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『百万人の音楽』(1944年・MGM・ヘンリー・コスター)

娯楽映画研究所シアター、ハリウッド・コメディ研究から自ずと音楽映画研究へ。『百万人の音楽』(1944年・MGM・ヘンリー・コスター)を久々に観た。アマプラで配信中で、字幕入りでは初鑑賞。戦時下の戦意高揚を目的とした「慰問ミュージカル」として作られたオールスター映画は、のちの『ザッツ・エンターテインメント』(1974年・MGM)シリーズの原点ともいえる。

 その中で「理想の女の子」のイメージを醸成したのがジューン・アリスン。日本でも敗戦直後に『姉妹と水兵』(1943年)やこの『百万人の音楽』(1944年)が立て続けに公開されて、アイドル的な人気を博した。「隣の女の子」的な親しみやすさで、兵隊たちのアイドルとなり、さらにはボードヴィリアンのジミー・デュランティ、指揮者でピアニストのホセ・イタルビなどのミュージシャン、アーティストたちが出演。次々と演奏シーンや笑いを展開していく。

 この一連の「慰問ミュージカル」を製作したのが、1930年代、ユニバーサルで、ディアナ・ダービン売り出しに成功したプロデューサー、ジョー・パスタナック。大ヒット作『オーケストラの少女』(1937年)で確立した「少女とクラシック音楽」のフォーマットをそのままに、監督も同じヘンリー・コスターが手がけている。

 ヒロインは、戦地に夫を送り出し、妊娠6ヶ月のビオラ奏者・バーバラ・エインズワース(ジューン・アリスン)と、ニューヨークに彼女を訪ねてくる6歳の妹・マイク(マーガレット・オブライエン)。メインは、当時「天才子役」として大人気だったマーガレット・オブライエン。1942年『マーガレットの旅』(W・S・ヴァンダイク2世)で主演を果たして、シャーリー・テンプル以来の人気子役として、ジュディ・ガーランドの末妹を演じた『若草の頃』(1944年・ヴィンセント・ミネリ)で更なる人気者となっていた。

 そのマーガレット・オブライエンの”可愛さ””健気さ”をフィーチャーして、銃後の女性たちが、兵隊たちにひとときのエンタテインメントを提供する音楽映画として企画された。若い男性たちが次々と戦地へと赴くなか、オーケストラ奏者たちも若い女の子中心になりつつあった。

 ニューヨーク、グランド・セントラル駅に、6歳のマイクが降り立つ。電報の手違いで迎えに来るはずだった姉・バーバラの姿は見えない。バーバラはオーケストラの奏者としてシティホールで演奏会の真っ最中。警官や駅の案内係の女性の”善意”で、無事にホールに到着するマイク。ステージで姉の姿を発見して、あまりの嬉しさに舞台へ出てしまう。バーバラも喜ぶが、指揮者・ホセ・イタルビは「何事か!」とカンカン。それを取りなすのが、かつては人気芸人で今はマネージャーをしているアンドリュー(ジミー・デュランティ)。これまた”善意の人”である。

 ”鼻のジミー”と呼ばれ、1920年代から、ラジオのボードヴィルショーで人気を博して1930年代にはMGM映画のコメディアンとして活躍。『キートンの歌劇王』(1932年)などに出演。ピアノを弾きながら、独特のスタイルで、毒舌を吐きながら歌う。その特徴的な鼻で"Schnozzola"のニックネームで親しまれた。

 僕らの世代は『ザッツ・エンターテインメント』のトップシーン『キートンの歌劇王』「雨に唄えば」を歌っているオジさんとして知った。フランク・シナトラとの『下町天国』(1947年)「歌にハートがなけりゃ」を歌うシナトラが、ジミー・デュランティの口真似をして、二人でデュエットするシーンで、その人気ぶりがよくわかった。

 前作『姉妹と水兵』では、往年のヒット曲「インカ・ディンカ・ドゥー」をリバイバルで演じて復活する芸人を演じ、1940年代のキャリアが花開いた。今回も、1930年代のジミーを懐かしむ観客のために「ウンブリアーゴ」を演奏するシーンをハイライトとなっている。

 軍隊の慰問公演の後のパーティで、隊長がホセ・イタルビに演奏をお願いしたのを、自分への依頼と勘違いして、ステージに立ち、得意の「ウンブリアーゴ」を披露する。このシーンは、ジミー・デュランティの”貴重な芸の記録”となっている。パーティ会場の兵隊やオーケストラの面々が、ジミーと一緒に「ウンブリアーゴ」の大合唱となるシーンは、ミュージカル映画の高揚感に溢れている。

 さて、無事、姉・バーバラと再会できたマイクは、オーケストラの女の子たちが住んでいるアパートで同居することになるが、その管理人・マクガフ夫人(エセル・グリフィス)は大の子供嫌い。なのでマイクが来たことを隠さなければならない。そこでひと笑いがある。

