『砂の香り』(1968年10月23日・東宝・岩内克己)
ラピュタ阿佐ヶ谷「昭和の銀幕に輝くヒロイン・浜美枝特集」で、岩内克己監督、渾身の野心作『砂の香り』(1968年10月23日・東宝)を久しぶりに。前回はボロボロの褪色プリントだったので、この映画の真意は分からず、今回、ピカピカのニュープリントを堪能。驚きと、興奮の連続で1968(昭和43)年“昭和元禄××年”の夏の湘南にタイムトリップした。
よくぞニュープリントにしてくれた! 石井紫支配人、ありがとうございます! ロビーには、岩内克己監督の御子息秀己さんがお持ちくださった、台本や資料などが展示されている。岩内監督はお元気で、今回のニュープリント上映を本当に喜んで下さっていて、コロナ禍でなければ、観に行ったのに、とのこと。監督にお見せしたかった!
岩内克己監督は、インドネシアのジャカルタに1925年生まれる。1953年に東宝入社。筧正典、鈴木英夫、松林宗恵らに師事して、東宝娯楽映画の黄金時代を支えた。1963年、『六本木の夜・愛して愛して』で監督に。娯楽映画監督としての手腕を、藤本真澄製作本部長から『エレキの若大将』(1965年)の監督を任され、1960年代後半のドル箱監督になる。
1968年7月公開の『リオの若大将』を完成させ、これがシリーズ最終作の予定だったこともあり、ご褒美として、兼ねてからの企画を撮らせてもらえることになった。それが、浜美枝さん主演の『砂の香り』だった。プロデューサーは、山田順彦さん。原作は川口松太郎「人魚」。岩内監督は、デビューの頃から映画化を切望していた。脚色は、田波靖男さんの門下で、のちに『虹をわたって』(1972年・松竹・前田陽一)を田波さんと共同で執筆する馬嶋満さん。岩内監督とはテレビ「太陽のあいつ」で組んでいる。音楽は、渡辺宙明先生、時折インサートされる主題歌「砂の香り」を歌うは日高吾郎さん。レコードはボッサ歌謡だが、映画ではアコースティックなアレンジで歌われる。
さて、東宝のトップ女優・浜美枝さんは、前年公開の『007は二度死ぬ』(1967年・ルイス・ギルバート)で、ボンドガールに抜擢(ご本人の熱烈なラブコールで実現)され、国際派女優となっていた。この年、6月公開の日活の大作、石原裕次郎主演『昭和のいのち』(舛田利雄)のヒロイン役で、初の他社出演を果たしたばかり。
岩内克己監督の強い意向で、ヒロインがトップレスになるだけでなく、全裸の水中撮影、大胆なラブシーンに「吹き替えは一切使わない」ことが条件だった。浜美枝さんに伺った話では、女優としてのターニングポイントを迎えていた時期でもあり、新たな挑戦として「お引き受けした」という。
その相手役には、若手、実力派と注目されていた中山仁さん。成瀬巳喜男監督『ひき逃げ』(1966年・東宝)で映画初出演、山田洋次監督『愛の讃歌』(1967年・松竹)、齋藤耕一監督『嘆きのジョー』(同)など松竹映画を中心に活躍していた。
その親友・橋本には長沢大さん。文学座研究生の仲間・中山仁さんとは『花の宴』(1967年・松竹・市村泰一)に次いでの共演となる。その妹に、のちに加山雄三夫人となる松本めぐみさん。『エレキの若大将』以来、『パンチ野郎』(1966年・東宝)など岩内組にはしばしば出演してきた。
