Night Train to Munich『ミュンヘンへの夜行列車』(1940年7月26日英公開・日本未公開・FOX・キャロル・リード)
6月21日(火)の娯楽映画研究所シアターは、キャロル・リード監督のスパイ・サスペンス、Night Train to Munich『ミュンヘンへの夜行列車』(1940年7月26日英公開・日本未公開・FOX・キャロル・リード)をアマプラからスクリーン上映。長年観たいと思っていたので、色々と興味深く楽しんだ。アルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』(1938年・英ゴーモン)の姉妹編として製作されたミステリーがあると、山田宏一さん、和田誠さんの本に書かれていて、ずっと観たかった。そうした幻の作品(と思っていた)が、気軽に字幕入り配信で観れるのは本当にありがたい。
姉妹編といっても完全な「続き」ではない。主演は同じくマーガレット・ロックウッドだが、ヒロインは全く別のキャラクターだが、『バルカン超特急』に乗っていたクリケット狂のイングランド人、カルディコット氏(ノウントン・ウェイン)とチャータース氏(ベイジル・ラドフォード)が『ミュンヘンへの夜行列車』に乗り合わせていて、クライマックス、主人公たちのピンチに大活躍する。二人が、過剰なまでの英国風の皮肉たっぷりのユーモアを、1939年の英国がドイツへ参戦する前夜、ナチスドイツを前に展開するおかしさ。
原作はゴードン・ウェルスリーが1939年に発表した短編”Report on a Fugitive”「逃亡者の報告書」。シドニー・ギリアットとフランク・ラウンダーのコンビが脚色。第二次世界大戦前夜、ナチス・ドイツがチェコスロバキア・プラハに侵攻、ゲシュタポによって拉致誘拐された科学者・ジェームズ・ハーコートとその娘・マーガレット・ロックウッドを、英国諜報部員のレックス・ハリスンが救出するためにナチ将校に化けてベルリンに潜入。敵側の冷徹なゲシュタポ症候にポール・ヘンリード。
プラハ→ロンドン→ベルリン→ミュンヘン→スイス国境を舞台に、ナチスと英国諜報部の暗闘が描かれる。のちに作られる多くのエスピオナージュ映画は本作に多大な影響を受けている。『007/危機一発』(1962年・テレンス・ヤング)や『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989年・スティーブン・スピルバーグ)は、特に『ミュンヘンへの夜行列車』の影響が色濃い。
製作スタジオは20世紀フォックスのイギリス撮影所。開戦時ということもあり、ロケーションもほとんどなくセット撮影中心だが、列車のシーンだけでなく、ナチスの基地、U-ボート、クライマックスのドイツ・スイス国境のロープウェイは、ミニチュア撮影で、これが特撮ごころをくすぐる。堂々たるミニチュアセットは本当に素晴らしい。実景の代用としての特撮なのだが、わが円谷英二監督のミニチュアセットのように「空間に色気」があるのである。
1939年3月、チェコスロバキアのプラハにナチスドイツが侵攻。強力な装甲メッキの実用研究をしているアクセル・ボーマッシュ博士(ジェームズ・ハーコート)が、イギリスに亡命。しかし娘・アンナ(マーガレット・ロックウッド)は空港に向かう途中に、ナチスに逮捕され、強制収容所へ。そこで声をかけてきたのは、反ナチ発言で投獄された教師カール・マーセン(ポール・ヘンリード)。アンナはフェミニストのカールに惹かれ、彼の手引きで収容所を脱走。漁船に乗り込んでイギリスへ密航する。
カールは、実はゲシュタポの将校で、アンナの信頼を得て、ボーマッシュ博士を居場所を突き止めるためにイギリスに潜入したのだった。アンナは新聞広告で父を探すと、匿名の電話がかかってきて、ヴォードヴィリアンのガス・ベネットに接触。実はガスは英国諜報員ディッキー・ランドール(レックス・ハリスン)で、アンナは無事にボーマッシュ博士と再会するも、カールたちゲシュタポに再び拉致され、U-ボートでドイツに連れ戻してしまう。
自分の失態で父娘を誘拐されたことに責任を感じたランドールは、自らの発案で、ナチスの少尉に化けて、単身ベルリンに乗り込み、父娘が監禁されているナチスの建物に潜入。救出を試みる。ここからの展開は、危機また危機の冒険活劇の王道で、とにかく面白い。
ランドールは、巧みに将校たちに取り入り「かつてプラハでアンナと恋をしたことがある」ので「彼女から博士にドイツに協力してもらうように説得する」フリをして、父娘に脱走計画を告げる。ベルリンから脱出寸前にヒトラーから「ミュンヘンへ博士を連れてこい」と指令が下る。一行はベルリンからミュンヘン行きの夜行列車に乗ることに。
その汽車に乗り合わせていたのが、イングランド人のビジネスマン、カルディコット氏(ノウントン・ウェイン)とチャータース氏(ベイジル・ラドフォード)で、なんとクリケット選手だったランドールと面識があって… ここで『バルカン超特急』の二人組が登場。そのことでランドールの正体が、カールにバレそうになったり、ハラハラドキドキの展開となる。
若きレックス・ハリスンがスマートで、適度なユーモア、タフガイぶりを発揮。のちに『カサブランカ』(1942年・ワーナー・マイケル・カーティズ)で僕らにはお馴染みとなるポール・ヘンリードが、クールなヴィランとして、これが魅力的。
ドキドキのクライマックスはまさに「勧進帳」。果たして一行は、ドイツ=スイス国境から脱出することができるのか? ロープウェイを使った脱出アクションと敵側との壮絶な銃撃戦は、まさしくのちの007シリーズのルーツである。しかもロープウェイはセットとミニチュアで再現しているのだけど、演出が見事でなかなかの見もの。『女王陛下の007』(1969年・イオン・ピーター・ハント)や『007/ムーンレーカー』(1979年・イオン・ルイス・ギルバート)のロープウェイ・アクションの「あの手この手」は、本作のリフレインでもある。
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