 バーバラの夫・ジミーは、太平洋の最前線で戦っているが、この数ヶ月間、手紙が来ない。「もしかしたら…」と不安が過ぎるバーバラは、妊娠6ヶ月。つわりがひどく、体調が良くない。オーケストラの仲間たちは彼女の状況を理解しているが、マイクは「お姉ちゃんが病気!」と心配で仕方がない。往診に来た医師(ハリー・ダヴェンポート)から「二人だけの秘密だよ」と、妊娠を教えてもらう。自分が「叔母さんになる!」と大喜びのマイク。

 そのことをバーバラに告げたくて仕方がない。真夜中に「二人だけの秘密よ」と姉に教えてあげる。マーガレット・オブライエンの可愛さを強調する演出がいい。これでは世界中の映画ファンがメロメロになるわけだ。リハーサルで姉が辛そうに立ってチェロの演奏をしていると、こっそりスツールを持って行ってあげる。指揮者のホセ・イタルビ、一瞬怒るが「いいよ、座らせてあげなさい」と優しく理解する。これがきっかけで、マイクはオーケストラのマスコットとなる。

 ある日、バーバラ宛ての電報が陸軍省から届く。それを受け取ったハープ奏者・ロザリンド(マーシャ・ハント)たちは、電報を開封して衝撃を受ける。ジミー戦死の知らせだった。「バーバラに告げるべきか?」悩み抜くロザリンドたち。出した結論は「出産まで隠しておこう」だった。

 慰問に出発する夜、いつものイタリア料理店で食事をするバーバラたち。そこへハーモニカ奏者・ラリー・アドラーが自身役で登場。ジミーが好きだったドビュッシーの「月光」を演奏してくれる。戦地のジミーを想うバーバラの涙。それを見てたまらない気持ちになるロザリンドたち。

 しかし、ジミーからの手紙は一向に届かず、バーバラの不安は募る。このままでは大変なことになるとロザリンドたちは一計を案じる。マリー(マリー・ウィルソン)の伯父さんで詐欺の常習犯・フェルディナンド(ヒュー・ハーバート)に、ジミーが元気だと手紙を偽造してもらうことにするが…

 周囲の人々の”善意”と、その”善意”からついた”嘘”。観客もオーケストラの仲間たちと一緒に、バーバラの幸福を考えて、彼女のショックを想像してドキドキしていく。マイクは好きなアイスクリーム断ちをして「ジミーが帰ってくるまで、お姉ちゃんのそばにいる」と神様に祈る。

 115分の長尺で、演奏シーンもふんだんにある。悪人は一人も出てこなくて、誰もが”銃後の妻”バーバラの無事の出産と幸福を願っている。映画的なエモーションはないけれども、ゴージャスな演奏シーン。ベテランのコメディアンたち。ジミー・デュランティやヒュー・ハーバートたちの芸達者を味わうだけでも楽しい。

 日本では1940年代のマーガレット・オブライエン出演作が、敗戦直後に立て続けに公開されたため、戦後のスターのイメージが強い。大評判となった『迷へる天使』(1943年)が昭和21年4月、『緑のそよ風』(1945年)が昭和21年12月、この『百万人の音楽』は昭和22年5月に立て続けに公開されている。なかでも末娘ベスを演じて代表作となった『若草物語』(1949年・マーヴィン・ルロイ)はリアルタイムの昭和24年12月に公開された。

 翌年、アメリカ公演でロスに赴いた美空ひばりが、ハリウッドでマーガレット・オブライエンと交流。おなじ1937年生まれということで仲良しとなった。しばらくして彼女が来日して、大映映画『二人の瞳』(1952年・仲木繁夫)でひばりと共演。この時すでにマーガレットはハイティーンになっていて、”天才少女子役”のイメージを抱いて映画館に出かけた観客が、あまりにも大きくなっていて驚いたという話がある。

ジューン・アリスン、マーガレット・オブライエン、マーシャ・ハント

【演奏ナンバー】

月の光 
Clair de Lune

Music by Claude Debussy
Performed by Larry Adler on harmonica
Also performed by José Iturbi on piano

交響曲第9番 ドヴォルザーク 
Antonín Dvořák's Symphony No. 9 in E minor, 4th movement,

conducted by José Iturbi

ピアノコンチェルト 
Piano Concerto in A Minor

Music by Edvard Grieg
Performed by José Iturbi

おもちゃのマーチ 
The March of the Toys

from Babes in Toyland
Music by Victor Herbert

ワルツ第14番 ホ短調 ショパン 
Waltz in E Minor

Music by Frédéric Chopin
Performed by José Iturbi

メサイア ヘンデル 
Hallelujah Chorus

from The Messiah
Music by Georg Friedrich Händel

トスカニーニとイタルビと私 
Toscanini, Iturbi and Me

Written by Harold Spina, Walter Bullock and Jimmy Durante

アット・サンダウン ドナルドソン 
At Sundown

Written by Walter Donaldson

ウンブリアーゴ ジミー・デュランティ&アーヴィング・シーザーUmbriago
Written by Jimmy Durante and Irving Caesar

ジャム・セッション
Jam Session

Music by Calvin Jackson


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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