親の遺産で働くことなく怠惰な日々を過ごしている「高等遊民」の青年・徳良敦(中山仁)は、湘南の浜辺でしばしば出会うミステリアスな女性に惹かれていた。かつて水泳選手として活躍していた敦は、学生時代の仲間、橋本(長沢大)から、その女性・水沢亜紀子(浜美枝)を紹介される。彼女も水泳選手として活躍していたが引退、そして年の離れた実業家・劉公英(川合伸旺)と結婚していた。目が虚ろで、何かを胸に秘めているようだ。
亜紀子の屋敷でのパーティに招かれる敦たち。誰もがカジュアルなのに、敦だけはスーツを着ている。サラリーマンや新聞記者の友人はカジュアルで、無職の敦だけはスーツ姿。このアイロニーも、敦の亜紀子への想いの強さなればこそ。屋敷には、亜紀子がコレクションした能面が飾ってある。誰にも心を閉ざしている亜紀子=能面という暗喩でもある。
そのパーティで、敦たちの仲間で、能や謡に凝っている趣味人・倉石(真船道朗)が能を舞い始める。夫に若い女性が出来て、嫉妬に狂う妻の物語である。堂々たる倉石の能。それもそのはず、演じている真船道朗さんは、大蔵流の狂言方。このシーンも、後半に明らかになる亜紀子の過去とリンクしている。後半、亜紀子と敦が「鎌倉薪能」を見るシーンで、男と女の「恋愛」について、二人が語りあうモノローグがあるが、これも「男性と女性」の立場の違い、相容れない本質を、観客に伝え、ラストへの伏線となっている。
やがて敦は、亜紀子と海で会うようになるが、彼女は「自分の過去は聞かないこと」「夏が終わったらお別れすること」と釘をさす。年上の女性と、思慕を募らす若い男のひと夏の愛。という設定は洋の東西を問わず、小説や映画で作られてきた。「若大将」など東宝娯楽映画で「わかりやすい」演出を、心がけてきた岩内克己監督だが、本作では、観念的なショット、思わせぶりな表情、直感的なモンタージュで、ヒロインの心象風景を紡ぎ出してゆく。
時折り、亜紀子がショットガンを持つ若い女性(吉村実子)と揉み合い、壁に鮮血が広がるショットがインサートされる。亜紀子が、仮面のような表情の下に隠している秘密が匂わされる。アート系の映画にありがちな、独りよがりの観念ショットではなく、岩内監督はどのショットの意味も後で観客がわかるような親切な作り方をしている。娯楽映画のわかりやすさ、が身についているからだろう。
そんな敦=トンちゃんに恋をしている橋本恵子(松本めぐみ)は、亜紀子との間を猛烈に嫉妬する。東宝青春映画の味わいもあり、とにかく松本めぐみさんが、キラキラして可愛い! 拗ねた表情、バツグンの可愛さである^_^
亜紀子も敦も、水泳選手なので、泳ぐのは得意。江ノ島沖まで、自在に泳いでゆく亜紀子の美しいボディライン。もう敦はメロメロ。「沖まで泳いだら、ご褒美にキスしてあげる」。中高生なら鼻血ブーのセリフであるが、性的な妄想をする割には、純情なトンちゃん^_^ 「意気地がないのね」とまで言わせてしまう。
ある日、東京に行く亜紀子を追いかけて、車を出す敦。芝公園にあった中華料理店「留園」から、経営者の夫・劉公英(川合伸旺)と出てくる亜紀子。1970年代C Mで一斉を風靡することになる「♪リンリンランラン留園〜」の社長夫人だったのか!
