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『野良猫ロック ワイルドジャンボ』(1970年・藤田敏八)

 長谷部安春監督が、新宿という街の混沌のなか、若者たちのエネルギーを爆発させた『女番長 野良猫ロック』(1970年5月2日)に続く第二弾として、藤田敏八監督が抜擢された『野良猫ロック ワイルドジャンボ』が公開されたのは、前作から三ヶ月後の1970(昭和45)年8月1日。シリーズと銘打たれているものの「野良猫ロック」は、毎回、設定や登場人物も異なる。1970年という年に、立続けに五作連作(『野良猫ロック 暴走集団’71』の撮影は70年の年末)されているだけに、1970年という年の若者風俗が、様々なかたちで凝縮されている。共通しているのは梶芽衣子と藤竜也が出演していること、最新の風俗やムーブメント、音楽がビビットに取り入れられていること。主人公である若者たちが、破滅に向かっていくこと、である。

 藤田敏八監督は、1967(昭和42)年、『非行少年 陽の出の叫び』でデビューを果たし、長らくお蔵入りとなるドキュメンタリー『にっぽん零年』(1968年製作、95年初公開)を経て、70年に地井武男主演の『非行少年 若者の砦』(4月4日)を演出。本作が監督第四作となる。バイオレンスとアクション志向の長谷部版とはまた違う藤田版「野良猫ロック」となった『野良猫ロック ワイルドジャンボ』は、翌1971年に藤田が撮る『八月の濡れた砂』へと連なるユートピア志向の強い、青春映画のテイストに溢れている。原作は船知慧の「破れても突っ込め」(後に「暗黒の海」と改題)。脚本は永原秀一と藤田監督。

 冒頭、ペリカンクラブの連中が、東京湾の埋め立て地で、楽しげに競争する。ガニ新(藤竜也)、C子(梶芽衣子)、ジロー(夏夕介)、そしてデボ(前田霜一郎)たちは、大人になることを拒否して、自由奔放な日々を謳歌している。藤竜也の鍛えられた肉体、梶芽衣子のそよ風に揺れるロングヘア、藤田敏八映画は、ドラマとは関係ないこうしたディティール描写と、若者たちの共同体の楽しい気分が、実に魅力的。夏夕介は、和田アキ子の大阪時代のバックバンド、グランプリーズのキーボード奏者で、GSオックスの田浦幸として活躍後、俳優としてデビュー。海辺でゲスト出演している野村真樹とにしきのあきらと共に「スリーN」として売り出していた。

 ガニ新とC子が、埋め立て地にある廃船で、外国人観光客に記念写真を撮ってあげて、財布のお金を巻き上げるシーン。この廃船は、1954(昭和29)年に、マーシャル諸島近海で行われたアメリカによる水爆実験による死の灰を浴びたマグロ漁船「第五福竜丸」で、当時、ロケ場所である江東区夢の島に放置されていた。その前で、アメリカ人であろう観光客からお金を巻き上げるスケッチに、藤田監督たちが生きた時代が反映されている。

 また、何かに取り憑かれたかのようなデボが、学校の校庭で掘り当てる旧日本軍の重火器。ノンポリの若者たちが、武器を手にしてしまうことで、彼らの日常が、破滅に向かって突き進むことになる。この「再武装」という感覚は、学生運動やベトナム反戦運動に参加していた若者たちが抱いていた危機感を象徴的に描いている。

 さて、開けっぴろげな、ペリカンクラブのメンバーのなかで、一人内向的というか、自身の気持ちを表に出さないのが地井武男扮するタキ。そのタキの前に現れる謎の美女が、『女番長 野良猫ロック』で、長谷部監督に抜擢された范文雀扮するアサ子。新興宗教の幹部の愛人であるアサ子は、その宗教団体のお布施を運ぶ現金輸送車を奪おうという計画に、タキを引き込む。そこからのタキの変容ぶり。「大人は判っちゃいない」という若者の姿ではなく、スーツに身を包み、クールな物腰となる。この偏向、変節ぶりは、最終作『野良猫ロック 暴走集団’71』(1971年・藤田敏八)で、地井が演じるリュウメイに通じる。

 そうしたこととは無縁のペリカンクラブのメンバーは、タキの差配で現金強奪作戦のための海辺の合宿に「遊び半分」で参加していく。彼らが海辺でナンパする女の子に、ワンシーンながら夏純子が出演。ジープに乗って、海へと向かうメンバーの楽しい気分。浜辺で、ガニ新たちがジープから、半ケツを出して「わいせつ物陳列罪」ギリギリの遊びに興じる場面の稚気。彼らが「資金源強奪」作戦を知り、イキイキと参加していく後半。破滅に向かって行く展開は「野良猫ロック」に通底しているものだが、藤田敏八監督の場合は、閉塞感というより開放感に向かうエネルギーを感じさせてくれる。この気分は、藤田の次作『新宿アウトロー ぶっと飛ばせ』(1970年10月24日)で、さらに大きなものとなり、藤田による最終作『野良猫ロック 暴走集団’71』のヒッピーたちに受け継がれてゆく。

 『ワイルドジャンボ』というタイトルや、日活のプレスシートなどの記述を見ていると、当初、和田アキ子を主演にする予定があったようだが、本作で登場する和田は『女番長 野良猫ロック』のフッテージを再利用したもの。また和田のヒット曲「土砂降りの雨の中で」が流れるシーンなど、パターンとはいえ効果的。音楽シーンではなんといっても、梶芽衣子がアコースティック・ギターで弾き語りをする「C子の唄」。これが実に素晴らしい!

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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