・日活・マキノ正博、池田富保)を久々に観た。戦前、日活京都の底力を感じるオールスター大作の『忠臣蔵』。マキノ省三監督没後10周年を記念して、日活多摩川と太秦の東西撮影所のオールスターをキャスティング。「天の巻」をマキノ正博監督、「地の巻」を池田富保監督が別班体制で撮った絢爛豪華版。
現在の「忠臣蔵」映画の原点ともいうべき、牧野省三監督『実録忠臣蔵』(1922年・日活京都)は、市川姉蔵のために、牧野省三監督が立花左近というキャラクターを創造。池田富保監督は、役者・尾上松三郎として、そば屋の倅・与太九呂役で出演している。マキノ雅弘監督も、牧野正唯として端役を演じている。
オリジナルは19巻の大長編だったが、戦後、昭和28(1953)年12月12日に102分に再編集された短縮版が、日活配給で上映された。この頃、戦前旧作の東宝映画、エノケンやロッパ、エンタツ・アチャコの喜劇などが短縮再上映されていたが、その一つとして東宝系で再上映された。日活制作再開後、昭和31(1956)年12月には石原裕次郎主演『地底の歌』(野口博志)と同時公開されている。
「天の巻」「地の巻」に均等にスターを配置するために、大石内蔵助(阪東妻三郎)と吉良上野介(山本嘉一)以外、メインの俳優たちはご存知のキャラクターを二役で演じている。
浅野内匠頭 / 立花左近・片岡千恵蔵
脇坂淡路守 / 清水一角・嵐寛寿郎
原惣右衛門 / 小林平八郎・月形龍之介
萱野三平 / 浅野大学・尾上菊太郎
片岡源五右衛門 / 服部市郎右衛門・澤村國太郎
将軍綱吉 / 潮田又之丞・沢田清
柳沢出羽守 / 寺坂吉右衛門・河部五郎
大野郡右衛門 / 倉橋伝助・市川百々之助
老僕兵助 / 多門伝八郎・市川小太夫(特別出演)
現存するフィルムは102分なので文字通りのダイジェスト。「天の巻」は、「増上寺畳替え」「江戸城松の廊下」「赤穂城明け渡し」の3本立てという感じだが、それぞれのシークエンスの密度が濃いので「名場面集」として楽しい。片岡千恵蔵さんの浅野内匠頭の「熱くなりやすい」キャラクター、山本嘉一さんの吉良上野介の「憎々しさ」は、戦後の市川中車さんに受け継がれていく「イヤミ芸」が堪能できる。
また、アラカンさんの脇坂淡路守が、松の廊下で吉良上野介を叱り、叩くシーン。カット終わりに、してやったりの「どや顔」をする。ほんの一瞬だけど、鞍馬天狗のおじさんの面目躍如である。断片のような作品でもこうした一瞬の凄さが、随所にあって眺めているだけで楽しい。
『大魔神』三部作(1966年・大映)のキャメラマン・森田富士郎さんが、映画界に入るきっかけとなったのが池田富保監督だったと、『大魔神』Blu-rayの映像特典に再録されたインタビューで語っていたが、その池田富保監督による「地の巻」は、「千坂兵部VSニセ千坂兵部」「瑤泉院との別れ」「討ち入り」の3本立て(前篇と後編のブリッジに「山科の内蔵助の遊興三昧」が入る)。
立花左近(片岡千恵蔵)とニセの左近・内蔵助(阪東妻三郎)の腹芸のシーンは、とにかく見事で、BGMに謡が流れて、さながら「日活歌舞伎」を見るような思い。戦後、繰り返し描かれる、マキノ省三監督オリジナルの「千坂兵部」の件は、様々なバリエーションがあるが、そのベースになっているのがこの1938年版。
で、内蔵助が江戸入りしたら、すぐに12月14日。瑤泉院(星玲子)との別れのシーン。阪妻さんの内蔵助の昼行灯ぶりに、激怒するちょいとモダンな瑤泉院がいい。星玲子さんは、日活多摩川の現代劇のスターで、昭和10(1935)年に、杉狂児(本作ではそば屋)さんと『のぞかれた花嫁』(大谷俊夫)で共演。主題歌「二人は若い」を歌ったモダンガール。この映画が作られた昭和13(1938)年にマキノ光雄さんと結婚、翌年引退する。
そしてクライマックスのそば屋の集合から討ち入りにかけての展開は、これまた『忠臣蔵』のプロモーションビデオのような映像の連続で、観ていて気持ちがいい。怪獣映画の特撮シーンのような楽しさである。「天の巻」で脇坂淡路守を演じていたアラカンさんが、ここでは吉良方の剣豪・清水一角として、剣戟スターのパワーを見せつけてくれる。とにかくキレの良いアクションが楽しめる。
というわけで、この映画で『忠臣蔵』の物語を知ろうとすると、置いてけぼり感があるが、何本かの映画やドラマを観た上では、最高のアトラクションとして味わえる。究極の『忠臣蔵』名場面集として、キャストもセットも豪華。画面に映っているものを追うだけで、楽しいのなんの。