その二人を遠巻きに見ている敦。指輪をしている劉のゴツい手が、亜紀子の身体を愛撫しているインサートショットがあるだけに、亜紀子が敦とは住む世界が違うことを観客に印象付ける。
それでも逢瀬を重ねゆく二人。夜の湘南の海で「泳がない?」と亜紀子。浜美枝さん、ここで大胆にもヌードに! この夜の海のシークエンスが美しい。本編の撮影は、名手・中井朝一さん。原作タイトル「人魚」だけに、ここからの水中撮影が、本作のハイライト!撮影は東宝フロッグメンパーティ。『南太平洋の若大将』(1967年・古澤憲吾)のハワイ、タヒチロケのために結成されたチームで、チーフ助監督・西村潔監督、小谷承靖監督たちが、東宝映画の水中撮影を支えた。
海中で人魚のように泳ぐ亜紀子と敦のラブシーン。岩内克己監督が撮りたかったのはこれだったんだ!と、美しいニュープリントで改めて得心した。浜美枝さんも美しい。東宝映画のキャリアのなかで最高の瞬間だろう。アート系だけど、青春映画としても、湘南の映画としても重要な作品。
ミステリアスな亜紀子と、純粋に彼女を愛する敦。重要な舞台となる江ノ島に伝わる「天女と五頭龍」伝説と、二人を重ね合わせている。江ノ島に修学旅行に来た生徒たちに宮司が語る伝説がさりげなくインサートされるが、これも「わかりやすい」岩内演出である、
やがて亜紀子は、夫の愛人殺害容疑で公判中の身であることが明らかになる。果たして、正当防衛なのか? 殺意があったのか? 敦は無罪を信じ、亜紀子は心を閉ざしたまま。「砂の香りが好き」と海の空気を吸い込んだ真夏から、やがてクラゲが出て、台風が近づき、夏の終わりとなる。
夏の終わりの象徴的なシーン。海水浴客が来なくなった海の家の跡で、若者たちがメキシカン・サウンドにのせ、半裸にボディペインティングして踊っている。メキシコ五輪の夏の象徴的なショットだが、夏の間、敦と亜紀子の中に嫉妬して、当てつけで軽井沢で過ごしてきた恵子(松本めぐみ)がトップレス(もちろんメイクで隠してるが)で踊っている。通りかかった敦を見つけるや、男たちに次々とキスを仕掛けていく。
可憐な少女が、ひと夏で大人になっている。そんなショットを狙っているのだけど、松本めぐみさんが可愛いので、あまりスキャンダラスには感じられない(笑)
さて、クライマックス、台風が接近するなか、海辺のホテルでの、浜美枝さんと中山仁さんのベッドシーンは、当時としてかなりセンセーショナルだったろう。東宝娯楽映画ではここまでのベッドシーンはなかった。まさに浜美枝さん体当たり演技である。中井朝一さんのキャメラは美しく、岩内演出は官能や扇情というより、浜美枝さんの若い肉体の美しさをファンタジックにスクリーンに映し出していく。
ラスト近く、橋本兄妹が、数寄屋橋交差点の不二家数寄屋橋店二階のパーラーで、敦と待ち合わせをするシーンがある。セットではなくロケーションで、いつも映画で「銀座!」というショットに登場してお馴染みの不二家の二階のパーラーの店内で撮影。すっぽかされた少しお冠の松本めぐみさんの後ろには、数寄屋橋の交差点、東芝ビル(マツダビル)が見える。幼き日、映画の帰りにここでパフェやアイスクリーム、グラタンを食べたことを思い出して嬉しくなった。
舞台は片瀬西浜・鵠沼海水浴場。1968年の海開きから、夏休みの賑わい、そして「湘南引き潮」の秋風が吹く時期までの物語である。海岸のステージではバンドが演奏するショットがある。ドラムだけがチラリと写って、始まる曲は、ザ・タイガースの「シー・シー・シー」(作詞・安井かずみ 作曲・加瀬邦彦)。1968年7月5日にリリースされた、この夏の大ヒット曲である(オリコン1位を記録)。もちろんタイガースが出てくるわけではないが、繰り返しの「シー・シー・シー」が流れ、時代の気分を感じさせてくれる。
【スタッフ】
製作 山田順彦
原作 川口松太郎「人魚」より
脚本 馬島満、岩内克己
監督 岩内克己
撮影 中井朝一
美術 竹中和雄
録音 伴利也
照明 森弘充
音楽 渡辺宙明
整音 下永尚
編集 小川信夫
スチール 石月美徳
監督助手 西村潔
製作担当者 島田武治
主題歌 クラウンレコード「砂の香り」
浜美枝衣裳デザイン 中林洋子
【キャスト】
水沢亜紀子・・・・浜美枝
徳良敦・・・・・・中山仁
橋本恵子・・・・・松本めぐみ
橋本・・・・・・・長沢大
永見・・・・・・・高島稔
倉石・・・・・・・真船道朗
しげ・・・・・・・賀原夏子
なか子・・・・・・仁木佑子
劉公英・・・・・・河合伸旺
弁護士・・・・・・奥野匡
裁判長・・・・・・中村伸郎
若い女・・・・・・吉村実子
よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。